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「畳」の売り上げ、神戸の老舗畳店が最近6年間で倍増? 「子育て世代が安心できる」畳の魅力を発信する若手経営者の戦略と社会貢献

伝統的な畳づくりの技術を守り、国産100%の畳で令和時代に売り上げを倍増させた、創業67年の「奥井畳店」(神戸市)。3代目・奥井啓太氏(32)は、いぐさ農家との対面交流や、デジタル技術を活用した営業改革、そして社会貢献型の寄贈プロジェクトなど、多彩な戦略で高品質な畳の価値を伝えている。300年後の畳文化を見据えた若手経営者の革新的な取り組みに迫る。

いぐさ生産者と共に歩む畳づくりでストーリーを伝える

──いぐさ農家との関わりについて教えてください。

毎年1週間くらい、いぐさの刈り取り作業のお手伝いに行っています。朝4時から夕方5時まで、ハーベスターで刈り取って、カゴに詰めて、泥染めという工程を行います。

仕事を手伝いながら、いぐさのことはもちろん、農家さんの暮らしについてもお話を聞かせていただきます。そして、インスタグラムで農家さんとの活動を発信します。

一緒に汗を流して作業する様子や、農家さんの暮らしぶりを共有することで、お客様にも畳の背景にある物語が伝わります。インスタグラム経由での問い合わせも生まれています。

生産現場を手伝うことで、見積もり時にお客様に商品の説明をする時も、より実体験に基づいたリアルな情報をお届けできます。また、いぐさ農家さんとの関係を深めることで、より良い畳づくりにつながっていると実感しています。

デジタルと伝統を融合させた営業スタイル

──営業面での工夫を教えていただけますか。

チラシが一番反響のある営業ツールです。そこでも、安さを売りにするのではなく、商品の安全性を重視した内容にしています。近年は格安の畳屋も多いのですが、そのような畳屋に注文して後悔されたお客様も多くいます。

奥井畳店は、安全で安心できる畳づくりをアピールしています。最近では介護用畳の提案も始めました。20万円の助成金が使える介護用畳を、エリアで唯一扱っています。

──見積り時にタブレットを活用されているそうですね。

農家さんの元で撮影した動画をタブレットでお見せしながら説明しています。一般の人からしたら、畳は家の中にある建材の一つとしか思われていないでしょう。

でも、実は土から生えた草が材料なんです。その草の上で暮らしているというのは、すごいことだと私は思うのです。

特に最近はフローリングも木を使っていないことが多くて、家の中に天然素材が少なくなっています。その中で、畳は天然素材であり続けている。そういった価値をお客様に理解していただけると、自然と高品質な畳を選んでいただけるようになります。

セミナーからネット販売まで、畳の普及のために尽力

フィリピンでボランティア活動をする3代目・奥井 啓太 氏(写真提供:合同会社奥井畳店)

──セミナー活動を始められたきっかけは何ですか。

いぐさ農家さんと畳組合の交流イベントで、「奥井さんが一番詳しいから前に立って話してよ」と依頼されたのがきっかけでした。そこから交流会での講演や、ユーザー向けのセミナーに声をかけていただくようになりました。

ほかにも、ミニ畳作りや、畳のヘリでバラを作るといったワークショップも開催しています。こういったイベントを通じて奥井畳店を知っていただくことで、畳の依頼をいただくこともあります。

当社ではネット販売も行っていますが、これも売上を上げることより、畳の情報を発信するという目的が主です。

──お客様の年代層や特徴を教えてください。

40、50代の方々が中心です。特に小さなお子様がいる家庭が多く、安全な素材を使いたいという意識が強い。当店の畳の価値をきちんと説明すると、納得してくださる方が多いです。このような差別化戦略が支持されていると感じています。

2019年の入社時、年間1100万~1200万円だった売り上げは、最近3年間は2500万円前後にまで上昇しました。

300年後の畳文化のための取り組み

──事業承継のタイミングはいつと考えていますか。

インボイス導入をきっかけに、法人向けの仕事は私が担当するようになるなど、承継の準備は少しずつ進んでいます。とはいえ、父はまだまだ元気で、消防団の活動もしているくらいです。この前、腕相撲したら負けました。

おそらく体がきつくなって現場に行けなくなったら、承継のタイミングになるんじゃないかと思っています。

──今後の展望を教えてください。

現在「寄贈畳プロジェクト」を進めています。放課後等デイサービスの施設の畳を年に1回張り替える取り組みです。その費用は企業の協賛でまかない、最後の手縫い作業は子どもたちにも体験してもらいます。

畳の需要を増やし、子どもたちに畳に触れてもらうきっかけにもなります。また、このプロジェクトは、畳屋の新しいビジネスモデルにもなり得ると考えています。

技術はあるものの、仕事の獲得に苦労している畳屋へ、このスキームを一種のフランチャイズのような形で展開できないかと考えています。社会貢献によって、業界の未来を明るくする可能性を秘めているんです。

さらに、英会話スクールの立ち上げも計画中です。留学経験から、海外の方とコミュニケーションを取るときには、自国文化の理解が不可欠だと気づきました。日本文化を題材にした英会話学習を通じて、畳を含む日本の伝統文化を次世代に伝えていきたいとも考えています。

これらの活動を通じて、畳の魅力をより多くの人に伝えることで、300年後も畳が当たり前の世界になっていくと信じています。

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奥井啓太氏プロフィール

合同会社奥井畳店 代表社員 奥井 啓太 氏

1992年、兵庫県生まれ。関西学院大学卒業後、一部上場企業に入社。その後ニュージーランドへ9か月留学し、非英語圏の人へ英語を使って英語を教える資格を得る。2019年に奥井畳店に入社。老舗畳店の3代目として、国産畳の魅力発信に尽力している。2級畳製作技能士の資格を持ち、伝統的な畳文化の継承と革新に取り組んでいる。

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