父の急死、残されたカギ束「どれが何を開けるカギか分からない…」混乱する会社 接客を改善、コロナで業績を伸ばした女性社長

女性や若者を含む幅広い層から人気を集めるゴルフ練習場「新富ゴルフプラザ」(埼玉県所沢市)の坂東枝美子専務取締役(48)は、創業者の父の急死を機に、急きょ母とともに経営を引き継いだ。「ワンマン」の父だったため、大量に残されたカギ束に「どこを開けるカギか分からない」と困惑し、ベテラン従業員からは歓迎されない雰囲気を感じ取った。しかし、接客などを改善し、新型コロナ禍で業績を伸ばしていく。事業を引き継ぎ、困難を乗りこえた経緯を聞いた。
目次
父の急死、「どうしよう…」

――週1回のアルバイトをしていた後、なぜ家業を継がれたんですか。
2020年1月、父がいきなり倒れました。
朝も話していたくらい元気だったのですが、心筋梗塞になって、そのままでした。
あと10年くらいは働くだろうと思っていたので青天の霹靂でした。
そこからが大変だったんです。
ゴルフ練習場の経営は父がすべて管理していました。
私含めてスタッフ40名ほどいましたが、全員アルバイトで正社員は1人もいません。
経理関係だけは母が少し手伝っていました。
ただ、急な事態に母は「どうしよう 」と戸惑っていてばかりでした。
「自分がどうにかしないといけない」と立ち上がり、有限会社新富ゴルフプラザの社長を母にして、私は専務になり、実務的な部分を継ぎました。
この時、母から「1ヶ月くらい休業しよう」と提案されました。
ただ、それはできないと思いました。
これまでに参加していたゴルフ業界の勉強会で、リニューアルのためであっても2週間以上休むと客足が減って戻すのに苦労すると聞いていたからです。
うちのゴルフプラザは1日500人近い来場者数の日もありました。
数十年にわたって父と仲のよかった方もいれば、そうでない方もいます。
もし休業した場合、父を知っている人は戻ってくれる可能性はありますが、父と面識のない常連は去るかもしれない。
休業はリスクだと思って、なんとか営業を続けようと決意しました。
最も苦労したのは、大量の「カギ束」

――どのようなことに苦労しましたか。
最も苦労したのが「カギ」の把握です。
父は大きなリングに30個以上の鍵をまとめていたのですが、その使い方がわからない。
どの機械にどの鍵をさせばいいのだろうかと頭を悩ませました。
鍵で困ったのが、お金周りのオペレーションです。
当時は現金でしかカードを購入できませんでした。
お客様は、カードを機械に入れてボールを受け取ります。
カードを発行できないと営業は危うくなるのですが、カード発行機にお金が詰まってしまいました。
ただ、そうなっても対処法はわからない。
単純なアクシデントが、大ピンチになったのです。
母が金庫からお金を持ってきて、ボールを手売りして対応していました。非常に手間がかかり、スタッフからも怒られましたし、母からも「休んだ方がいい」と言われ続けてました。
急場をしのぎ続けて、3日目。
やっと機械の鍵が判明し、営業に最低限必要な機械を操作できるようになりました。
その後、練習場の機械のメーカーをすべて調べ、電話をかけて担当者に聞き、鍵の種類を把握していきました。
全部の鍵を把握するのにかかった期間は2週間です。
シリンダーからバラして、どの機械かわかるようにテープを貼りました。
――これでようやく次のステップに進むことができたのですね。
はい。
ただ、次は本来の業務を把握しなければいけません。
新富ゴルフプラザは、朝7時から深夜12時まで営業しており、従業員のシフトは朝・昼・夜の3交代制でした。
「今日は朝、次の日は夜」という風に自分でシフトに入り、現場を観察して仕事を把握していきました。
「若い社長がひっかきまわすのでは」信頼築くのに時間
――ベテランのスタッフもたくさんいたかと思います。後を継いだことはどのように受け取られていたのですか。
父と同じくらいの世代の人が多く、若い私を歓迎していない雰囲気がありました。
信頼関係が芽生えたように感じたのは後を継いでから1年が経った頃です。
その要因として大きいのは新型コロナ禍の対応でした。
コロナが大流行したのは、後を継いでから3ヶ月経った頃でした。
夜の営業をどうするのか、対策をどうするのか。
判断しないといけないことが次から次へと現れるため、スタッフとのコミュニケーションも増えました。
ただ、お客様が一気に増えました。
ゴルフはソーシャルディスタンスを確保しながら、屋外で楽しめたことが理由です。
1日の客数平均は増え、500人近く来場されることもありました。
この時、スタッフと相談しながら判断を下したことがスタッフの安心感につながったらしいのです。
父はトップダウンで物事を決めるタイプで、私も父に似ている性格らしく、スタッフには「何もわかっていない後継者が引っかき回すんじゃないか」という不安があったようです。
ただ、私は相談しながらものごとを進めていくタイプです。
足並みをそろえて、繁忙期を乗り越えたことで、スタッフとの関係性を構築できました。
「コースボール」の強み
――コロナ禍を乗り越えた後、どのようなことに取り組んだのでしょうか。
改めて練習場の魅力を発信するようにしました。
うちでは本番のコースと同じ「コースボール」と呼ばれるゴルフボールを使っています。
ゴルフ練習場では「レンジボール」と呼ばれる耐久性のあるゴルフボールを使用することが多いのですが、レンジボールは練習場だけで使えるボールなので飛距離が落ちますし、打った時の感触がコースボールと異なります。
本番と同じ感覚でゴルフボールを打てることは、これまで周知していませんでしたが、改めてホームページや練習場やインスタグラムで魅力を伝えるようにしました。
また、コロナ禍を経て、来場者の層も変化しました。
これまでは50代から60代がメインの客層でした。
ただ、コロナ禍でゴルフ業界が活性化したことにより、20代や30代も練習場に訪れるようになりました。
せっかく来ていただけたのならリピートして貰いたい。
それには、施設の接客面を改善し、居心地のいいアットホームな練習場に変える必要がありました。
当時、フロントには担当が2人いましたが、お客様が来てもあいさつをしなかったり、雑談を続けたりしたんです。
なので、あいさつするようにルールを定め、フロントに立つのは1人だけにしました。
つまり、2人が一緒にフロントに並ばないようにしたんです。
フロント業務をしていないもう1人は掃除をしたり、打席でお客様に話しかけたりするようにしました。
声かけの言葉のマニュアルも作ったんです。
「ゴルフが練習できる」だけの施設から、「また来たくなる」施設へ。
自分たち中心ではなくお客様中心に動く施設に変えようとしました。
これらが功を奏したおかけで年間の売上は数千万円ほど伸びました。
スタッフのうれしい成長
――接客を改善してから評価は変わりましたか?
「よく挨拶するようになったね」と常連さんから言われています。
さらに、職場の雰囲気もオープンになって、みんな自発的に働くようになりました。
2024年9月にゴルフ練習場をリニューアルしました。
フロントの座席やトイレをリニューアルし、フロントのシステムも変更しました。
また、従来は顧客データを取っていなかったのですが、お客様に登録をお願いしました。
2カ月で5000人分くらいのデータが集まりました。
もちろん、フロントスタッフの負荷は増えます。
でも、この時にフロント以外のスタッフが自発的にデータベースの登録やフロントの業務を手伝ってくれました。
また、改装リニューアルの時にもっとうれしいことがありました。
それはリニューアル前にスタッフが自発的にオペレーション改善の企画書を書いて持ってきてくれたことです。
「ここまで考えてくれるようになったんだ 」と感動しました。
――今後の目標について教えてください。
私が目指しているのは、ゴルファーの皆様が友人や家族と一緒に来られる場創りを目指しています。
たとえば、パパがゴルフ練習している間にママ達はカフェでゆっくりしたり、ヨガやピラティスでボディメンテナンスするなど、みんなが楽しめる空間を創っていきたいです。
坂東枝美子氏プロフィール
有限会社新富ゴルフプラザ 専務取締役 坂東 枝美子 氏
1976年埼玉県生まれ。大学卒業後、住宅メーカーのゴルフ・リゾート関連の営業部に配属され、新人賞を受賞。その後、広告代理店を経て、「新富ゴルフプラザ」のスタッフとして働く。2018年の父の急逝を受けて専務取締役に就任。ゴルフ練習場運営の責任者として、スタッフの接客技術の向上、デジタル化、快適な空間づくりに取り組む。
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