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夫を亡くした高齢女性の料理店、辞める前に「一緒にやりませんか」 常連客も「よかったね」と感謝、美容師の「多角経営」とは

東京・世田谷区を中心に、美容室やネイルサロン、焼き肉店など幅広いジャンルの店舗経営を手掛ける「株式会社ANLOOP」 (同区)。美容師のキャリアを持つ清水昭博代表取締役(48)が、さまざまな業種の店舗を引き継ぐ「第三者承継」で、美容室以外の領域にも取り組んでいる。経営や収益だけではない、「人のつながり」や「人情」も大切にした、地元密着の事業承継について、清水氏に聞いた。

世田谷との縁、きっかけは居酒屋での相席

再建前の美容室外観(写真提供:株式会社ANLOOP)

――事業内容を教えてください。

ANLOOPは、東京都の世田谷で美容室とネイルサロン、さらに焼肉店やスナックの運営をしている会社です。

ビジョンに「地域活性化の立役者になる」を掲げており、世田谷区に暮らす約100万人のうち、半分以上の方が当社のサービスを使うような世界をつくることです。世田谷の人たちをいろいろなことで喜ばせたいというのが私たちの思いです。だから、業種を問わず多彩な事業を展開していこうと考えています。

――世田谷エリアに注力されている理由を教えてください。

居酒屋で相席になった方との出会いがきっかけです。いまでは大親友と呼べる仲ですが、当時は居酒屋でたまたま相席になりました。この方は世田谷エリアで不動産事業を引き継いでいました。

この方からは、現在運営している4事業の承継につながる店を紹介してもらいました。当時、世田谷で辞めようとする店舗の話を教えてもらい、実際に私が会いに行きました。そこでお話を伺った上で「一緒にやりませんか?」と声かけし、第三者承継の形で事業を継ぎました。

――最初から世田谷エリアに注力される予定だったのでしょうか。それとも、一定の成果が出たら他の地域に展開していく予定だったのでしょうか。
現在、ANLOOPが進めている多角戦略を考えると得策ではないため、当初から他のエリアに横展開していくことは考えていませんでした。

確かに世田谷は千代田線が通り、美容室の多い表参道や原宿などに出店しやすいかもしれません。しかし、世田谷以外のエリアに店舗を展開したところで、お客様にとってわざわざ別地域のお店へ行くのは非効率です。

店舗展開をする際は、お客様がすでにあふれているような状態だからこそ、次の店舗を立ちあげても集客が期待できます。仮に別の地域で店舗展開しても、お客様はわざわざ足を運びません。なので、店舗展開をする際は世田谷エリアに絞っています。

多角経営のヒントはアシスタント時代の経験

――なぜ、多角経営をされるようになったのでしょうか。

美容室でのアシスタント時代の経験から、美容師ならではの強みを活かせると考えたからです。

美容師は、髪の毛というお客様の体の一部をゆだねられています。それも、約1時間という長い時間です。施術中はお客様との会話も生まれますし、1~2ヶ月に1回来てくださるので、信頼関係が生まれやすいです。

実際にアシスタントのときはお客様の肩をもみながら、いろいろな話をしていました。その際に、会話の流れで「あそこのお店は美味しかったですよ」「あそこの接骨院は上手らしいですよ」と話すことがあります。

そのような話をすると、お客様が「じゃあ、今度行ってみる」と言い、本当に利用してくださることが多々ありました。実際に接骨院の方から「紹介してくださってありがとうございます」とメッセージをいただいたこともあります。

――たしかに、そのようなケースはよくあるように感じます。

お客様は私たちに対して髪の悩みから入りますが、関係性ができてくると髪以外の悩みを打ち明けてくれます。

ということは、同じエリアでさまざまな悩みを解決できるお店を展開すれば、お客様に自社を紹介できる。その結果、世田谷エリアを中心として、多角経営を進めています。

「あそこの奥様はいい人だから、なんとかしてあげて」

――ANLOOPの場合は、血縁関係のない方がもとのお店を引き継ぐ第三者承継になりますが、何か印象に残っているエピソードがあればお聞かせください。

各店舗それぞれで印象に残っていますが、ここでは焼肉屋の2号店の話をさせてください。

引き継いだ元のお店は、もともとマグロ丼などを出している海鮮系のお店でした。非常に美味しいと地元でも人気だったのですが、旦那様が病気で亡くなられ、その後は奥様が経営していました。

奥様はもともと旦那様の手伝いしかされていなかったため、手探りでなんとか頑張られていたものの、3~4年を過ぎてさすがにもう難しいと感じていたようです。

そこで、事業を辞めようとしていたとき、当時居酒屋で知り合った不動産屋の方から紹介を受けたのです。その方いわく「あそこの奥様はいい人だから、なんとかしてあげて」というお話でした。

――そのような縁があったのですね。

当時は69歳だったと思うのですが、実際に奥様のもとへ会いに行きました。その際に「焼き肉屋さんになってしまいますが、よかったら一緒に働きませんか?」とお声がけしたのです。すると、非常に喜んでくださり、1年ほど一緒に働くことになりました。

そこで強く印象に残っているのが、本人だけでなくマグロ丼のお店に通っていたお客様が喜んでくれたことです。お客様からするとマグロ丼かどうかではなく、その奥様が同じ場所で残ってくれることに意味があったのでしょう。

お客様は、お店を閉めようとしていた奥様に「よかったね」と声をかけるだけでなく、私に対しても感謝の言葉をくださいました。

働く意欲がある方であれば承継後も一緒にやっていきたい

株式会社ANLOOP 代表取締役 清水 昭博 氏

――お店を閉めようとしていた奥様だけでなく、お客様にも喜んでいただけたのは嬉しいですね。

私はよく「新旧共存」という言葉を使用しています。いまの時代、若者が70歳近い方たちと働くことはあまり多くありません。新しい若者向けのお店をつくるとしたら、スタッフも若い方を採用することが多いはずです。

ですが、新たに採用した若いスタッフにとっては、長年お店をやられていた方から学べることが数多くあります。

若者を育てるにあたり、この世田谷の土地で生きてきた様を見せていただけるのは本当に素晴らしいことだと思いますので、今後もこのやり方を続けていきたいです。

――引き継ぎ先のお店を選定する基準などはあるのでしょうか。

明確に定めている基準はありません。ただ、現時点ではまだ飲食や美容の領域しか経験がないため、どちらかというとこれらの業種の方がスムーズではあると思います。

一方で、高齢化が進んでいる現状を踏まえると、お店を引き継ぐ人材に限らずいろいろなものが先々足りなくなることは間違いありません。とはいえ、若者がどんどん参入できる環境かと言うと、物価や土地代の高騰もあり簡単にはいかないのが現状です。

なので、私としてはそこまで業種にこだわらず、お話をもらった際に立て直せる見込みがあれば積極的に進めていきたいと考えています。その際に、お店を辞められる予定であっても働く意欲がある方であれば、仮に業態は変わったとしても一緒にやっていきたいですね。

(取材・文/長島啓太)

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清水昭博氏プロフィール

株式会社ANLOOP 代表取締役 清水 昭博 氏

1977年、鹿児島県生まれ。高校を卒業後、福岡県の美容室へ就職。その後、上京しフランチャイズオーナーや飲食店などを経て、2006年に美容室を立ち上げ。2010年に株式会社ANLOOPを創業し、代表取締役に着任。世田谷エリアを中心に、美容室やネイルサロン・飲食店などの多角経営を進めていき、地域活性化に貢献している。

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