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くちどけ抜群、冷やして食べる「くりーむパン」を生み出した3代目 「スタンダード×スタンダード」の掛け合わせが大ヒットした理由

冷やして食べる「くりーむパン」で知られる「株式会社八天堂」(広島県三原市)。25年ほど前に訪れた倒産の危機から再起し、一点突破の商品を生み出そうと商品開発に乗り出した。看板商品の、くちどけの良い「くりーむパン」はどのようにして生まれたのか。誕生秘話と、今後の事業にかける思いについて、3代目代表取締役の森光孝雅氏に聞いた。

八天堂の看板商品「くりーむパン」の誕生秘話

農林水産省主催「ノウフク・アワード2024」で準グランプリを受賞(写真提供:株式会社八天堂)

――看板商品の「くりーむパン」はどのようにして生まれましたか?

新しいものを生み出すには「あるもの×あるもの」の新結合だという、経済学者シュンペーターのイノベーション理論を知り、「うちではどんなものができるか」とずっと考えていました。

「あるもの」という言葉を「スタンダード」に変えて、「スタンダード×スタンダード」の掛け合わせという考え方をしてみたところ、方向性が見えてきたのです。

私はパン屋ですから、まずパンと何を掛け合わせるか。そこで菓子パンのスタンダードである「クリームパン」と、食べ物の美味しさの要素のスタンダードである「くちどけ」を掛け合わせてはどうかと考え、本格的にくちどけの良いクリームパンの商品開発に着手しました。

――開発まではどのくらい時間がかかりましたか?

1年半かかりました。まずはくちどけを良くするため、カスタードに生クリームを入れることをやってみました。通常、クリームパンはパンにクリームを包みこんで焼き上げる製法が主流です。しかし生クリームは耐熱性がないため、クリームがパンの周りに溶けて流れ出てしまいました。

そこで、和洋菓子店だった時代に作っていた「シュー皮を焼いて後でクリームを入れる」というシュークリームの技術をヒントにしました。

ケーキのスポンジをイメージした配合で薄力粉を使ってパンを作り、クリームを注入して作る、という方法でトライしたところ、うまくいきました。

また、パンといえば焼き立てが1番おいしいというイメージですが、弊社の「くりーむパン」には生クリームを使用していますから、冷やして保存します。ここで、薄力粉を使っていることが生きました。

薄力粉を使った生地は、冷やしても固くならず、しっとり食感が保たれます。しかも、時間が経つほどクリームの水分が生地に移行してやわらかくなり、くちどけが良くなる、という効果を生むことが分かりました。

狙ってできたわけではありませんが、広島で製造した商品を当時は空輸で東京に運んでいたので、「時間がたって冷たい状態でもおいしい」という性質はちょうどよかったのです。こうした試行錯誤の結果、ようやく「くりーむパン」の誕生にたどり着きました。

常に行列ができていたことで生まれた付加価値

品川駅構内のエキュート品川に常設展開(写真提供:株式会社八天堂)

――ヒットにつながった理由は何でしょうか。

まずは東十条商店街で販売をスタートさせ、その後、目標としていた駅ナカで売るようになりました。メディアに取り上げられたことなどをきっかけに、駅ナカの店に行列ができるようになりました。

冷やしたクリームパンの存在や食感が目新しかったこと、そして製造体制が整っていなかったため数を多く作れず、夕方16時には売り切れてしまうという希少性も付加価値をつけたのだと思います。

当時は広島の工場で24時間、フル稼働で製造しても追いつきませんでした。実は、品川の駅ナカの店舗などではお叱りを受けて、「本当に作れないのか?」と担当者が工場を見に来られたこともありました。

見学後は数を作れないことを納得してもらったのですが、「せめて夕方のピークである17時には商品があるようにしてほしい」との要望から、1日3回に分けて納品することにしました。

製造数を増やすための工場増設などすぐにできませんから、最初の3年くらいは常に店に行列ができていたことも宣伝効果に繋がりました。その後、他社から類似品も登場してきましたが、結果的にニッチな市場を確立できたという意味では良かったと思っています。

――他にも成功の要因はありましたか?

手土産の市場にも参入できたことが大きかったと思います。パンは自家消費のものですから、パンの手土産は従来なかったのですが、「くりーむパン」は冷やして売ることによって、スイーツとして手土産に利用されるようになったのです。

東京出店後、売り上げは1年で約5倍、数年後には約10倍に増加しました。

農福連携事業への思いとこれからのビジョン

――今後のビジョンについてお聞かせいただけますか。

弊社の事業を考える上で、重要にしている柱の一つとして「ソーシャル事業」があります。私は昔、地元の福祉施設でパン作りを教えていました。利用者さんたちは、毎月教室を楽しみに私を待ってくれていました。

自分がどん底にいて存在意義を見失っていた時にも「先生」と自分を求めてくれる人たちがいたことは、大きな救いになりました。

ギリギリの状況の中で、また自分が這い上がってくることができたなら、利用者さんをはじめ社会にとって絶対に役に立つような人間になりたい、という強い思いを抱きました。現在「農福連携事業」に力を入れているきっかけになっています。

グループ会社の「八天堂ファーム」は社内ベンチャーで社員が立ち上げ、農林水産省と農福連携等応援コンソーシアム主催の「ノウフク・アワード2024」で準グランプリに選ばれ、収益も上げられるようになっています。

農業と福祉の付加価値をつけられる商工農福連携というビジネスモデルを現在作って、全国に広めようと取り組んでいます。非常にやりがいのある事業です。

続いて「専門店事業」。お客様の目の前でクリームやパンをチョイスしていただき、“出来立て感”を提供できるような、さらに付加価値をつけた商品を届けられるような形の専門店事業にしていきたい。

「八天堂cafe」という新しい業態も始めたので、そういった奥も幅もある事業を提案していければと思っています。

最後が「逸品・OEMライン事業」です。希少価値を狙いすぎると広がりがなくなってしまいますが、世の中にはそういった商品が多い。

弊社では“ちょっと贅沢な日常のパン”を、コンビニなどでお客様に気軽に手に取ってもらえるようにしたいです。私がずっと考えていた“ちょっと贅沢な日常のパン”を、技術の向上によって機械で量産できるようになりました。こういった商品をライン化していこうと、2年後に向けて大きな投資を始めています。

さらに、「八天堂ビレッジ」という体験型の食のテーマパークを現在運営しているのですが、それを一つのビジネスモデルとして日本国内に新たに展開しようとしています。広島・三原から東京、また全国に、ひいては世界へと発信していこうと思っています。

今後の展開のキーワードは「投資」

――事業承継とともに新しい価値を生み出すことについて、なにかお考えはありますか?

キーワードは「投資」です。投資をできない会社はなくなっていくでしょう。これからの時代は属人化と自動化に2極化していくと考えていますが、中途半端なところは難しいということを念頭に置いてやらないといけません。

弊社は後者だと思っていますが、しっかりと投資をしていかなければいけません。

承継については、後継者にと見込んだ若手を専務に置いて、現在育成中です。また「八天堂ファーム」をはじめとするグループ会社も、個々に社長を置いていますし、企業内ベンチャーであると同時に、ある意味で事業承継なのかもしれません。

常日頃から周囲とコミュニケーションを図って、理解・納得を得るためにすり合わせつつ進んでいくことが大切ですね。

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森光孝雅氏プロフィール

株式会社八天堂 代表取締役 森光 孝雅 氏

1964年、広島県三原市生まれ。千葉商科大学を中退し、1986年から神戸のドイツパン・焼き菓子の名店にてパン職人修業を開始。祖父から続く家業である和菓子・洋菓子店を継いで、1991年に焼きたてのパン屋「たかちゃんのぱん屋」を開業、事業を急成長させる。1997年に3代目として代表取締役社長に就任。無理な店舗拡大から廃業の危機に陥るものの、業態転換で経営をV字回復させる。2008年に看板商品の冷やして食べる「くりーむパン」を開発、スイーツパンの手土産市場を確立し、国内外へ事業を展開させている。現在ではスイーツパンを中心にアライアンスやコラボレーションで事業を展開し、福祉・農業領域の課題解決にも取り組む。地域社会から応援される会社となるべく、「食のイノベーションを通した人づくりの会社」の実現を目指す。

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