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「ひやきおーがん」「夜泣き」「かんむし」を子育て世代は知らない? 老舗製薬会社の取った、育児の悩みに届けるアプローチ

「ひや、ひや、ひやの、ひやきおーがん」のCMソングで広く知られる小児用の薬「樋屋奇応丸」。江戸時代からの歴史を守り続けてきた樋屋製薬だが、時代とともに、広告や販売方法の転換期を迎えている。2024年9月に父の後を継ぎ、16代社長となった坂上聡太氏(37)は、「育児に笑顔を」の原点に返り、樋屋奇応丸の存在すら知らない今の子育て世代にも届けるべく、新しいアプローチを試みている長く続けるために、歴史と新しい試みをどう調和させるのか。考えを聞いた。

「変えるべき」と「これまでを否定しない」

CMでおなじみの「樋屋奇応丸」

─社長を継ぐとき、会社は決して楽観できない状況だったと思います。最も大事に考えていたのはどんなことだったのでしょうか

「これまでを否定しない」ということです。

そのために、企業理念と経営理念を分けて考えようと思いました。

企業理念は変えず、時代と共に変わらないといけない部分は経営理念で乗せる。

そして、代表である私の責任で課題を解決する。

そうすると、企業理念をずっと承継していくことができます。

これまでのものを壊して新しいことをしてしまうのではなく、守るべきものを大事に守りたい。

そう考えました。

─先代とはどんな関係でしたか

一緒に仕事をするまでは、実はちゃんと話したことがありませんでした。

父は、30 代から海外に単身赴任して重要な仕事を担っていたので、ほとんど日本にいませんでした。

一方の私は、ずっと日本での生活。

それが、樋屋製薬に入ってからは毎日顔を合わせるので、ギャップがありましたね。

親子というより、同じ会社を運営するメンバーという感覚です。

親子で事業をやると、うまくいきそうに見えるけれど、トップは1人の方がいいと思います。

親子のどちらかがリーダーになり、どちらかがフォローする関係がベストではないでしょうか。

弊社でいうと、これまでは私がフォローし、今は私がフォローしてもらう関係です。

変えないことと変えるべきことの方針を決める役割は、おそらく私の方が適任です。

先代には、変えるべきではない部分のリスクヘッジや会社経営を見てもらうことにしています。

「樋屋奇応丸、知ってるでしょ」は通じない

”ひやきおーがん”CMのブリキ人形

─「変えるべき」はどの部分ですか

大事なのは、「届けたい人にちゃんと届いているか」ということです。

子育て世代のユーザーの情報収集能力は、ものすごく高い。

ごまかしは通用しないし、ウェブやSNSで非常に上手に情報収集されます。

「テレビCMでやってるから」「ラジオで聞いたから」ではなく、同じ悩みを持つ人や先輩からの口コミや専門家の意見に重きを置かれる。

だから、ターゲットの悩みを、私たちがどう解決できるのかを、正確に提示しなければなりません。

入社した時からその観点をもち、会社とターゲットの方のコミュニケーションの部分を変えてきました。

課題を解決するために営業企画の新しい部署を立ち上げ、「変わらないといけない」という方針を、会社全体に明確に打ち出しました。

ずっと医薬品の名前で買ってもらうためのアプローチしかしてこなかったけれど、もっと他に伝える方法があるはずだ、という思いを社内に伝えてきました。

─ユーザーに届けるには、「樋屋奇応丸」の名前を売る方法では難しいという判断だったのでしょうか

現在の子育て世代は、CMどころか樋屋奇応丸の名前も知らないわけです。

それどころか、「赤ちゃん、夜泣きで困ったな。かんむし・乳吐き弱ったな」というCMソングを耳にしたとしても、夜泣きで困っているユーザーさんが、「夜泣き」という言葉にピンとこない。

「かんむし」も「乳吐き」も古い言葉になってしまい、CMソングに入っている言葉をそもそも知らない。

この観点がないと、どれだけ「夜泣きには樋屋奇応丸!」と強調したところで、困ってる人に全く届かないのです。

以前は、「樋屋奇応丸、知ってるでしょ?」という姿勢で広告をかけていました。

やり方がわからないから、広報ばかりに力を注いでいた。

けれど、樋屋奇応丸を探している人は、広告経由じゃなくても買ってくれます。

歴史があって長年ご愛顧いただいてきたがゆえに、アプローチを変えるという考えにたどり着かなかったんですよね。

化粧品から、産婦人科から、アプローチ 

ママ&ベビーケアブランド「Here.(ヒヤドット)」

─では、子育て世代のニーズにどう応えていくのでしょうか

まず、お母さんのための新しい化粧品ブランド「ヒヤドット」を作りました。

400周年を迎えた2022年から開発を始め、2023年から販売しています。

「ヒヤ(Here)」 というのは、「お母さんの頼りになるものがここにあり、ひとつの区切りまでお手伝いできること。」というコンセプトです。

0歳から6歳までの乳幼児を育てる間、一緒に歩む。

産前産後のお母さんに使っていただけるボディケアクリームや、授乳関係のお悩みに応えるスキンケアのラインも開発中です。

樋屋奇応丸にたどり着くまでの導線を商品で整えたかった。

そうすることで、妊娠期から授乳期までをサポートし、夜泣きの時期が来たらスムーズに樋屋奇応丸を使っていただけます。

ヒヤドットは主にベビー専門店で販売しているほか、産婦人科での紹介にも力を入れています。

医師や助産師のように、お母さんにとって一番不安な時にアドバイスをくれる頼りになる人たちに、弊社の商品を知ってもらうことで、お母さんにつながります。

他にも、周産期・新生児の学会などで、一般用の医薬品でも夜泣き・かんむしの薬があるということを、産婦人科の先生や助産師に直接伝えていく事もできます。

あくまでも屋台骨は樋屋奇応丸。

けれど、それだけだと必要とする人につながるチャンネルがなかったのが、「ヒヤドット」があることによって、新しい扉が開かれ、コミュニケーションを変えていくことができたと思っています。

海外にも飛躍する「樋屋奇応丸」

─今後の展望について教えてください

樋屋製薬の企業理念は、「進歩」「調和」「努力」です。

経営者になるまで、「調和」は薬を混ぜる調剤のようなイメージをもっていました。

でも、そうじゃないんですね。

変えずに守ってきた人たちと、この先も存続させるために新しいことをする人たち。

この二つは当然ぶつかるわけです。

私の仕事は、新しく変えるものと変えないものを調和させる。

かつ、努力をしながら進歩させていく、ということなのでしょう。

「夜寝なくて困っている」と調べようとしている人に、「こんな薬がありますよ」と提示できるような広告を考えると、ECでの売り上げが増え、ホームページを見てくれる人の数も激増しました。

伝えたい層に刺さると、ちゃんと求めてもらえるとわかりました。

樋屋奇応丸は、大きな可能性のある薬です。

赤ちゃんの薬という認知があるけれど、効能でいえば、ストレスからくる胃腸虚弱や食欲不振に悩んでいる大人にも使えるんですよね。

生薬なので、シニア層にも適しています。

ここを開拓していくことでも道が開いていくし、今後は海外へのアプローチにも力を入れていきます。

海外の代理店を通しての売り上げもそれなりに上がっています。

─次世代への継承、100年先への思いを教えてください。

私たちが事業としてやっていくことは、ひいては、世の中の育児をしている人たちの笑顔を増やすことです。

100年先までを考えると、私がいなくなっても思いを継いでくれる人を、坂上の一族として育てていく必要があります。

それは、社長になる前と後で考え方が変わりました。

みんなで一緒に、会社とともに成長する。

この情熱を、次の世代に伝えて育てていきたい。

難しいけれど、大事なことだと思います。

また、日本の医薬品は非常に品質が高いと実感しています。

ちゃんと自信をもっていい。

日本の伝統薬である樋屋奇応丸を世界に発信し、大きな視野でやっていきたいですね。

この記事の前編はこちら

坂上聡太氏プロフィール

樋屋製薬株式会社 代表取締役社長兼COO 坂上 聡太 氏

1987年、大阪府生まれ。2010年に老舗製薬会社に入社。営業などを担当し、2019年に家業である樋屋製薬に営業部次長で入社。2020年に営業部部長、2021年に営業部部長兼営業企画部部長となり、2024年9月に代表取締役社長に就任。第16代坂上忠兵衛。

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