銀座の象徴「松屋銀座」、正月の休業を拡大した哲学とは 「休暇の拡大、何より重要な投資」「金ピカの仏像は置けない」

銀座の象徴的存在として、約150年の歴史を刻む株式会社松屋。2023年に、創業家の5代目として代表取締役社長に就任した古屋毅彦氏は、白壁の外観に象徴される「シンプル」「シック」という美意識を継承しつつ、2024年から従来の百貨店ではあり得なかった「正月休暇」を拡大する大胆な改革を断行。松屋独自の文化を守りながら、新時代の百貨店経営に挑む創業家5代目の経営哲学を聞いた。
目次
百貨店業界の再編時代…松屋が銀座にこだわる理由

──2008年、アメリカ留学などを経て松屋に戻られた当時の業界環境について教えてください。
三越伊勢丹の統合など百貨店業界の再編が相次ぎ、百貨店の勢いは弱まっていました。アパレルはまだ売れていましたが、ルミネなど競合も増えてきた時期でした。
──松屋ならではの強みをどのように感じていましたか?
小売業は地域性が強い業態です。地元に根付いていないと繁栄できません。特に銀座という街で商売をしている以上、恥ずかしくない店であり続けなければならない。それは強く意識していました。
──美的感覚について、どのようにお考えですか?
デザインだけで使いにくいものや、使いやすいだけでデザイン性のないものは置きたくありません。機能美の追求が大切だと考えています。この感覚は、子どもの頃から生活の中で、自然と根付いていったように思います。
──お父様から経営について具体的な指示はありましたか?
父からは具体的な指示はほとんどありませんでした。父は街のことを第一に考える人でした。もちろん会社も大事にしていましたが、会社の文化は現場に深く根付いていて、あえて言葉にする必要もなかったのかもしれません。
──銀座の街との関係性について、どのようにお考えですか?
銀座の店は、大企業だろうが中小企業だろうが関係なく、「一国一城の主」的なところがあります。うちの父も、本当に「町の商店主の一人」という感覚でいましたから、私もその感覚は受け継いでいます。松屋は銀座の仲間の一員なんです。
松屋とは「シンプルでシック」

──松屋のターゲット層についてお聞かせください。
百貨店は本来、究極のマスマーケティングの場。ただ最近は、外商の増加や、よりパーソナルな関係作りが重要になってきて、徐々にセグメント化が進んでいます。
──松屋ならではのテイストはありますか?
「シンプルでシック」というのが私たちの美意識です。白い外壁に象徴されるように、華美ではない、さりげない江戸っ子らしさを大切にしています。極端な例えですが、金ピカの仏像のような派手なものは、松屋の店頭には合わないんです。
──その美意識は社内でも共有されていますか?
はい。百貨店はいろいろありますから、個性がないとお客様は他店に行ってしまいます。ただし、期待以上の驚きも必要です。「良い意味での裏切り」ができるかどうかは常に意識しています。
──洋服の品揃えにも松屋らしさがありますか?
装飾が多いものより、シンプルなものを重視しています。色も黒が売れるのですが、「黒ばかりにするな」という指示も出しています。お客様との暗黙のコミュニケーションというか、松屋ファンと私たちの美意識が自然と重なっています。
──その美意識は銀座という街にも通じていますか?
実は、松屋に入社した当時「みんな銀座、銀座ってうるさいな」と思っていました。しかし5年くらい経つと、私も同じことを言うようになっていました。銀座には独特の魔力があるんです。
道がきれいで安全なことはもちろん、すましているものと面白いものが共存している。日本で一番いい街だと自負しています。
百貨店なのに正月休み?大改革への挑戦
──従来は元日だけだった正月休みを2024年に拡大し、3日を初売りとするなど、大胆な改革を実施された理由について教えてください。
売上減少を懸念する声もありましたが、様々な要素を考慮すると、この判断は必要でした。
お客様の生活感覚を理解するには、社員自身がもっと普通の生活を送る必要がある。家族との時間も大切にしてほしいと考えました。
現場も、人手不足で新入社員が一人で対応せざるを得ないような状況があり、これはいずれ破綻すると考えました。単に人員を増やすのではなく、時間を短縮することで、より考えて働いてもらいたいという思いがありました。
──改革を進める中で、社内の反応はどうでしたか?
正月休みの延長を提案した時、「これだけ売上が落ちます」という資料を持ってきた人もいました。
でも、クリアランスセールの勢いが昔ほどなくなっていることもあり、働き方を見直すいい機会だと考えました。特に、お取引先のクルーの方々を含めた働き方改革は重要なテーマでした。
──なぜその判断ができたのですか?
人材確保の未来を考えました。リアル店舗の魅力は、最終的には人が支えています。良い人材を確保し続けるためには、働く環境を整えることが必須です。それは何よりも重要な投資だと考えました。
私たちは小売業、実店舗あってこそ
──社長就任後、古屋社長の中で変化はありましたか?
最初の1年は遠慮がちでしたが、思った以上に決断を求められることに気づきました。今後も、もっと自分の考えを打ち出していきたいと思っています。ただ、気軽に社員と飲みに行かないなど、社員との距離感には気を使うようになりました。
ただ、従業員とのコミュニケーションは大切なので、社長室は作らず、フリーアドレスにしています。社長室に籠もってしまうと、どんどん現場が見えなくなる。それは避けたいと思っています。
──今後の松屋をどのように導いていきたいですか?
“松屋”というカルチャーは大切にしたい。ただし、業態や仕組みは時代に応じて変えていく必要があります。私たちは小売業。実店舗があってこその文化です。
大きな変革は必要ですが、カルチャーを失わない範囲で、変えるべきものは変えていく。それが私の役割だと考えています。
古屋毅彦氏プロフィール
株式会社松屋 代表取締役社長執行役員 古屋 毅彦 氏
1973年、東京都生まれ。1996年学習院大学卒業後、東京三菱銀行(現:三菱UFJ銀行)入行。2001年に現在勤める株式会社松屋入社、販売促進課長に就任。2002年から2008年までアメリカに留学し、コロンビア大学大学院修了。帰国後、本店紳士服部長、常務取締役などを経て、2023年より現職の代表取締役社長に就任。創業150年を超える老舗百貨店の5代目として、営業時間短縮や正月休みの延長など、伝統を守りながら新たな改革に取り組んでいる。
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