スタイリッシュな製品を生み出す「ノリノリ」の「メタルクリエイター」たちが、高齢化する地方の治水を救う 福岡の水門メーカーの挑戦

福岡県内で最大規模の水門メーカー・株式会社乗富鉄工所(福岡県柳川市)は、DX化や、「水門」分野外の斬新なオリジナル商品開発など、数々の革新的な取り組みに挑んでいる。3代目代表取締役社長の乘冨賢蔵氏(39)は、自社の職人を「メタルクリエイター」と定義し、自由な発想を具現化するクリエイターとして輝かせ、さらに高齢化する地方の治水を「水門」で支えようとしている。乘冨代表が描く未来図と、改革の舞台裏について話を聞いた。
目次
会社のDX化とオフィスのフルリノベーションがもたらした変化
ーー会社のデジタル化はどのように進めましたか?
2020年にkintone(キントーン)を入れたのが始まりでした。現在は、会社内の業務の大半がクラウド上で完結しています。新入社員も会社の売上などを確認できるオープンな環境を作り、自分の働きが会社でどのような役割を持っているかを意識してもらっています。
ーーオフィスもリノベーションしたそうですね。
新入社員をプロジェクトリーダーに設定し、オフィスの全面的なリノベーションを行いました。
ポイントは、営業部と設計部で分かれていたフロアを一緒にして、ワンフロア化した点です。相互に相手を知り、相談しやすくするための設計を行いました。そして、ショールーム機能のあるオフィスとしても活用しています。
ーー社内の変化は?
オフィスのリノベーションに伴いフリーアドレス化したことで、会社内のスペースは最大化され、書類も大きく減りました。何よりも、営業部と設計部間で交流が深まり、問題解決が速くなりました。フリーアドレスになったので、私も毎日違う席に座り、社員との距離が縮まったことを感じています。
失敗から始まった「ノリノリプロジェクト」の進化

ーー「ノリノリワークス」というプロジェクトを始動した背景を教えてください。
自社だけで商品を作り、社会に価値を提供しようという考えから始まりました。当初は仕事で使う道具だけをターゲットにして、ニッチな市場を狙いました。
しかし、マーケティングの甘さや規模感の不足、大量生産には勝てないという現実を痛感しました。これが私たちにとっての転機となりました。
ーー具体的にはどのように方向転換したのですか?
弊社単独での挑戦に限界を感じ、多くのパートナー企業と協力する方向へ舵を切りました。また、デザインの重要性にも気づきました。大量生産ができないため、商品価値をしっかりと伝えることが求められました。
デザイナーを探し始めたのもこのころです。それが現在の「ノリノリプロジェクト」につながっています。
ーーデザイナーとの出会いが大きな転機になったのですね。
2年間探し続けた末に、出会うべくして出会ったと思えるデザイナーと仕事をすることができました。その間にデザインの勉強を重ね、私自身もある程度のリテラシーを身につけていました。
彼のアドバイスをもとに、「スライドゴトク」をオリジナルで製作しました。スライドゴトクは、鉄工職人のアイデアから生まれた、焚火の高温にも負けないタフでスタイリッシュなゴトクで、ゴトクにも耐熱テーブルにもなる商品です。
これが約1500個売れ、この成功が会社のブランド力向上や新たなコラボの話に繋がったのです。このプロジェクトが、同業以外と協業していくという、今の「オープンザゲート」というビジョンにつながっています。
これからの治水事業を支える「水門自動化プロジェクト」とは
ーーノリノリプロジェクトから、新たな挑戦が生まれたそうですね。
次のステップとして、水門の自動化プロジェクトに取り組んでいます。水門業界の課題の一つは、老朽化と管理人の減少です。特に地方では、農家の高齢者が手動で水門を管理している状況が多く、これを遠隔操作可能な自動化システムに変えることを目指しています。
ーーどのような形でプロジェクトが進行しているのですか?
スタートアップ企業と連携し、安全性や技術面の課題を克服するための取り組みを進めています。デザイナーとも協力して、スマートフォンで操作可能な水門を製品化しました。このプロジェクトは大学との共同研究とも結びついており、治水の新しい在り方を模索する試みでもあります。
ーー目指すゴールとは?
ダムとは違って、生態系を破壊することなく、安全で効率的な治水を実現することです。水門の自動化により、地域の環境を守りながら人々の安全を確保するという新たな価値を提供していきたいと考えています。
未来を築くユニークな取り組みの数々

ーー「ツクルフェス」や「オープン社員総会」という取り組みをしているそうですね。
フェスは、若手社員が主催し、創造力を発揮できる場として開催し、大盛況でした。また、オープン社員総会は、地域のホールを借りて関係者を呼び、会社の現状や今後の展望をすべての社員や社外の方と共有しています。YouTubeにも公開しています。
ほか、若手社員がデザインした製品をBtoCで売る「乗富実験室」というECサイトを、2024年1月6日にオープンしました。これらの取り組みは、私たちが新しい挑戦を続ける中で得た経験や知識を社会に還元する場として機能しています。
ーー御社は、「職人=メタルクリエイター」という言葉を掲げていますね。
職人の価値を正しく伝えるために、この言葉を使っています。職人の素晴らしさは、ゼロから創意工夫で何かを生み出せること。そして、その過程を楽しんでいる姿勢です。これが私たちの革新の原動力でもあります。
ーークリエイティブの解釈についても教えてください。
クリエイティブとは、単に新しいものを作ることではなく、仕事そのものを楽しむことだと思っています。この姿勢が、革新的なアイデアや新たな価値の創出につながっています。
プロフィール
株式会社乗富鉄工所 代表取締役社長 乘冨腎蔵氏
1985年、福岡県生まれ。九州大学卒、2010年に住友重機械マリンエンジニアリングに入社、2017年に現在勤める乗富鉄工所に入社、2024年に代表取締役社長に就任。ユニークな福利厚生や待遇改善を通じて組織改革を実施し、若手が活躍できる環境を整えた。また、乘冨氏が立ち上げた「ノリノリプロジェクト」では、オリジナル商品の企画販売を行っている。業界の枠を越えて、地域に根差した持続可能な企業経営を目指し、次世代を見据えた挑戦を続けている。
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