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「なぜ今のままのやり方じゃダメなのか」どんぶり勘定経営者を説得した、元警察官の若き専務 地方の小さな縫製工場発ブランドの挑戦

地方の小さな縫製工場ながら、自社ブランド「ヌノニシタイ」を立ち上げ、オリジナルのカバンや雑貨を生み出す「オオミスタイル」(滋賀県高島市)。京都府警の警察官から転職した取締役専務の中矢佳希氏は、従来のどんぶり勘定経営を見直し、自社ブランドを立ち上げることで、100%下請けからの脱却を目指す。次世代の職人育成や事業承継について、中矢氏のビジョンを聞いた。

家族だからこそ揉めた経営改善への取り組み

――経営改善には、どのように取り組んだのでしょうか。

私は2019年に京都府警警察官から、妻の実家の「オオミスタイル」に入社し、2021年には専務に就任しました。

創業者の義祖父から、現社長の義母に事業が引き継がれたのが2022年です。その頃の経営は「どんぶり勘定」で、受注金額が適正かどうかも分からない状態でした。

そこで、まずは「数字を見える化」する仕組みづくりから始めました。また、受ける仕事もきちんと損益を把握して選定することにしました。

具体的には、受注した仕事に対し、どれくらいの作業時間がかかるのかを日報で記録し、「この金額で本当に利益が出ているのか」をチェックする仕組みを作りました。例えば、10万円の受注で100個の商品を作るなら、従業員が何時間で仕上げれば利益が出るのかを明確にする、というような固定費の見直しです。

無駄な経費も多く、見直せる部分がたくさん浮き彫りになりました。例えば、リース契約の電話機やコピー機はコストが高すぎたので、家庭用のものに切り替えました。

また、土曜日出勤が当たり前になっていたのを廃止し、残業も極力減らすようにしました。保険料の見直しも大きな課題で、家族間で意見がぶつかることも多かったですね。

―― 家族経営ならではの苦労などはあったのでしょうか。

家族だからこそ、遠慮がなくて意見がぶつかることが多々ありました。特に、義母や義祖父の代から続くやり方を変えようとすると、「なぜ今まで通りではダメなのか」と反発がありました。でも、これからも長く経営を続けるためには必要なことだ、と何度も話し合いを重ね、納得してもらいました。

自社ブランド「ヌノニシタイ」の立ち上げ

三つ編みバッグ
三つ編みバッグ(写真提供/有限会社オオミスタイル)

――2023年には、自社ブランド「ヌノニシタイ」を立ち上げた狙いを教えてください。

下請け100%のままでは、経営の安定も従業員の賃金向上も難しいと感じていました。そこで、自社ブランドを立ち上げ、自分たちで会社の価値を発信することで、会社の認知度を高め、利益率を改善しようと考えたのです。

――ブランド名の「ヌノニシタイ」にはどのような意味が込められているのでしょうか。

「布にしたい」という気持ちをシンプルに表現した名前です。滋賀県高島市の特産素材「高島帆布」や、琵琶湖のヨシを使った製品を展開しています。縫製技術だけでなく、地域の文化や自然環境への思いも伝えていきたいと考えています。

――自社ブランド立ち上げの反響はどうでしたか。

思っていた以上に反響がありました。自社ブランド設立のためにクラウドファンディングを実施した際は、多くの方の支援で目標額を大きく上回ることができました。「こんなカバンが欲しかった」と言っていただけた時は、本当に嬉しかったです。

ミシンのスキルを伸ばすため、教室にも通う

――現在注力していることを教えてください。

職人の育成です。職人の技術は会社の宝ですし、次世代に受け継いでいく必要があります。社内で講習会を定期的に開いたり、動画コンテンツで技術を共有する取り組みを進めたりしています。一人の従業員が一つの商品を最初から最後まで作れるように、スキルを高めるサポートもしています。

私自身も、職人になりたいという思いがあります。入社前は家庭科の授業でミシンを触ったことがある程度で、家庭科も苦手でした。でも今は、ミシンで縫う作業が楽しくて。自分自身が技術を身につけることで、現場の理解が深まりますし、職人としての喜びも感じたいなとも考えています。最近は自分でカバンを作る教室にも通っていますよ。

大切なのは互いのリスペクトとコミュニケーション

――次世代への事業承継については、どのように考えていますか。

自分がいつ会社を承継するかは、まだ決まっていません。現社長である義母は「すぐにでも引き継いでほしい」と思っているようですが。でも、2022年の承継で感じたのは、お互いのリスペクトとコミュニケーションが何より大事だということです。

――承継に向けて、どんな準備をしていますか。

現在、会社全体を把握し、経営と現場の両方のスキルを磨いているところです。義母が工場長として現場を支えてくれているので、私はバックオフィスや経営改善に集中できています。今は自分の役割をしっかり果たしながら、事業継承のサポート支援もうまく利用して、タイミングをみて承継したいと思っています。

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プロフィール

有限会社オオミスタイル 取締役専務 中矢佳希 氏

1994年愛媛県生まれ。京都の大学を卒業後、2016年に京都府警入職。2019年に結婚を機に妻の家業である縫製工場「有限会社オオミスタイル」に入社。業界未経験ながら現場で学び、幅広い業務を経験した後、経営改善に取り組む。2021年に取締役専務に就任し、利益を見える化し、会社の経営基盤を立て直した。100%下請けからの脱却を目指すべく2023年には、自社ブランド「ヌノニシタイ」を立ち上げ。クラウドファンディングでの成功を収めるなど新しい挑戦を続けている。現在は、次世代の職人育成にも力を入れ、講習会や動画コンテンツを活用した技術継承を進めている。

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