経営戦略Strategy

経営戦略

名古屋名物「元祖 鯱もなか」のピンチを救った女性ご当地アイドルのファン 一時は廃業危機だった老舗を復活させたSNS戦略とは

1907(明治40)年創業の名古屋名物「元祖 鯱もなか(※以下、鯱もなか)」を手がける「元祖鯱もなか本店」は、5年前は廃業の危機だった。しかし、4代目夫婦の古田花恵代表取締役社長と古田憲司氏により、SNSを駆使した情報発信で奇跡の復活を遂げた。看板商品の鯱もなかは、人気アーティストとのコラボや全国ガチャガチャ展開など、ファンの"推し活"から次々と新企画が誕生。50代以上がメインだった顧客層を30~50代へとシフトさせた。ファンと共に新たなストーリーを紡ぐ秘けつを、古田憲司専務取締役(40)に聞いた。

SNSをはじめとするデジタルの力で顧客層を再構築

クラウドファンディングによりリニューアルされた店内(写真提供:有限会社元祖鯱もなか本店)

──事業承継後とくに注力したことは何ですか。

先代(古田花恵氏の父)は閉業する準備をしていたこともあり、承継当時は従業員もおらず、製造のための機械も売却済でしたので、まずは製造・販売の体制づくりからはじめました。

次にホームページとECサイトの改善に着手し、政府の補助金を活用して本格的なオンラインストアを構築しました。店舗の信頼を得るためでもあります。

さらに、Instagram、X(旧Twitter)、Facebook、LINEと複数のSNSで発信を始めました。特にInstagramは20~30代の女性をターゲットに設定して、プロフィールからハッシュタグまで戦略的に展開しました。

妻がデザインを学んだ経験があるということもあり、ビジュアル面での発信に力を入れました。私のマーケティング経験も活かせたと思います。

その後、私たちの事業承継をストーリーとしてまとめたプレスリリースを配信したところ、10カ月で30件以上の取材がありました。そこから注文もたくさんいただき、SNSのフォロワー数もどんどん増えていきました。

ファンの推し活から始まった新しいコラボ

──SNSをきっかけにコラボレーションが実現したそうですね。

メディア取材によって注目度が上がる中、2022年1月に次の一手として店舗にイートインスペースを設けるため、リノベーション費用を募るクラウドファンディング企画を立ち上げたました。

しかし、支援金額が思うように伸びず、最終日4日時点で目標金額の300万円まであと100万円足りなくて諦めかけていたときです。協力を呼び掛けていた当店のTwitter(現X)ポストに、名古屋のご当地女性アイドルグループ「TEAM SHACHI」のファンの方が「SHACHI(TEAM SHACHI)の出番だとおもうんだ」と反応してくれたのです。

これをきっかけに、TEAM SHACHIのファンに拡散され、クラウドファンディングは無事目標額を達成しました。それが「公式」の目にも留まり、「TEAM SHACHI」10周年記念コラボパッケージの鯱もなかの発売につながり、350箱が1週間で完売しました。

その後も名古屋グランパスや大手食品メーカーとのコラボなど、次々と新しい展開が生まれています。

──次々と出会いが生まれた理由は?

大変でも頑張っている姿を、SNSなどを通して見てもらうことで、多くの方が応援してくださるようになります。Xは、ファンの方が自分の推しているアーティストやチームに「これを応援してほしい」と伝えてくれる。

自然発生的な動きから、相手方の公式が反応してくれるのが絶好のチャンスになります。誠実な対応もポイントだと思います。

コラボレーションは、相手先のファンの方々に商品の魅力を知っていただけるだけでなく、私たち従業員のモチベーションアップにもつながります。また、こうした取り組みがメディアにも取り上げられ、さらなる認知度向上にもつながっています。

現在は売上の構成比が土産物店5割、本店3割、ECサイト2割という状況で、コラボレーション時にはECの比率が3割まで上がることもあります。ECが売上を支える柱に成長してくれました。また、徐々に顧客年齢層が変化してきているのを実感しています。以前のメインの顧客層は50~70代だったのが、今は30~50代になってきています。

炎上リスクも抱える企業公式アカウント運用のコツとは

創業118年の名古屋名物、鯱もなか(写真提供:有限会社元祖鯱もなか本店)

──X運営で特に気をつけていることは?

X内では、企業公式アカウントならではの文化があるので、そこに寄り添うことを意識しています。加えて反応がある反面、炎上リスクにも細心の注意を払っています。エゴサーチと通知欄のチェックはこまめに行い、ファンの声に真摯に向き合うようにしています。

また、SNSでの発信を見て来店される方も増えました。名古屋の方だけでなく、観光で訪れた際に「SNSで見て気になっていました」と言ってくれるお客様も多くいます。

Xがきっかけで常連になってくれたお客様の1人に、年末最終営業日に店舗に残った商品を全て購入してくださる方がいます。この方は4年連続で来店いただいており、お正月用のおやつにしてくださるそうです。こういったありがたくも温かいご縁をいただけることも、SNSをやって良かったと思う点の1つです。

お客様やSNSのフォロワーが教えてくれた鯱もなかの「かわいさ」

──ほかにSNSをやってよかった点は?

自分たちで気づかなかった鯱もなかの魅力を、お客様やSNSのフォロワーから教えていただけたことです。

鯱もなかをSNSで発信したとき、「かわいい」という評価をいただいたことは驚きでした。先代も妻も私も、鯱もなかをずっと当たり前に見ていたので、かわいいなんて思ったこともありませんでした。

世の中がそう感じてくれるなら、自分たちも商品をポジティブに捉え直し、そこからまた新しい発信や継承をしていこうと考えることができました。

──今後のビジョン・目標は?

将来的な目標としては、誰もが「鯱もなか」を見たことがある状態を作りたいと考えています。名古屋市営地下鉄の車内や名古屋駅構内での交通広告だけでなく、書籍の出版、カプセルトイへの展開といった幅広い取り組みをしています。

特に書籍やカプセルトイは、名古屋を飛び出して、全国の方々の目に鯱もなかの名前と形状を目にしていただく機会を作ることができました。

体制強化にも力を入れており、今年4月からは新卒社員を3名採用します。営業・広報マーケティング担当と、製菓学校卒業の製造担当です。会社を一緒に作っていく仲間として、若い力を育てていきたいと考えています。

先代が「大変だからやめる」とした課題に対する答えとして、チームで分かち合える会社を作り、「鯱もなか」を未来に残していきたい。これからも伝統の価値を大切にしながら、そんな持続可能な会社にしていきたいと考えています。

この記事の前編はこちら

古田憲司氏プロフィール

有限会社元祖鯱もなか本店 専務取締役 古田 憲司 氏

1984年、愛知県生まれ。中京大学卒業後、音楽活動を経てビジネス界へ。商社、外資系メーカーなど複数の企業での経験を積んだ後、不動産業を起業。2021年に現在勤める有限会社元祖鯱もなか本店に入社し、専務取締役に就任。4代目となる妻と二人三脚で、創業 118年の老舗を次世代に向けて進化させている。SNSでのファンとの関係づくりを重視し、伝統と革新が織りなす新たな和菓子文化の創造を目指す。

FacebookTwitterLine

\ この記事をシェアしよう /

この記事を読んだ方は
こちらの記事も読んでいます

経営戦略

創業400年の「ブラック企業」若き17代当主が挑んだ職場とビジネスの改革 江戸時代から伝わる「どら焼き」を守りながら

経営戦略

当主は戸籍も変え、代々「髙津伊兵衛」を名乗る 320年以上続く鰹節専門店は、どうやって受け継がれているのか

経営戦略

現場で「ボク、何しに来たの?」、スナックで「知らん歌を歌うな!」 京都・老舗蜂蜜屋の3代目、仕事はまったく「甘くなかった」    

記事一覧に戻る

賢者の選択サクセッション 事業創継

賢者の選択サクセッションは、ビジネスを創り継ぐ「事業」という新しいコンセプトを提唱し、社会課題である事業承継問題に真摯に向き合うことで、様々な事業承継のケースを発信しています。

フォローして
最新記事をチェック