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90歳超えた「元気すぎる」社長、孫が勇退を助言 老朽化する社会インフラを支えてきた「老舗鉄工企業」の技術を未来へつなぐために

高度経済成長期に整備された社会インフラの老朽化が進む中、鉄工技術の需要は確実に高まっている。しかし、35年間新規採用がなかった株式会社田渕鉄工所(大阪市)は、技術継承の危機に直面していた。5代目の承継予定者として入社した4代目の息子・寺垣雄平氏(32)は、デジタル化推進や休日制度改革など大胆な改革に着手し、90歳を超えても現役バリバリだった祖父から父への事業承継をサポートした。112年の歴史を持つ技術を未来へつなぐための挑戦について、寺垣氏に聞いた。

積極的なコミュニケーションとデジタル化、2つの改革

平成15年ごろの作業写真(写真提供:株式会社田渕鉄工所)

──入社後、最初に取り組まれたことは何でしょうか。

鉄工の技術や作業過程を知らなかったので、まず現場に積極的に出るようにしました。職人さんたちは長年の経験から「これは当たり前」という暗黙知でコミュニケーションを取る傾向があります。

基本的な用語の説明も、別の専門用語で返ってくることがあるので、現場で実物を見ながら理解を深め、共通言語を作っていくことから始めました。

──デジタル化についてはどのように進めましたか?

入社して驚いたのは、10人以上の会社なのにパソコンが1台しかないことでした。図面の送付はFAXが主流で、にじんで見えづらい図面を電話で確認し、結局は現物を持参する。非効率な業務が当たり前になっていました。

現在は、書類や図面のデータ化を進めています。「スキャンすれば綺麗に送れますよ」「メールの方が早いですよ」と、少しずつデジタルツールの利点を伝えながら、業務改善を進めているところです。

“沈黙のバトン” 祖父から父へ、そして未来へ

最近の工事写真、大型タンクの搬入作業風景(写真提供:株式会社田渕鉄工所)

──最近、社長が交代されたそうですね。

はい、私が入社した直後の2024年6月に、祖父から父へと代替わりしました。

実は、この承継にも課題がありました。祖父と父は、あまり積極的にコミュニケーションを取っていませんでした。

「そろそろ任せようか」という話も、「継ぎたい」という話も、双方から一切出ない。祖父は90歳を超えても現役で、体が元気すぎるがゆえに、引退のタイミングを見出せないような状況でした。

──そこからどのように承継を進めたのでしょうか?

私の入社を機に、「このままでは父の社長としての人生がなくなってしまう」と考え、祖父と父に助言をしました。時には祖父と言い合いになることもありましたが、最終的に承継が実現しました。

──承継が実現した後、お祖父様の様子に変化はありましたか?

正直、最初は気まずい空気が流れました。90歳を超えても現役で、仕事が趣味のような祖父にとって、第一線を退くことは寂しかったはずです。

35年ぶりの採用に向けて、休日を増やす

──現在、新規採用に注力されているとお聞きしました。

はい。ただ、採用活動自体が35年ぶりで、広告出稿などもしているのですが、その難しさに戸惑っています。

「採用って今はお金がかかるんですよ」「そう簡単には人は来ないんですよ」と、まずは社内の意識改革から始めました。

──具体的な改革の例を教えてください。

最も大きな改革は休日制度です。それまで105日だった年間休日を増やし、第1、第3土曜の出勤も廃止しました。

──その改革には社内から抵抗がなかったですか?

父は「ルールだから」と最初は難色を示しました。でも、「ルールだからというのは社長の意思が入っていないのでは」と粘り強く説得しました。

現場の社員たちにも「作業量が減って大丈夫か」と確認したところ、「むしろ休みがあることで効率よく働けるのでは」という前向きな意見も出てきました。

また、採用には会社の魅力を伝えることも大切なので、社員の皆さんにも「僕だけ頑張ってもしょうがない」「皆さんで会社を良くしていきましょうよ」というようなお話をして、少しずつ進めているところです。

“鉄工×人材”の新時代へ 5代目が描く業界の未来戦略

──今後のビジョンをお聞かせください。

10年計画で考えています。まずは35年分の技術をしっかりと承継すること。そして、鉄工1本では経営リスクが高いので、新規事業も模索したいと考えています。そのため、採用でも新たな事業にチャレンジできる人を求めています。

──注目している事業はありますか?

注目しているのは「鉄工×人材」という領域です。前職で人材業界にいた経験を活かし、業界全体の人材育成や技術継承に関わっていければと考えています。

──これからの業界の未来について考えていることを教えてください。

最近の道路陥没事故でも話題になりましたが、高度経済成長期に整備された配管設備の多くが50年を経過し、メンテナンスの需要は確実に増えていきます。

だからこそ、若い技術者の育成は急務です。「この仕事は絶対になくならない」という確信を持って、採用活動や社内改革に取り組んでいます。

──社会インフラの老朽化対策について、どのように考えていますか?

知識がある職人の技術を早く若い方に引き継いで、来るときに向けて準備をしないといけないな、ということは考えています。まだまだ、迷いながら漠然としながらではありますが、業界としての急務だということは感じています。

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寺垣雄平氏プロフィール

株式会社田渕鉄工所 寺垣 雄平 氏

1992年、大阪府生まれ。大学卒業後、広告会社に入社。その後、人材系会社で採用担当を経験。2024年に現在勤める田渕鉄工所に入社。112年続く老舗鉄工所の5代目承継予定者として、デジタル化推進や採用改革に取り組んでいる。同社は1912年(明治45年)創業。銭湯のボイラー修理から始まり、高度経済成長期には工業製品製造へと事業を発展させた。現在は工場や設備のメンテナンス、製品製造を手がける。35年ぶりとなる新規採用や働き方改革に着手している。「鉄工×人材」をキーワードに、新規事業の展開も視野に入れ、小規模ながら次の100年に向けた挑戦を続けている。

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