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職人の高い技術と経験が、環境負荷の低い「バイオ染料」に 世界的企業から家業に転職、多彩な新機軸を打ち出す5代目の思い

大きな石に織物を乗せ、木槌で打って柔らかくして艶を出す――。この「つや出し」の仕事をルーツに持ち、染料加工などの事業に取り組む株式会社「艶金」(岐阜県大垣市)を父から継ぎ、5代目社長になる予定の墨俊希氏は、バイオ染料など多彩な新機軸を打ち出している。世界最大のコンサル企業「アクセンチュア」から転職し、家業の「アトツギ」を目指す墨氏の覚悟と目指すものを聞いた。

ベテラン職人の伝統技術と最先端科学の融合

協同研究の様子
協同研究の様子(写真提供/株式会社艶金)

――艶金の新しい事業開発について教えてください。

現在、バイオテクノロジーを活用した新しい染料の開発を進めています。これは、東京大学との共同開発プロジェクトで、70歳を越えたベテラン職人が持つ伝統技術と最先端の科学を融合させる試みです。

――なぜバイオテクノロジーに着目したのですか?

きっかけは、大学院の同期から「アメリカでは肉の代替食品が注目されている」と聞いたことです。それを聞いて、食に限らず、さまざまな分野で代替技術が活用できるのではないかと考え、「染料も自然由来のものを人工的に作れないか」という発想に至りました。

――目指しているゴールは何ですか?

最終的には、ユーザーが代替品だと気づかないような自然な仕上がりを目指しています。

また、環境負荷を減らすことも重要なテーマです。現在の染料は99%が化学染料です。製造過程で大量の熱や水、化学物など多くの資源を消費しますが、バイオテクノロジーを活用すれば、より持続可能な製品を作れると考えています。

――具体的にはどのような染料を目指しているのですか?

従来の染料にはない「環境に優しく高性能な染料」です。たとえば、色落ちがしにくい上に、人体にも影響がない染料。

また、従来の合成染料に比べて、微生物などの生物による分解性の高い材料を使うことで、廃棄物の問題も解決できると考えています。

――開発において、長年培われてきた職人の知見はどのように活かされていますか?

職人の経験と勘は、高い品質の裏付けに大きく貢献します。例えば職人の経験によって、染料の濃度調整や温度管理の微細な調整が行われ、最終的な仕上がりに大きく影響します。

そのような細かい部分を数値化し、再現性を高めることが、バイオテクノロジーの発展にもつながってきます。

創業精神は伝わっていなかった。

――創業精神の言語化について、詳しく教えてください。

これまで、創業者の思いやDNAはファミリー内で暗黙の了解として受け継がれてきました。しかし、艶金では、従業員に伝わっていなかったのです。

――なぜ言語化が必要だと考えたのですか?

言語化することで、従業員一人ひとりが創業者の理念を理解し、自分の仕事に落とし込めるようになります。また、会社としての一体感を生み出すためにも、創業精神を明確にすることが大切だと思いました。

――具体的にどのように進めているのですか?

まずは、創業者のエピソードや過去の事例を掘り起こし、そこから大切にすべき価値観を抽出します。今後は、エピソードを冊子にまとめ、従業員に配布する予定です。

――今後はどのように言語化を進めるのでしょうか?

社内での勉強会やワークショップを実施し、従業員と共有する場を設けたいと考えています。創業者のエピソードだけではなく、従業員の気持ちも言語化していきたいです。

次のステップとしては、創業者の価値観を映像化することも考えています。動画や社内ドキュメンタリーを通じて、新入社員や若手社員にも伝わりやすい形で共有したいと考えています。

中小企業との共創で「付加価値」をプラスする

――中小企業同士の共創について、どのように考えていますか?

現在、日本の中小企業は、完全な分業制が主流となっており、一社だけで業界や製品の課題を全面的に解決するのは難しい状況にあります。

――その課題をどのように乗り越えようとしていますか?

大学院時代にオープンイノベーションについての論文を書きましたが、そこでは「他社と知見を共有し、共に課題を解決する」ことが重要だと述べました。艶金でも、単に製品を加工するだけでなく、製品に命を吹き込むような「付加価値」を提供することを目指しています。

――具体的には、どのような取り組みを行っていますか?

たとえば、繊維業界では分業体制が確立されているため、競合関係にない企業が多いのです。裏を返すと、互いに協力もしやすいため、新しい価値を生むことができると考えています。実際に艶金も、他の企業と連携し、新しい製品やサービスを共同で開発しています。

――最近の成功事例はありますか?

他社の技術と艶金の加工技術を組み合わせて、新しいファッションアイテムを開発しました。環境配慮型の素材を使用し、サステナブルなファッションを目指すブランドからも注目されています。

地域と共に成長する「アトツギ」を目指して

――地域とのつながりをどのように考えていますか?

艶金は地域に支えられてきた企業なので、恩返しとして、地域活性化につながる取り組みを考えています。

例えば、地域の特産品を活用した新しい商品開発や、地域イベントの企画などです。また、地元の職人たちとの連携も強化し、伝統技術を次世代に受け継ぐ活動も行っています。

――後継ぎとしての使命感が強いですね。

家業の後継ぎという立場を前向きに捉え、「アトツギ」として新しい価値を生み出す存在になりたいと思っています。これからも、家業の伝統を守りつつ、新しい挑戦を続けていきます。

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プロフィール
株式会社艶金 墨 俊希氏

1995年、愛知県生まれ。同志社大学卒業後、2019年にアクセンチュア株式会社に入社、2023年に早稲田大学大学院に入学し、5代目社長の承継予定者として新規事業などに関わる。東京大学との共同開発プロジェクトをはじめ、新たな染料の開発やオープンイノベーションの推進など、革新的な事業を展開している。

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