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社長だった父の遺書「もう歯ブラシに金をかけるな」 それでも独創的な歯ブラシを手がける「ロールモデル」無き女性経営者の思い

化学物質過敏症の人たちも使える、竹の歯ブラシなどで注目される歯ブラシメーカー「ファイン」。1948年に創業し、夫から妻、そして子へと事業承継する形で続いてきた。2010年に3代目社長となった清水直子氏は、「事業承継を機に会社は大きく変わった」と語る。ロールモデルが少ない「女性」の後継者として、どのような思いで事業を継ぎ、展望を描いているのか聞いた。

女性後継者のロールモデルがいないことで多くの苦労を経験

――実の母から事業承継をした際、苦労したことを教えてください。

清水 ひとつは、製造業界の女性後継者というロールモデルがほとんどなかったことです。母の姿しか見てこなかったので、いざ自分が社長になったら「どんなふうに考えれば良いのか」「どんな観点で判断を下せばいいのか」が分からず、最初は苦労しました。

経営者が集まるセミナーに参加したこともあるのですが、そこで話されているのは成功例が多く「私には同じようにはできない」と落ち込んで帰ってくることばかりでした。今は中小企業診断士の方のサポートも受けながら勉強していますが、そもそも誰にどう相談したら良いのかも分からなかったです。

そうした経験から、今は一般社団法人「日本跡取り娘共育協会」に入っています。私はもうベテランの枠なのですが、親の遺産や株のこと、結婚する際に名前はどうしているのかなど、身近なことを話せるので、すごくありがたいと思います。

業務フローを一新。社外の人材を採用したのをきっかけに会社が好転

――2010年の事業承継当初、ファインにはどんな課題がありましたか?

清水 営業業務も製造業務もブラックスボックス化していたことです。父も母もマネジメントがあまり得意ではなかったのと、小さい会社だったこともあり各営業担当や工場長に一任していた業務が多過ぎました。そもそも発注書がなかったり、在庫管理ができていなかったり。

このままではまずいと思ったので、「何が問題なのか」「どうしていきたいのか」をひたすら洗い出しました。これにより業務フローが一気に整理され、無駄な作業や損失が出ることがほとんどなくなりました。

――他に取り組んだことがあれば教えてください。

清水 大手企業の工場に勤めた経験がある方を2名、工場で採用しました。マンネリ化していたところに外部の意見が入ったことで、こんなにも変わるのかというくらい会社の雰囲気が良い方向に変わりました。

もともとファインは、社員数が少なく定着率もかなり高い会社なので、新しい風を入れるという意味で定期的に新しい人を採用するようにしています。正社員ではなくデスク貸しの業務委託のケースが多いのですが、それでも既存社員にとって良い刺激になっているようです。

人材の入れ替えや新規採用は、会社を筋肉質にしていく上では欠かせないものでしたね。

新しいことにチャレンジしつつ、“ファインの良さ”も守っていきたい

――両親の代から続く、「ファインの良さ」「あえて変えなかったもの」はありますか?

清水 ファインの良さは、社内に対立構造がない社風です。「営業だから」「工場だから」と対立したり遠慮したりするのではなく、お互いを尊重しながら仕事をしている雰囲気があります。本社と工場はオンライン画面でつないで「おはようございます」「お疲れ様」といつでも声をかけられるようにしており、連携も緊密です。

商品における「ファインらしさ」も大切にしています。利益だけを考えると、もっと商品数を増やしたり、競合と似たビジネスモデルで商品を開発したりするほうが良いのですが、それはファインらしくありません。同じ層のお客様をターゲットにするにしても、価格の安さとは異なる切り口でファインの商品を手にとってもらいたいと思っています。

――最後に、今後の事業展開を教えてください。

清水 実は、父が亡くなる時、遺書に「歯ブラシ事業にはもうお金をかけるな」と書いてありました。1〜3カ月に1本、200〜300円の歯ブラシを買うとすると、1年で約2000円、60年でも12万円にしかなりません。とても小さな市場で、今後も大きく拡大することはないと父は思っていたのでしょう。

とはいえ、歯ブラシは誰にとっても欠かせないものです。虫歯になったら歯医者さんで治療してもらえますが、歯医者を出る時には「歯磨きをしっかりしてくださいね!」と言われますよね。歯磨きを徹底していれば、歯周病からくるさまざまな病気のリスクも減らすことができます。それから、歯は胃や腸と違って自分である程度コントロールしやすい場所でもあります。しかも手入れにそこまでお金もかからない。

だからこそ、歯ブラシはもう少し日の目を浴びても良いのではないかと思うのです。

一方で、歯ブラシで使われるプラスチックは大きな環境問題にもなっています。だからこそ、竹の歯ブラシをはじめとしたエコな歯ブラシを作ったりすることで、環境に優しい事業を続けていきたいです。

3年前、樹脂事業もスタートし、今は会社として新たなフェーズに入ったところです。そんな会社に共感する若い世代が入社してくれたり、さまざまな企業がうちの技術を活用してくれたりしたら嬉しいですね。

清水直子氏プロフィール

ファイン株式会社 代表取締役社長 清水直子氏

1967年、東京都品川区に3姉妹の末っ子として生まれる。東洋女子短期大学(現:東洋学園大学)欧米文化学科を卒業後、新卒で貿易商社に事務職として入社。入社2年目で退社し、父が経営するファイン株式会社に入社。その後自身の母に代替わりした同社で1994年から取締役、2006年から副社長を経験し、2010年、3代目(同業からは4代目)の社長に就任する。歯ブラシの製造だけでなく、最近はコンサルティング事業や樹脂事業などをスタートさせるなど活躍の場を広げている。

取材・文/川島愛里

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賢者の選択サクセッション編集部

日本の社会課題である事業承継問題を解決するため、ビジネスを創り・受け継ぐ立場の事例から「事業創継」の在り方を探る事業承継総合メディア「賢者の選択サクセッション」。事業創継を成し遂げた“賢者”と共に考えるテレビ番組「賢者の選択サクセッション」も放送中。

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