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ロゴマークは「会社の顔」、事業承継の時こそ効果あり/篠塚正典インタビュー

会社は変わり続けないと生き残れない。時代に合わせてビジョン、ミッションを見直す所以だ。社長が交代する事業承継はまさにその好機。日米でCI(コーポレート・アイデンティティー)、企業のブランディングで多くのロゴマークのデザインしてきたイデア クレント代表取締役の篠塚正典さんは、ロゴマークを「会社の顔」だという。その「デザインの力」が果たす役割について聞いた。

――日米で長い間、デザインの仕事をされてきました。思い出深いデザインとしてはどんなものがありますか。

篠塚 1998年に長野で開かれた冬季オリンピックで採用されたエンブレムのデザインが一番です。デザイナーにとって、 歴史に残るデザインがつくれたことを誇りに思います。その他のデザインでは、東芝のノートパソコン「ダイナブック」のロゴマークです。決定まで時間がかかり、提案したマークは200案以上でした。頓挫しそうになるぐらい難航しましたが、東芝のプロジェクトリーダーと2人で粘り強く話し合い、今のマークがようやく生まれたのです。それまで私はシャープなシンボルマークをつくるのが得意だったのですが、四角いデザインに二つの小さな○がポンポンと並んでいる女性にも受けそうなマークが出来上がりました。私にとっては新境地が 開けたプロジェクトでした。

――デザインの良し悪しで会社や商品のイメージは大きく変わりますね。

篠塚 何かをデザインすることによって、同じメッセージをたくさんの人に同時に伝えられます。イメージを言葉、文章で伝えるよりも、デザインは見るだけで、そのメッセージが 伝わります。それだけではありません。デザインはメッセージを受け取った人に「こんなすごいことが実現するんだ」と未来をポジティブに想像させる力もあります。しかも国境を越え、人種も言葉の壁も越えて、子供からお年寄りまで 平等にメッセージを伝えることができます。それが「デザインの力」だと思っています。

マークづくりに必要な会社の理念、哲学、ビジョンの確認

――会社が目指すものをイメージできるロゴマークをつくるには、目指すべきものが何かを掴む必要がありますね。

篠塚 基本的に 重要なのは、会社の理念、フィロソフィー、ビジョンといった会社の姿勢、目指すべき価値を整理して、確認することです。CI、最近はブランディングと言うことが多くなっていますが、それはただ単にビジュアルのマークをつくることが目的ではありません。私がデザインする時は、社長をはじめ主要な役員の方々にインタビューし、新しい事業にどう取り組むか、過去はどんな事業をしてきたか、現在はどうなっているかを聞き、およそ20年後を想像して、デザインします。現時点のイメージをデザインしてしまうと明日には古くなってしまいますので。

――会社にとってCI、ブランディングは何でしょうか。

篠塚 一言で言えば顔です。人間にとって顔は大事です。私たちは顔からその人の多くの印象、イメージを受け取ります。会社の顔と言えるもシンボルマークは印象のいいもの、なるべく明るく元気なものをつくろうと考えています。
良いマークは誰が見ても「この会社はこんなことをやっている会社だな」とすぐに伝わるマークです。顔がすべてを語りかけるようにマークがすべてを伝えてくれます。
すべてを単純な形の中にどう表すかがシンボルマークデザインの難しいところです。

――CIが会社の顔だとすると、CIは外に向かってやるものなのでしょうか。

篠塚 もちろん外へのメッセージにもなるのですが、僕は会社の内側にいる社員に向けてどう発信するかを考えなければいけないと思っています。まず先に全社員にCIを分かってもらい、次に外向きに発信することが大切です。CIが失敗してしまうのは、外向けに格好をつけるだけで、社員に向けて考えていないケースがほとんどです。

社員をポジティブにするCI

――CIで社員が前向きになるという効果はどのように生まれるのですか。

篠塚 例えば事業承継の場合を考えると、社長が変わるのですから社員は「これから一体どうなるのだろう」と不安を抱えていると思います。その時にビジョンをはっきり社内に向けて発信することで、目指す方向がはっきりわかり、不安が解消されます。それに加えて、デザインが新しくなるので、モチベーションも上がります。その際に名刺が一番、 社員にとっては影響があります。これまで多くの会社のマークをつくってきましたが、「名刺出すのが楽しくなりました。自信を持ってこの名刺が出せます」という声をよく聞きます。デザイナーとしては嬉しいことです。デザインでモチベーションが上がり、みんなが一致団結して同じ方向に向かっているという証ですからね。

――デザインが変わり、会社が変わった例としてどんなものがありますか。

篠塚 たくさんありますが、わかりやすいところではANA、全日空です。元々は国内線だけの航空会社でした。そのころに垂直尾翼に書かれていたマークはレオナルド・ダ・ビンチが書いたヘリコプターの絵でした。紺色とブルーの垂直尾翼に白いANAの文字が書かれた今のマークに変わったのは1982年のことです。まさに国際線に路線を拡大しようとしていたころで、そのころから会社は一気に大きくなり、独り勝ちだったJALを追い越したのです。
 アサヒビールもスーパードライが出た時にロゴマークが変わりました。キリンにどうしても勝てない業界2位のアサヒでしたが、トップに躍り出ました。スーパードライというヒット商品の力も大きかったですが、ロゴマークが変わり、イメージが一新されたことも影響したと思います。

――「デザインの力」はいつまでも続くのですか。

篠塚 成功したから終わりではありません。会社のマークを1回作って、それで100年持つかというと、持ちません。時代はどんどん変わっていきます。時代に合わせて、リニューアルする必要があります。多くの場合、5年、10年おきに時代に合わせて、ほんの少しずつデザイナーがリニューアルしています。それは見る人には気づかれない程度の変更です。何百年も続いているブランドは、みんなそういう風にリニューアルしているものです。
 例えばシェル石油のマークは、赤と黄色のシンプルな貝のマークです。見慣れたマークですが、10年、20年ごとに微妙に変わっています。クレジットカードのVISAの字体やグリコのマーク、スターバックスコーヒーのマークなども時代と共に変化しています。事業は常に改善して時代に合わせていきます。デザインもそれと同じ感覚なのです。時代が変わっていくのですからリニューアルは当然です。

――そうすると事業承継の時というのは会社が劇的に変わる時ですから、CI、ブランディングを見直す時ですか。

篠塚 その通りだと思います。会社を引き継いだ人は、今まで通りじゃいけないと思い、新しいことをやろうと考えるものです。それを広く早く全社員に伝える手段としては、CI、ブランディングを新しくすることは効果的です。
 大きな 変化がCI、ブランディングを変えることによって起こります。老舗企業のように個人の会社ではないかと思われている会社でCIをやれば、より開かれた社会的な存在になっていきます。そうすると今まではいろいろなしがらみがあって新規事業に踏み出せなかった会社が生まれ変わるチャンスが生まれます。多様性やグルーバル化にも対応できるようになり、新規事業にも挑戦しやすくなります。

事業承継する中小企業こそCIを

――事業承継という課題を抱えている会社は中小企業が多いのですが、CI、ブランディングは有効ですか。

篠塚 中小企業こそやった方がいいと思います。今、大企業といわれる会社も昔はみんな中小企業です。何らかのチャンスをきっかけに大企業、一流企業へとステップアップしてきたのです。そのきっかけを起こす時にデザインが果たす役割は大きいと思います。
 私は中小、ベンチャーから大企業までいろんな会社のCIに関わってきました。今ではベンチャー企業はまずブランディングデザインから入る会社も多くなっています。

――スムーズな事業承継を「デザインの力」でサポートできますか。

篠塚 デザイナーはデザインを通して、たくさんサポートできると思います。事業を見直すきっかけにもなりますし、すでにお話しましたが、「デザインの力」でポジティブなイメージを社内外に与えられます。
 トップが変わることは会社が大きく変わることです。その変化を広くみんなに知ってもらうことが大切です。新しいトップとして変化への覚悟も見せなくてはいけません。
 ビジュアルを変えて、会社の内外にも発信するべきです。事業承継の機会をとらえて、CI、ブランディングは是非やったほうがいいと思います。「デザインの力」は事業承継をビジュアル面で強力にサポートできると信じています。

(文・構成/安井孝之)

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株式会社イデアクレント 代表取締役/クリエイティヴディレクター 篠塚 正典

東京生まれ。 多摩美術大学グラフィックデザイン科を卒業後、アメリカへ留学。 カリフォルニアの美術大学Art Center College of Designにてグラフィック/パッケージデザイン科を 主席で卒業。 Art Center College of Design卒業後、サンフランシスコに本社を持つ世界最大のブランディング デザインコンサルタント会社 Landor Associates (ランドーアソシエイツ)にてブランド/ パッケージデザイナーとして活躍。コカコーラ、デルモンテ、トロピカーナ、マクドナルドなどの ブランドデザインプロジェクトに参画。米国カリフォルニア在住歴7年。1992年 Landor Associates 東京支社転勤のため帰国。 東京支社ではパッケージデザインチームにて明治、日本コカコーラ、ネスレなどのパッケージを デザインする。 1993年には、1998年長野オリンピックのエンブレムをデザイン。 ※世界中からデザイナー100人以上、1000点余のデザインのコンペに勝ち抜いてエンブレムとして選ばれる。その後、競技ピクトグラム・装飾グラフィックをデザインし、公式デザインマニュアルもデザイン監修。 その後独立。 1995年:ブランディングとパッケージデザインを専門とするデザイン会社「IDEA CRENT INC」を設立。 三井化学株式会社、ジャスダック証券取引所、東芝ダイナブックをはじめとする数々のブランドをデザイン。ブランディングデザインを専門とするグラフィックデザイナー。 デザイン教育をライフタイムワークとしていて現在は東京コミュニケーションアート専門学校、 大阪デザイン&テクノロジー専門学校の学校長も務める 著書は「こんなにおもしろいグラフィックデザイナーの仕事」中央経済社。

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