COLUMNコラム
事業承継をピンチからチャンスに。企業型DCを導入することで社内に「自立」した人材が育ち、強い組織に変わる/奥野一成インタビュー
「売らなくていい会社の株しか買わない」――独自の投資哲学に基づく運用で知られる投資家、奥野一成氏は、日本における「長期厳選投資」のパイオニアである。その奥野氏が近年、力を注いでいるのが企業型確定拠出年金(企業型DC)だ。企業型DCは中小企業の事業承継を成功に導く処方箋になるという奥野氏に、なぜ私的な年金資産の運用制度が事業承継に役立つのか、企業型DCの知られざる効果と可能性について聞いた。
目次
事業承継はChance to Changeと捉える
――世界の名だたる企業をつぶさに見てこられた投資家として、企業における事業承継をどのようにお考えですか。
奥野 一般的にサクセッション(事業承継)というと企業にとってピンチと捉える傾向がありますが、僕はChance to Change、つまり変わるための絶好の機会だと思っています。このタイミングで自社の強みは何か、今一度掘り下げることは非常に重要なことです。そして強みを見出したならしっかりと残す、一方で悪いものがあれば切る。したかったけれどできていないことがあればチャレンジする、といったように事業承継はこれまでのやり方や制度を全体的に見渡し、次の時代を勝ち抜く強い組織に変えるチャンスだと僕は思います。
――強い組織に変えるために必要なことは何でしょうか。
奥野 まず考えなければならないのは時代背景です。先代から受け継ぐ事業はおおむね、日本がまだ発展途上国だった頃に創業された事業でしょう。その頃は企業が何を作ればいいか、「答え」があった時代です。アメリカやヨーロッパの先進国が作っているものと同じものを、安く大量に作ればよかったし、従業員は社長や上司のいうことを聞いておけばよかった。だから働く人が、言葉は悪いのですが、いわゆる「依存的な生き方」をしていました。
ところが今や日本は先進国です。どこを見ても「答え」はありません。答えがない世界では他人に依存ができません。自分の頭で考え、行動して答えを導き出していかなければならない。つまり会社を変えるキーワードは「依存から自立」なのです。「この会社には何が必要なのか」と主体的に考えて動く自立した社員が集まることで、組織は強くなります。ということは組織の枠組みそのものを見直す必要があります。それが時代の変化に対応することであり、いち早く変えた者が勝つのです。
売らなくていい会社を買うのが投資
――奥野さんは長期投資しかしない、という独自の投資哲学で知られていますが、人や組織のあり方も投資に際して重視されてきたのですか。
奥野 企業を動かすのは人、そして組織ですから、当然重視しています。投資家というと、株券を売ったり、買ったりして簡単に儲けているような、実業とは別世界の人間だと思われる方も多いかもしれませんが、本来の投資とはそういうものではありません。私は2007年からこの16年間株式投資をしていますが、売らなくていい会社の株しか買っていません。
というと不思議に思われるかもしれませんが、本当にいい会社というのは、持続的に営業利益が増大していくので、その株価も短期的な浮き沈みはあっても、長期でみれば趨勢的に上がり続けます。したがって株を売らなくても儲け続けることができるのです。私はそういう会社のことを「構造的に強靭な企業」と呼んでいて、そこにしか投資はしません。
――まさにウォーレン・バフェット流の投資スタイルですね。その「構造的に強靭な企業」とは、どのような企業なのでしょうか?
奥野 3つの要素があります。1つは、「付加価値」です。利益とは付加価値が生むものですから、これは重要な概念です。そして付加価値とは、人々の課題を解決する事業であるということ。安く大量に作ればいい時代は終わりました。
2つ目は、「圧倒的な優位性」です。先ほどお話に出たバフェットは、90年代に買ったコカ・コーラの株を1株たりとも売っていません。なぜかと言えば、ずっと利益を出し続けているから。なぜ利益が出続けるのかというと、今さらコカ・コーラに対抗して炭酸飲料を作る人などいないからです。これを「参入障壁」とも言いますが、他社が参入するのを思いとどまるほどの強さを持っているか、持とうとしているかを私は見ます。
3つ目は、「長期的な潮流」です。というとEVだとか自動運転、生成AIなどを語りたがる人が多いのですが、こうした先端技術などをテーマにして成功した長期投資家は見かけません。長期潮流とはたとえば人口動態です。世界の人口は現在、約80億人ですが、必ず90億人になります。そこまで人口が増えた時、選べる炭酸飲料がコカ・コーラかペプシだけであれば、今後も儲かり続けるのは誰の目にも明らかです。潮流とはこうした不可逆的な構造変化のことです。
投資とはこの3要素を見極めること。これらを見極めるにはデータだけでは不十分なので、現地に足を運び、そこで働く人や組織、経営者と会って判断しています。つまりやっていることは、企業経営者が、自らの事業をより強く、より大きくするために行う事業投資(設備投資、人的投資、企業買収等)と同じなのです。
事業承継と企業型DCの意外な関係
――「構造的に強靭な企業」を世界から探し出し、自らが運営するファンドで投資をしてきた奥野さんが、今、企業型確定拠出年金(企業型DC)を手がけています。しかもそれが事業承継にも役立つと発言されていますが、企業型DCと事業承継はどのような関係なのでしょうか。
奥野 実は「会社に依存する従業員」を作ってしまう原因の一つが「退職金」なんです。これがあるから40代も半ばを過ぎた社員の中に、嫌々働くような人が出てくるわけです。やる気はないけれど、今を適当にやり過ごして定年を待つ発想ですね。実際のところ従業員の本音は「20年後じゃなくて、今全額受け取る権利がある」です。その思いに近い感覚で利用できるのが企業型DCなのです。これは退職金ではなく年金です。
簡単に説明すると、給料のうちの一部(最大月/5万5000円まで)を積み立てながら、そのお金を自分で運用し、60歳以降に年金として受け取れるという制度です。月々の金額も運用先も自分で選べる仕組みになっていて、しかも拠出した金額分は所得控除となるという税制メリットもあります。
こうして退職金とは別に老後資金を自らが作れるということ、実際に投資をすることで自立した意識や考え方が育まれることが期待できますが、ただもう一つ重要な要素があるのです。それが金融教育です。企業型DCを運営している業者は、加入している従業員に対して「継続教育」という名の金融に関する教育をすることも努力義務として課しています。これが企業型DCの重要ポイントです。
――加入者は継続的に投資の勉強ができるのですね。
奥野 その通りです。教えてもらいながら、投資ができるのです。これまで日本人には金融や投資の教育を受ける機会がありませんでした。投資に無縁のまま大学を卒業すると、いきなりワーカー(労働者)の世界に押し出されてしまいます。ですから2000兆円の個人金融資産を持つ先進国になった今も、1000兆円が貯金や預金などの、一銭も生まないものに預けられており、投資スタイルは発展途上国のまま。ワーカーとして資本主義に参加するやり方しか教わっていないからです。しかしこれはとてももったいない話です。何がもったいないかといえば、それだけのお金がまったく社会の役に立っていないからです。
貯金のうちのほんの一部でもいいから、たとえばナイキやエルメス、ディズニーといった本当に素晴らしい会社に投資をするべきだと私は思います。利益が期待できるのはもちろんですが、それが結果的に社会を良くすることに繋がるからです。利益を上げる企業は、必ず顧客の課題を解決しています。そういう会社に投資すれば、その企業はより多くの人に幸せを提供してくれます。つまりあなたは利益を得ると同時に、社会貢献ができるのです。これこそが「資本主義の原理」なのですが、この辺りのことは拙著『ビジネスエリートになるための 投資家の思考法』(ダイヤモンド社)に詳しく書いていますので、よろしければご一読ください。
企業型DCに加入すればそのようなことも否応なく学ぶことになります。そしてこの金融教育がお金の面でも、キャリアの面でも、自立した従業員を育てるうえで、間違いなく貢献します。経営者である皆さんの周りに本当に自立したビジネスパーソンが支えてくれる姿を想像してください。そういう仲間が何人いるかが皆さんの会社の将来を決めるのです。
従業員へのメッセージとしての企業型DC
――企業型DCの導入が従業員の働く意識にも影響を及ぼし、事業承継を強い組織にする上で役立つものだとは思いもよりませんでした。
奥野 単に年金制度だと思えば、誰しも税制メリットだけに目が向きますが、企業型DCの導入の本質は、これからの時代を勝つための強い組織作りになると私は考えています。だからこそ私は「OWNERS CLASS(オーナーズクラス)」という企業型DCプランを、岡三証券と組ませてもらい開発しました。
ところが中小企業の大半の経営者が企業型DCのことを知りません。企業が必ず新たにお金を拠出しなければいけないと思い込んでいたり、大企業のみの制度だと勘違いしている経営者が多いのです。企業型DCを導入するにあたっては、企業の負担がほとんどない手法もあり、その経済的なメリットは若干のランニングコストを上回ります。また「オーナーズクラス」なら一人からでも加入できます。経営者が知らないというだけで、従業員が税制メリットを受けられないばかりか、依存型の人材や組織を温存させている状況になってしまうのです。
――企業型DC導入を生かした、新しい事業承継のスタイルがあれば教えてください。
奥野 私が提案したいのは、承継を受けた新しいリーダーから、企業型DCの導入に際して、従業員に「一緒に戦おうぜ!」というメッセージを伝えることです。福利厚生として導入するだけでも、従業員には「社長は従業員の将来を考えてくれている」との思いも伝わると思いますが、そこにメッセージを乗せることで、社長と従業員がともに肩を組んで戦っていこうという意思表示ができます。事業承継を機に組織に結束を生むきっかけになるはずです。
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