COLUMNコラム

TOP 経営戦略 「第2創業」生み出す事業承継が日本の企業社会を進化させる/入山章栄ロングインタビュー #1
S経営戦略

「第2創業」生み出す事業承継が日本の企業社会を進化させる/入山章栄ロングインタビュー #1

後継者難で廃業していく中小企業が多く、事業承継問題は今の日本の社会問題でもある。「事業承継は『第2創業』」と評価する経営学者の入山章栄・早稲田大学大学院教授に、よりよい事業承継を実現するには何が必要かを4回シリーズで聞いた。

――後継者難で毎年、数万社が廃業するといった問題が起こっています。入山先生は日本の事業承継問題をどのように受け止めていますか?

入山 ものすごい社会問題だと思っています。何より創業者の皆さんには一生懸命の思いがあって、その思いから作られた会社がなくなるのは、すごく悲しいことだと思います。しかも黒字経営なのに承継者が見つからなくて廃業するというのはとても残念なことです。事業承継問題は課題が多い社会問題だとみています。

 一方で、社会の新陳代謝を考えると、いい面もあります。そこで働いていた従業員や会社が持っていた技術が、他の会社にうまく活用されれば、日本経済全体としては新陳代謝が生まれます。その点では必ずしも悪いことではないのですが、従業員が他の会社に移って従来通りに働くというのは難しいのも事実です。承継者が現れ、会社を引き継ぐのが望ましいことでしょう。

M&A、ベンチャー企業育成だけでなく事業承継で「第2創業」を目指せ

――事業承継を考えるときに承継者がいないなら、会社ごとM&Aをしてもらい事業を継続するという考え方があり、最近はM&Aに注目が集まっていますが、どうご覧になっていますか。

入山 それはそれで良いことだとは思います。日本M&Aセンターなどが頑張られて、M&Aが成約していますが、それでも1年間で数百件です。1000件もいっていません。M&Aはもちろん価値はあるのですが、毎年数万件という廃業問題の解決策としてはほんの一部の解決策でしかないのが実情です。

 僕はM&A以外の手段として、会社の経営者が入れ替わって、承継者が若い視点、新しい視点で会社に新しい価値を吹き込んで「第2創業」を実現することが大切ではないかと考えています。その方が雇用の維持ができるでしょう。また多くの中小企業の事業はまさに「ご家業」なので、会社の看板がなくなるのは寂しいことです。事業承継の方がみんなハッピーになれるはずです。そういう点も含めて考えると、僕は新しい経営者がうまく事業を承継し、新しいイノベーティブな体質に会社を変えられるかが、日本の企業社会の課題解決の「本丸」だと思っています。

――日本ではベンチャー企業が育たないという課題もありますが、事業承継問題の方が「本丸」ですか?

入山 ベンチャーももちろん重要です。しかし日本の企業は99・7%が中小企業です。そのうちのほとんどがファミリービジネス、同族企業なのです。その企業群で第2創業的なイノベーションが起きれば、日本の経済や社会に革新が起きるはずです。

 渋谷などでスタートアップして頑張っている人たちも素晴らしく、ベンチャー企業も重要なのですが、それとは全く違う意味で、中小企業でイノベーションが起きる方が絶対的な価値、インパクトがあると思います。

事業承継で足りないのは「知識」と「情報」/必要な事業承継版「NewsPicks」

――なるほど。そうすると望ましい事業承継を増やさなければいけませんが、そのために今、足りないものは何でしょうか?

入山 一番足りないものは「知識」と「情報」です。それはなぜかと言うと、事業承継のほとんどはご家業の事業承継です。一つ一つが千差万別で「教科書」がないのです。

 企業ファイナンス理論や投資理論、財務諸表の見方などなら非常に分かりやすい教科書があります。しかし事業承継はいろいろな要素があり、かつまた親と子供、つまり事業を手渡す先代と受け継ぐ2代目、3代目との人間ドラマがあり、予期せぬことがたくさん起きます。従って事業承継には分かりやすい教科書はありません。いろいろな情報の中で承継者が自分にあったものを自分の力で考え抜いて選択する必要があるのですが、それがとても難しい。

――教科書はなかなか書けませんか?

入山 中小企業の事業はご家業ですから、これまで苦労なさったことをあまり世間に向かって話されてはいないし、話を聞いてくれるメディアもありませんでした。教科書を書くのもなかなか難しいですね。

――ではどうすればいいでしょうか。

入山 実は僕は「一般社団法人ベンチャー型事業承継」という組織の顧問を引き受けています。そこでは事業承継者を集めて、成功者と悩んでいる人たちとが情報共有するとともに、僕たちがメンターとなって指導しています。しかしまだインナーサークルの情報交換にとどまっています。

 もっとオープンに事業承継の事例、課題、解決法、承継者の悩みなどを紹介するメディアがあればいいと思っています。くどいようですが、事業承継で成功するための教科書はないので、いろんな事例から学ぶことしかできません。メディアがいろんな情報を提供し、そのメディアにアクセスして、多くの方が学ぶ必要があります。どうすればいいかと困っている若い承継者の方々や、継がせたいけれども決断できず悩んでいるお父さんやお母さん、その周りにいる番頭さん、社員さん、場合によっては銀行の関係者、そういった事業承継に関わっているたくさんの方がメディアから学び、「こういうやり方もあるのか!」「うじうじ悩んでいるのは自分だけじゃないんだ」「こうすればうまくいく可能性があるんだな」と知ってほしいと思います。そういうメディアが必要なのです。

――そんなメディアを「賢者の選択サクセッション」は目指しています。

入山 僕が「賢者の選択サクセッション」の企画案を見たとき、いろんな事例を知ってもらうことはとても重要だと思い、シンプルに日本にすごい価値を与えるメディアになると感じました。ベンチャー経営者ならば東京では渋谷や六本木、五反田などいろんな場所で集まり、情報交換する機会がありますが、事業の承継者はベンチャー経営者のようなインナーサークルもほとんどありません。なぜかというと、彼らは日本中に散らばっていて、地域のスナックで飲んだり、青年会議所の集まりで悩んだりしているだけなのです。最近ようやくすでにお話ししたベンチャー型事業承継という組織ができた段階です。

 ベンチャーにフォーカスしたメディアもたくさんあります。その代表例は「NewsPicks」だと思います。NewsPicksなどのメディアで自分や会社が取り上げられると、経営者本人もやる気が出る。人間に本来ある承認欲求も満たされ、自己肯定感につながって、さらに挑戦しようとするのです。ぜひ「賢者の選択サクセッション」が事業承継版のNewsPicksになってほしい。これまで日本には事業承継というものの認知や啓蒙を働きかけ、情報を提供する試みは極めて少なかったのです。だからこそ今回の試みには価値があります。

イノベーションを生み出す長期志向の同族企業

――ただファミリービジネス、同族企業の承継者というとややネガティブな受け止めが社会にはありませんか。

入山 それはまさにメディアの問題ではないでしょうか。同族企業の骨肉の争いや御曹司の不祥事を面白おかしく取り上げることが多いですからね。しかし同族企業の現状はメディアが振りまくイメージとは少し異なります。

 京都産業大学の沈政郁(シム・ジョンウッ)教授らが日本の同族企業について2013年に「ジャーナル・オブ・フィナンシャル・エコノミクス」に発表した論文をみると、上場企業に限りますが、過去40年で同族企業の方が利益率も成長率もそうでない企業よりも高いことがわかります。

 それはなぜかというと、同族企業の方が経営に長期志向があるからです。同族企業でなければ社長は4年、6年で交代します。そうするとぜいぜい6年先のことしか考えません。企業の変革は10年、場合によっては20年かかることもあります。社長の任期が4年、6年の人は10年先の未来に責任を持つとは思えません。それに比べて同族企業は社長の任期が長く、「うちの事業は10年後、20年後はしんどいよね。難しいかもしれないけど、こういう新しい分野に投資しよう」ということになります。つまりイノベーションに必要な「知の探索」をしようとするわけです。「知の探索」はすぐには成果が見えないことが多く、長期志向が必要です。長期志向がある同族企業の方が、実はイノベーションを生み出す可能性が高く、長期的に利益率も成長率も高いということが言えます。

――同族企業に問題はないですか。

入山 事業承継のガバナンス問題があります。事業承継で問題になるのは、人間ドラマです。「あいつはムカつく」「あいつは馬鹿だ」「やっぱり俺がやった方が良い」といった人間ドラマが起きてしまいます。そんなときに「子供に継がせると一旦言ったら、口出ししちゃだめですよ」と影響力のあるOBや社外の信頼できる人が発言して、一定の規律を効かせる仕組みを作っておくことが大事です。そういう仕組みづくりを銀行や「賢者の選択サクセッション」をつくった矢動丸さんのような存在がメディアで情報を提供しながら、ガバナンスの仕組みづくりを考えることも重要だと思います。

(文・構成/安井孝之)
#2|「承継者が生み出す「第2創業」」はこちら
#3|「人間と人間とがぶつかる事業承継」はこちら
#4|「継ぐ気のなかった子供が起こすイノベーション」はこちら

FacebookTwitterLine

早稲田大学ビジネススクール 教授  入山 章栄

早稲田大学大学院経営管理研究科 早稲田大学ビジネススクール 教授  慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で、主に 自動車メーカー・国内外政府機関 への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008 年 に米ピッツバーグ大学経営大学院より Ph.D.(博士号)を取得。 同年より米ニューヨーク 州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。 2013 年より早稲田大学大学院 早稲田 大学ビジネススクール准教授。 2019 年より教授。専門は経営学。 「Strategic Management Journal」など国際的な主要経営学術誌に論文を多数発表。著書は 「世界標準の経営理論」(ダイヤモンド社)、「世界の経営学者はいま何を考えているのか」 (英治出版)「ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学」(日経BP社)他。 メ ディアでも活発な情報発信を行っている。

記事一覧ページへ戻る