高級スーツを作るなら、職人も「高給」にしないと 精巧な技術を持った会社を、未来につなぐために
高級オーダースーツを販売する「株式会社銀座テーラーグループ」の4代目、小倉祥子代表取締役(46)は、2019年に母である先代から事業を承継した直後、コロナ禍に見舞われ、会社は危機的な状況に陥った。そこから脱却するため、ホームページ刷新やブランド統合、レディースオーダースーツなど多彩な手を繰り出し、売り上げを回復させた。成功を下支えしたのは、若い職人をしっかり育てるための戦略だった。
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コロナ禍でも店を動かし続けた
――コロナ禍直前に代表を引き継いだのは、非常に大変だったのでは?
フルオーダーで紳士服を作る銀座テーラーは対面営業がメインなので、コロナの打撃は大きいものでした。ただ、他の大手紳士服メーカーと比較したとき、弊社の強みは、やはり技術と品質。そこは譲らないほうが良いと考えました。
だから、店舗に来られない地方の顧客に対し、出張オーダーサービスをスタートさせたり、地方の百貨店への出店を始めたりしました。
――コロナショックという危機的状況にあっても、職人の技術と対面営業という強みを変えなかったのですね。
はい。今でもネット販売はメインではありませんが、過去に注文履歴がある遠方の方が同サイズのスーツを希望すれば、ネットで決済できるようにしました。特に海外から、このサービスはとても喜ばれています。
たしかにコロナショックは大変でしたが、どうにか店を動かすことを考えた結果、弊社のテーラーリングの技術を活かした高級スーツに合うマスク「ビスポークマスク」の販売やネット注文の開始など、新しい事業に取り組めた。その意味は大きいと思います。
――コロナ禍が明けて、売上はどのように変化しましたか?
2022年ごろから売上が回復し、現在はコロナ前より良い状態です。21年まではコロナ前の半分くらいの売上でしたが、24年は以前よりも大きな売上が見込め、着実に上ってきているという手応えを感じています。
ニーズに確実に応えられるようにホームページでブランディングを刷新
――着実に上がってきたのは、動き続けてきたからこそなのでしょうか?
ひとつは2023年秋にホームページを刷新したことが大きいと思います。
弊社は、職人が一点ずつ手縫いで仕上げるフルオーダーの注文のほか、外部の提携工場が制作するイージーオーダーも受けていますが、かつては完全にブランディングを分けていて、ホームページもそれぞれに存在していました。だから、連動性がなく、外からは別のブランドのように見えていました。
コロナをきっかけにイージーオーダーが取りづらくなりました。銀座テーラーのフルオーダーは38万円~と高額なので、幅広い顧客は得られない。でも、弊社としては生産性の高いイージーオーダーの注文を増やしたかったので、ブランドを統合し、銀座テーラーのブランドで仕立て方が二通りあるという形に変えました。
――銀座テーラーのイージーオーダーだと分かりやすくしたのですね。
銀座テーラーのスーツが着たい、ただフルオーダーだとちょっと手が届かない、という層に、11万円~のイージーオーダーという選択肢を分かりやすく提示しました。
販売しているものはホームページ刷新前と変わらないのですが、誤解なく銀座テーラーのイージーオーダーにたどり着けるようにしたことで、イージーオーダーの売上は過去最高となりました。
女性の社会進出に対応し、レディースの販売を開始
――ほかにも新たに始めたことはありますか?
ホームページ刷新と同時に、レディースのオーダースーツの販売を開始しました。以前も女性用はありましたが、メンズ仕立てに近いイメージでした。
だから、レディースの新しいパターンを作成し、きちんとこだわったシルエットで、女性のオーダーを受けられるようにしました。サイズ違いのサンプルをすべて用意し、フルオーダーもイージーオーダーも受けられる仕組みをつくったのです。
女性がどんどん社会進出する時代です。スーツを着たいけれど既製服が合わない、なかなか良いものが売っていないという声は、私の周囲からも聞こえてきていました。ニーズがあるのは分かっていたので、ぜひやってみたいと思ったのです。
――若い働き手が増え、女性の社会での活躍が推進されている。社会の変容に伴うニーズの変化にきちんと応えたというわけですね。それらは小倉代表の発案でしょうか?
私が代表に就任後は、基本的にすべての方針は私が決定しています。母には、自分が考えていることを伝えはしますが、反対はされません。そこはありがたく思っています。
レディーススーツも、母からは「レディースは難しいわよ」と言われたくらい。それでも、レディースは弊社のパターンが思った以上に良かったので、大きなクレームもなく、挑戦してよかったと思っています。
職人の技術の承継と若手の育成が課題
――コロナ禍ではマスクを作ることで職人を動かし続けていたということですが、職人の高い技術を身につけるには、どれくらいのキャリアが必要なのでしょうか。
現在、職人は10名ですが、いわゆる縫製師のベテランはほぼリタイアしていて、現在は20代から40代が中心です。
こうした世代構成になる以前は、若い世代への代替わりが一番大きな課題でした。私が入社した当時の職人は60代後半が多かったのですが、彼らがずっと仕事をし続けられるわけではないので、若手をどんどん増やしていく方針にしました。
ただ、技術の習得に時間がかかります。技術を教えた後に辞めてしまう人もいる。これはどの業界にも言えることだと思いますが、せっかく技術を覚えても離職されてしまうとどうしようもない。まずは離職をいかに防ぐかという対策を始めました。
それには何よりもまず、給与が重要です。職人の給料は安かったのがそれまでの業界の常でした。
しかし、技術を覚えてある程度のレベルにまで到達するには時間がかかります。薄給の期間が長いと、将来への不安が出てしまうので、見通しを立てられるようにポイント制を導入しました。
ある一定の期間で規定以上の仕事をクリアするとポイントが付与され、インセンティブがつく、というような感じですね。
また、代表に就任する前の専務取締役時代から人事を任されていたので、半年に一度、全社員と面談をして、各自に振り返りや目標を聞く機会を設けています。既に10年ほど続いていますが、きめ細かなキャリアアップシステムの仕組みをつくり、職人の離職を防ぐように努力しています。
――社内の環境や雰囲気はとても良いのでは?
社員が実際にどう思っているのかはわかりませんが、「何も言えない」という関係性は良くないので、できるだけ話を聞くようにしています。職人も、面談という機会がある方が、身近な上司には話せないことを話してくれたりします。
職人の離職は、テーラー業界全体の課題です。経済的な事情でテーラーになることを諦め、安定を理由に大手の修理店に行ってしまう人もいる。でも、銀座テーラーならば、いい仕事をすればきちんと稼げる、夢のある仕事だと思ってもらえるようにしたい。
職人がいるからこそ成り立つビスポークの世界なので、職人が次世代にも続いていくような仕組みづくりを目指しています。弊社での取り組みが業界全体の底上げにつながっていくことを期待しています。
株式会社銀座テーラーグループ 代表取締役社長 小倉 祥子氏
1978年、東京都生まれ。青山学院女子短期大学家政学科を卒業。幼い頃から音楽に親しみ、1999年英国王立音楽大学にピアノ留学。一度帰国したのち、マーケティングを学ぶためにアメリカの大学に2年半留学、2007年に帰国。2008年、家業である銀座テーラーに入社。社長室室長、専務取締役などを経て、2019年に代表取締役に就任。
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