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障がいを持つ娘のため、3年間は主夫だったCCCの新社長 カリスマ創業者から後継指名され、「無報酬」を求めた覚悟

レンタル事業や書籍販売の「TSUTAYA」などを展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(CCC)=東京都渋谷区=は2023年、24年ぶりに社長を交代した。後継者に抜擢されたのは、新卒で同社に入社した髙橋誉則氏(51)。ここ数年、家庭重視の生活を送っていた髙橋新社長だが、突然の後継者指名を受け、その場で応じた。髙橋新社長に後継者を引き受けたときの経緯と覚悟について話を聞いた。

娘のため、3年間は完全に会社から離れた

――創業者の増田宗昭会長から経営のバトンを渡された経緯を教えてください。

髙橋 2年ほど前、増田から「会社をおまえに任せたい」と打診されたことです。その場で引き受け、2022年4月に代表取締役副社長兼COOに就任しました。翌年、代表取締役社長となり、2024年にCEOに就任しました。

ただ、この話には前段があります。実は私、役員だった2018年から3年間、会社を離れて“主夫”をしていました。当時3歳だった娘はダウン症で知的障害や発達障害があり、私が家庭に入って子育てをしていたのです。

――その間、会社からは完全に離れていたのですか?

髙橋 はい。まったく出社することなく、連絡をとることもありませんでした。それから3年、子どもが小学校に入学し、子育ても少し落ち着いたので、挨拶と近況の報告のために会社を訪れました。

そのとき、代表の増田にも会い、挨拶しました。「昼間は暇になりましたから、トイレ掃除でもなんでもやりますよ」と冗談交じりに言ったところ、「ひとつ任せたい仕事がある」と言われました。データを活用し、企業のマーケティング活動を活性化するという事業でした。

ただ、家族の夕食は自分が作りたいという理由で、夕方6時には帰宅する約束で引き受け、会社に復帰しました。

その事業を進めていると、増田からCCCの経営課題に関するレポートを求められるなど、何かと仕事を頼まれるようになりました。あまりに忙しくなったため、ある日「出版事業に専念させてほしい」と頼んだところ、突然「CCCの経営を任せたい」という話を切り出されました。

「打診され、その場で引き受けた」

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――後継者の打診を受けたときの心境は?

髙橋 正直に言うと、面倒なことになったなと思いました。会社の内外を問わず、CCCといえば増田であり、増田がCCCの看板のようなものでした。その創業者の後を引き受けるのは大変なことです。

私は、増田のそばで働いていたこともありますから、その常人離れした仕事ぶりも知っています。だから、この人と一緒に会社の経営をしていくというのは、並大抵のことではないだろうと思っていました。

ただ、私は頼まれた仕事は断らない主義でやってきたものですから、重い決断ではありましたが、「わかりました」とその場でお返事しました。そもそも、創業者が誰かに経営を任せるというのは、よほど考えた末の結論に違いありません。その思いを受け止めた上での決断でした。

――CCCにとって本格的な代表交代は初めてのことでした。経営を引き受けるに当たってどんなことを重視しましたか?

髙橋 増田から言われたのは、「人を育ててほしい」ということです。「自分は事業を作って育てることはできたが、人を育てられなかった」と。「だから、人を育てるのはおまえに任せる」と言われました。

私はCCCで人事部門を軸にキャリアを積んできました。人が最大限、能力を発揮できる環境づくりや教育に取り組んできました。そのことも増田はよく知っていますから、その願いを託されて「なるほど」と思いました。

そこで私は、増田にいくつかのお願いをしました。ひとつは「代表取締役」の肩書です。肩書がなければ、私の意思決定など何の力も持ちません。結局は増田の言いなりに動くだけになります。それなら後継者を立てる必要はないわけです。社員もステークホルダーの方々も、増田の顔色をうかがいながら仕事をするでしょう。

そんな状態では、経営改革などできるわけがありません。私は社員や加盟店など、ステークホルダーから一定の支持を受けるためにも、肩書にはこだわりました。

もうひとつお願いしたのは、これは社員には言っていないことですが、1年間は固定報酬を無報酬とし、利益を生んだらその5%を報酬としてほしいということです。そして増田にも同じ条件を求めました。

覚悟の示し方は「無報酬」

――後継者になるのに無報酬を自ら申し出た上、カリスマ創業者にも同じ事を求めた理由は何でしょうか?

髙橋 会社の業績が厳しいこと、経営の立て直しをするのが自分の役割だと分かっていました。そういう役目を託された人間が固定的に高給を取っている場合ではないというのが、理由のひとつです。

もうひとつ、私なりの「覚悟」の示し方としてお願いしました。経営というのは「やれと言われたからやります」で務まる仕事ではありません。

まして創業者と対峙して仕事をしていくとなれば、相手が驚くほどの覚悟を見せなければならないと思ったのです。つまり、こちらも相応の覚悟で引き受けるのだと、増田に示す必要がありました。

増田は、その申し出をしっかり守ってくれました。そのことを公にしなかったのは、社長が給料ももらえない会社なのかと、社員や関係者に動揺を与えたくなかったからです。今はもらっていますのでご安心ください(笑)。

――2020年から現在に至るまで、副社長から社長、COOからCEOへと肩書が変わっていますね。それにはどのような理由があるのでしょうか?

髙橋 実際のところ、2022年当時は、CEOまで引き継ぐかどうか決めていませんでした。私自身も増田からCEOのポストを譲り受けるのがいいのかどうか、分からなかったからです。

ただ、その後の私と増田は、経営者と株主という関係性になっていきましたから、経営サイドとして意思決定をするうえで、株主としての増田に相談をする場面も時としてありました。増田も経営に関与することはなく、株主として意見をくれることはありました。

2024年、CEOを譲り受けましたが、これは増田にとっても重いことだったに違いないと思っています。でも、これでひとつの区切りになったと思います。

――後継者になることを公表後、さまざまな評価や噂を耳にされたのでは?

髙橋 創業40周年にしてプロパー社員が会社を引き継ぐのですから、それはもういろいろ言われるだろうとは思っていました。当初は社員も、私と増田のどちらの顔色を伺えばいいか戸惑っていたのではないでしょうか。

しかし、私自身は世間からどのように見られようと、何を言われようとまったく気にしていませんでした。それよりも、事業再生と社を未来につなげる仕事に集中することが先決だと思ってやってきました。

そもそも、私に能力があるから選ばれたわけではなく、私以上に能力のある人はたくさんいます。この大役が巡ってきたのは、巡り合わせというしかありません。ですから評価など気にせず、自分に回ってきた役目を果たすのみ、という心境です。

大切な会社と仲間たちのために

――事業の立て直しを迫られるタイミングでの事業承継は、苦労も多いかと思います。オーナーでない限り、大役のメリットが少ないと思いますが、それでも引き受けたのはなぜでしょうか?

髙橋 まずは、お金のためにこの道を選んだわけではないということです。お金がほしいなら、自分でコンサルティング会社でもやったほうが楽に儲けられます(笑)。なぜ引き受けたのかと問われたら、「使命感」からでしょう。

CCCは好きで入った会社ですし、私が採用に関わった社員がたくさんいます。加盟店や取引先の方々も、仲間同然という関係性でこれまでやってきました。

その会社が今、ビジネスモデルを見直すべき局面に立っている。ポイント事業も競合が次々に現れ、プレゼンスが下がってきている。自分にとって大事な人たちが働く大切な会社が節目を迎えているなかで、私にその役目がまわってきた以上、全力で役に立ちたいという思いだけです。

私も50代になり、残り少ない人生の時間を何に使うかと考えるようになりました。そのような思いの中で選んだのがこの仕事です。悔いの残らないよう、全力でやり遂げたいと思っています。

髙橋誉則氏プロフィール

カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社 代表取締役社長兼CEO 髙橋誉則氏

1973年6月25日、東京都生まれ。1997年大東文化大学卒業後、CCC入社。2005年、FC人事グループリーダーとなり、翌年CCCキャスティング大業取締役社長に就任。CCC執行役員、TSUTAYA常務取締役、同社顧問などを歴任。2018年から3年間、家庭の事情で主夫生活を送る。2021年、オープンデータで社会の活性化を目指す株式会社Catalyst・Data・Partnersの代表取締役に就任。2022年CCC代表取締役副社長 兼 COO、2023年CCC代表取締役社長 兼 COOを経て、2024年CCC代表取締役社長 兼 CEOに就任。現在に至る。

取材・文/大島七々三

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賢者の選択 サクセッション編集部

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