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「準社員」を作りたくない、10人全員を正社員登用 南極で活躍した靴下の会社、30代社長は「従業員にも暖かい」

寒冷地やアウトドアで活躍する肌着「もちはだ」を製造・販売する肌着メーカー「ワシオ」(兵庫県加古川市)。冒険家・植村直己氏が南極大陸横断の際に使用した靴下もワシオの製品だったように、「鷲尾式起毛」という特許製法をもち、非常に高い保温性を誇る。ワシオの陣頭指揮を執るのは、2024年1月に30代前半で就任した3代目の鷲尾岳社長だ。大胆な社内改革を次々に推進し、倒産寸前だった会社を再建した。鷲尾社長に、その軌跡を振り返ってもらった。

社長でしかできない課題解決のために社長に就任

−−−−社長就任のタイミングが2024年だった経緯について教えてください。

僕は、2016年に入社し、広報戦略やコストカットを手がけてきました。2020年からのコロナ禍で業績が大きく落ち込んだ頃から、父親から「早く社長になってくれ」と言われ続けるようになりました。でも僕は拒否していたんです。「この状態の会社を継ぎたくない」と。

僕は当時、統括部長という立場だったのですが、やれることをやって会社の状態を良くしてから継ぎたいと考えていました。しかし、2023年の10月ころから状況が変わりました。

2年ぐらい組織改革を続け、従業員にとって働きやすい会社、風通しの良い職場を目指していました。でも、統括部長という立場では、手詰まりになってしまったんです。

もっと改善するには自分が社長になるしかない。責任を持って会社を良くしていくために、社長になった形です。

「会社の価値をもっと社会に届けるため」の改革

−−−−社長就任時に発表された経営方針について教えてください。

従業員たちに「あなたの役割は何だと思っていますか」と質問すると、大体「お客さんに喜んでもらうこと」と返ってきます。

そうした人たちには、「売上を伸ばそう!」と言うより、「もっとお客さんに喜んでもらおう」という方向を示した方が、よっぽどやる気になって仕事に取り組んでもらえるんです。

僕自身もそういう感覚ですし、何よりもうちの社員は、みんな「もちはだ」を本当に愛しているんですよね。

今年2月、「経営方針発表会」を開き、従業員に向けて「僕たちは既にとても素晴らしい。その素晴らしい価値を社会にしっかり届けよう」と伝えました。マインドの部分だけでなく、待遇改善も発表しました。

従来、今までやってない新しいことに取り組んでも、給料も待遇も変わらなかった。「でも頑張りましょう」というやり方が、すごく違和感があったんです。そんなこと言われて誰がやるんだという。だから給与を大幅アップ。全員トータルで30%ぐらい上げました。

並行して、準社員10人全員を正社員に登用しました。僕は「準社員」というポストが嫌だったんです。時給で働いているのに、フルタイム勤務で正社員と同じ振る舞いを求められる。会社の価値を作る人たちなのに、利益が還元されていないのは筋が通らない。

これらは全部、社長という立場でないと、変えられなかった点です。

1億円の売り上げを手放してでも進める「選択と集中」

−−−−そのほかの施策についても教えていただけますか。

人件費が増えた分、選択と集中を決断しました。

まず、2024年4月に楽天市場から撤退しました。楽天市場は、年商の2割相当である1億円を売り上げていたので、大きな決断です。

楽天市場が悪いわけでなくて、楽天市場とは「売れるもの」を並べる場所なんです。他店と競争するとか、検索順位を上げるとか、広告で枠取ってとか、もう何と戦っているのか分からない感じになるんです。ワシオにはマッチしない。

広告費などを含め売り上げの3割近く支払ったり、メンテナンス対応に人員を割いたりして、暖かい肌着が売れる秋冬こそ黒字でしたが、春夏は赤字でした。

そこで思い切って撤退し、組織改革で新設したHP製作・運営課のメンバーの努力によって自社サイトをリニューアルしてリブランディングしました。リピーターが多い「もちはだ」だからできたことです。

−−−−新たな取り組みについて教えてください。

組織改革で新設した企画広報課のメンバーが主体的に発案し、加古川工場(兵庫県加古川市)にある直営店をリニューアルオープンしました。来店客のダイレクトな反応が分かり、みんな張り切っています。

また、「もちはだ」だけでは、どうしても春夏の売上が落ちるので、暑い時季向けの新ブランド「紡衣 -tsumugi-」を伸ばしていきたいと考えています。肌に優しく、通気性が良い肌着で、冷房による冷えから守ってくれます。

「もちはだ」も、春夏の売り上げを確保するため、海外展開を考えています。日本では暑い時季でも、南半球は寒いので需要がある。円安も活かして、進めていこうと思っています。

「経営者は孤独」かもしれないが、価値観の共有は重要

−−−−最後に事業承継に関わる後継者へ一言をお願いします。

事業承継や跡継ぎのコミュニティでお話する機会をいただくとき、いつも話しているのは「足元を見ましょう」ということです。

入社後、「とりあえずお金が回ればいい」という思いでやっていた最初の3年間は、確かに経営状態は良くなりましたが、精神的にはものすごくしんどかったんです。仕事をしていても楽しくないし、みんなを幸せにしている実感もない。ただ、「もちはだ」という製品は良いものなので、お客さんに届けること自体に罪悪感はない、という程度の気持ちでやっていました。

しかし、今は会社全体で「うちの製品良いよね」という価値を共有しながら仕事ができていいます。「経営者は孤独」みたいな見方もありますが、やはり人間なので、孤独なだけでは辛い。

だから「足元を見る」、つまり従業員の話をちゃんと聞いて、その人たちが仕事の中で大事にしているものを自分も大事にしていくと、本当に会社は良くなっていくんだと思っています。

鷲尾 岳氏 プロフィール

株式会社ワシオ 代表取締役社長 鷲尾 岳

1991年、兵庫県加古川市生まれ。2013年京都外語大学で中国語を学んだあと、中国で焼酎の輸入販売の仕事を約2年半手がける。その後、2016年に家業の「ワシオ株式会社」に入社。入社後は統括部長としてさまざまな社内改革に取り組み、業績改善を成功させる。2024年1月に代表取締役に就任。老舗肌着メーカーの三代目社長として、人気ブランド「もちはだ」の製品を世に送り出している。

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