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事業譲渡における従業員への影響は? 有給休暇、退職金、雇用関係の扱いを解説

事業承継によって事業譲渡を行う場合、会社全体に影響を及ぼすことになります。例えば、有給休暇や待遇など、従業員に対してどのような影響があるかご存知でしょうか。 この記事では、事業譲渡時の従業員の労務関係に注目し、雇用関係や有給休暇、退職金などの取り扱いについて解説します。

事業譲渡を行った場合、従業員(社員)はどうなる?

事業承継に伴って、一部、または全部の事業を譲渡(事業譲渡)することは一般的な手法です。株式譲渡と異なり、事業譲渡を行っても経営権は譲渡側の経営者に残るため、自らの会社を完全に手放すことなく存続させられるというメリットがあります。

では、事業譲渡を行った場合、従業員にはどのような影響があるのでしょうか。会社や事業自体は存続するのだから引き続き雇用されるのか、あるいは退職となるのか、いずれにせよ待遇はどうなるのか、まずはそうした点について見ていきましょう。

事業譲渡に伴う従業員への影響

事業譲渡による環境の変化は、たとえば株式譲渡による子会社化とは全く異なるものです。譲渡される事業に携わっていた従業員からすれば、新しい会社の環境下で働くことになるため環境への慣れが必要になります。
また、譲渡側企業への愛着やエンゲージメントが高い場合、事業譲渡に伴う譲受企業への転籍に拒否感を抱く恐れは大いにあり得ることでしょう。
事業譲渡に伴う従業員の転籍については、譲渡企業、譲受企業、および従業員という3者間で合意に至る必要があります。いずれかが拒否した場合は従業員の転籍は不可となり、企業にとっては人材の流出、従業員にとっては勤務先の消失と就職活動の必要性が生じる恐れにつながります。
事業譲渡に際しては、当該従業員に少なからぬ負担がかかる恐れがあることを覚えておきましょう。

事業譲渡後の従業員の待遇

事業譲渡後の従業員が取れる選択肢は、大きく3つに分けられます。

1つは、譲受企業に転籍して同事業において就労を継続することです。この場合、従業員は譲渡企業で勤務していた時と同等の条件下で働くことが可能であり、譲受企業は勝手に労働条件を変更することはできません。しかし、従業員の能力や勤務態度によっては労働条件を変更したくなるケースもあるため、「一定期間は譲渡企業の条件下で勤務、期間満了後は労働条件を変更」という方法を取る企業が一般的とされています。

2つ目は、譲渡企業に残って働くという選択肢です。譲渡企業は、事業譲渡を理由として従業員を解雇することはできません。従業員が転籍を拒否すれば、譲渡企業に残ることが可能です。この際、譲受企業は本来譲渡されるはずだった従業員という人的資産を得られなくなるため、譲渡価額の減額交渉が可能となります。

3つ目は、譲渡企業にも譲受企業にも残らない希望退職を行うというパターンです。この場合は、譲渡企業が従業員に「退職金の増額」など、従業員にとって退職が少しでもメリットとなるような条件を付加した状態で退職の意思を引き出し、希望退職者を募ります。
事業譲渡を理由として従業員を解雇することはできませんが、十分な条件を付加した状態で希望退職者を募る場合は、「解雇可否努力義務」に努めたと認められるため、企業側にペナルティが課される恐れはなくなるでしょう。

なお、事業譲渡に際して譲受企業となる会社は、譲渡企業よりも資産や規模が大きく、労働環境も良好な可能性が高い傾向にあります。待遇面でより良い企業に所属したいと考えている従業員にとっては、好機となる可能性が高いことも把握しておくとよいでしょう。

事業譲渡時の従業員対応のポイント

事業譲渡に際しては、仮に譲受企業が譲渡企業よりもあらゆる面で条件が良好だとしても、従業員の心的ストレスは発生して当然と考えておきましょう。「労働環境になじめない」「いずれかの労働条件が悪化している」「譲渡企業で抱いていたキャリアプランの形成が崩れてモチベーションが下がってしまう」など、従業員がストレスを感じる要因、最悪の場合、離職につながる要因は少なくないのです。

こうしたストレスを少しでも減らすために、譲渡企業はできる限りのフォローを行いましょう。「会社都合で事業ごと売り飛ばした」と捉えられては、従業員エンゲージメントの激しい低下は免れません。転籍によって得られるメリットや、事業譲渡の必要性を十分に、かつ適切なタイミングで説明することが何よりも重要です。

また、事業譲渡にかかわらなかった譲渡企業に残る従業員へのフォローも重要となります。事業譲渡に伴う配置転換など、十分な説明がないままに会社内での環境を変えられると不満につながるでしょう。譲渡企業は、転籍する従業員、および企業に残る従業員双方に対して誠実な対応を心がけ、実行することが必要なのです。

そして、譲受企業側も転籍してくる従業員が働きやすいように、環境を整備しておく必要があります。あらかじめ譲渡企業の労働環境などを調査し、転籍してくる従業員がどうすれば自社で快適に勤務できるのか、検討を重ねた上で実環境に反映させましょう。

事業譲渡時の従業員の労務関係(有給休暇、退職金)

続いて、雇用契約、有給休暇、および退職金の3点に焦点を当てて、事業譲渡時の取り扱いについて見ていきましょう。

雇用契約の取り扱い

事業承継に伴う事業譲渡に際して、従業員の雇用契約は数パターン存在します。
1つは「転籍」です。この場合、従業員は譲渡企業を退職し、譲受企業と新たに雇用契約を結びます。一般的に、一定の期間は譲渡企業側の労働条件で就労し、期間満了後は従業員の能力に応じて、譲受企業側が労働条件を変更するケースが多いとされています。

2つ目は「再雇用」です。退職、新規雇用契約という流れ自体は同様ですが、転籍と異なり、再雇用先となる譲受企業は従業員の労働条件を自由に決定できます。

「転籍」と「再雇用」については、譲渡企業と譲受企業、および従業員全ての同意が必要です。

3つ目の選択肢として、「出向」があります。従業員は譲渡企業と雇用契約を結んだままの状態で、譲受企業に出向という形で勤務することになるため、雇用契約は変えないままに譲受企業の社風や労働環境を体験することが可能です。従業員が譲受企業での勤務を気に入れば、スムーズに転籍に進めるというメリットがあります。

有給休暇の取り扱い

従業員が譲受企業と雇用契約を結ぶと、譲渡企業側で付与されていた有給休暇は消失します。しかし、会社都合で事業譲渡を行っておきながら、従業員の権利として付与されていた有給休暇を失うのは大きな不満につながり得ることは十分考えられるでしょう。

そのため、一般的には下記のような対応を取ることが多いとされています。

・譲渡企業での労働契約内容が譲受企業に引き継がれるように事業譲渡契約を結び、有給休暇を譲受企業転籍後も引き継ぐ
・従業員が転籍する前に、未消化の有給休暇を消化させる

転籍する従業員に不満を抱かせないためにも、未消化の有給休暇がある従業員への対応は慎重に行いましょう。

退職金の取り扱い

退職金は有給休暇と異なり、転籍したからといって勤続年数と退職金が完全にリセットされるわけではありません。転籍に際する退職金制度の取り扱いには2種類あり、「譲渡企業がその時点での退職金を精算する」「譲受企業が引き継ぎ、最終的に退職金を支払う」のいずれかとなるのです。

そのため、基本的には従業員にとってデメリットとなることはないのですが、一点注意しておくべきポイントがあります。それは、「勤続年数に応じた所得税控除額の違い」についてです。場合によっては、譲渡企業での勤続年数と譲受企業での勤続年数を合算した勤続年数に応じた控除ではなく、「転籍によって一度勤続年数がリセットされたと認識され、控除額が減少し、支払われる退職金が減ってしまう」恐れがあります。この点については、転籍時において確実に確認しておくようにしましょう。

まとめ

「会社を存続させたい」「培ってきたノウハウを後の世代に残したい」というような理由から、事業承継を検討する場合は多いでしょう。事業承継における主たる手法としては「事業譲渡」があります。
事業譲渡は経営者間でのやり取りとなり、譲渡・譲受に際して売り買いされる従業員の心理的負担が考慮されないことが少なくありません。そのため、事業承継に際しては、それにかかわる従業員という存在の重要性を認識しておくことが不可欠です。
なお、事業譲渡については、下記の記事でも詳細に解説しています。本記事と併せて、ぜひご覧ください。
「事業譲渡のスキームごとの違い、譲渡の仕組みやメリット、税金対策を解説!」

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賢者の選択 サクセッション編集部

賢者の選択サクセッションでは、⽇本経済の課題解決と発展のためには、ベンチャー企業の育成と併せて、これまでの⽇本の成⻑を⽀えてきた成熟企業∕中堅‧中⼩企業における事業承継をフックとした経営資源の再構築が必要であると考えています。 ビジネスを創り継ぐ「事業創継」という新しいコンセプトを提唱し、社会課題である事業承継問題に真摯に向き合うことで、様々な事業承継のケースを発信しています。 絶対解の存在しない事業承継において、受け継いだ経営者が事業を伸ばす きっかけとなる知⾒を集約していきます。

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