COLUMNコラム
資産を次世代へ早く渡して長期運用する――「節税から資産形成へ」という大転換が 子や孫の幸せにつながる /森野俊博ロングインタビュー#3
国は「資産所得倍増プラン」を打ち出し、2024年から新NISAをスタートさせた。これに加えて、「令和5年度税制改正大綱」(2023年度)によって次世代への資産移転を促している。資産を次世代へ早めに移し、2代目、3代目が長期運用するという事業承継の新たなスキームを森野俊博氏に聞いた。
目次
贈与税と相続税の一体化へ
——「令和5年度税制改正大綱」による「贈与税と相続税の一体化」の内容や事業承継とのかかわりについて教えてください。
森野 次の世代に会社の経営権や財産を移すことと、一般の方が贈与や相続で財産を次の世代に渡すことは、本質的には同じことです。ただ、中小企業のオーナー社長は自社株を持っているという違いがあるだけです。自社株の評価額が高い場合、それを次の世代にどのように合理的に渡していくかという問題が事業承継ではクローズアップされますが、一般の方も最終的には相続という形で次の世代に財産を渡します。
よく言われるのが「相続で渡すのがいいのか? それとも先に贈与で渡しておくのがいいのか?」。
相続と贈与では税負担に違いがあるからです。
令和5年度税制改正大綱では、いつ財産を移転しても税額が大きく変わらないようにしようと、相続と贈与の一体課税への見直しがありました。たとえば、生前贈与の相続財産への持ち戻しが3年から7年に延長されました。これによって、過去7年以内に贈与した分が相続財産に加算されるようになるのです。
このため、年間110万円までの贈与の非課税枠が使いづらくなりました。その代わり、「相続時精算課税制度」の利用が進むと予想されます。
これは、簡単に言うと、2500万円までの贈与には税金が掛からないというものです。2500万円を超えて贈与しても、20%の贈与税しか課されません。つまり、国は「とにかく次の世代に財産をドンと渡しなさい」と言っているのです。
そもそも、年間110万ずつ贈与していても、なかなか財産が減らず、最終的には高額の相続税を払うケースがありました。それに、いくら節税したところで、納税によって少しずつ財産は減っていき、プラスにはなりません。節税はあくまでも通過点に過ぎないのです。
目の前の節税から、孫世代まで見据えた資産形成へ
——通過点である節税の先には何があるのですか?
森野 私は、目指すゴールは資産を増やすことだと考えています。国は2022年に「資産所得倍増プラン」という政策を打ち出しました。これは、新NISAやiDeCoなどの税制優遇制度で投資を促し、国民の資産・所得を倍増させるというものです。
今までは投資で増えた分についてはそれなりの税金がかかりましたが、資産を運用して増えた分について税金を取らない範囲を広げるということです。非課税で財産を増やせるなら、節税より良くないですか? 「節税から資産形成へ」というのが政府の思惑だと私はとらえています。
——新NISAとの関わりについて詳しく教えてください。
森野 国の税制改正の考え方は「資産を早く次の世代に渡しなさい」というものです。ストックであっても、フローであっても、とにかく渡しなさいというわけです。
それではいくら渡せばいいのでしょうか。
親の世代は、老後のために一生懸命お金を貯めてきたわけです。
税制改正で「その一部を早く次の世代に渡しなさい」と促されても、いくら渡していいのか、果たして自分の生活は大丈夫なのかという心配が当然あります。まずは、しっかり資金計画を含めたライフプランをつくることが大事です。
一方で、資産を受け取る世代はどうでしょうか。
「投入金額に対して増えた分については税金は取りません」という非常に大盤振る舞いの新NISAがいよいよ始まったといっても、若い世代は非課税限度枠の1800万円を使い切るほど手元に資産があるとは限りません。
それでは、次世代は何を原資にすればいいのでしょうか。
資産所得倍増プランの考えでは、もちろん自前でお金を貯めるのですが、これにプラスして親の世代から移転させるということです。
税制改正大綱によって節税メリットが薄れたという人がいますが、先ほど述べたように、今や狙いは節税ではなくて資産をいかに増やすか。新NISAを活用して、自分の積み立てプラス親世代からの贈与資金を投入することによって、次の世代、さらに次の世代と、3世代にわたって資産を増やしていくというのがこれからの流れです。そのために、親・子・孫の3世代にわたる生活資金と老後資金を見据えたライフプランを考えることが重要です。
事業承継は、オーナー社長だけでなく全国民的問題
——第2回のインタビューで、事業承継税制の特例措置の計画書提出をきっかけに、後継者との会話が生まれるというお話しがありました。資産形成を含めて、常に次の世代を見据えた視点が必要なんですね。
森野 そうですね。そのことが私は一番大事だと思います。事業承継に向けて、我が社をどうするのか? この問題に対して、社長やその家族、後継者候補ら関係者全員が向き合う体制をつくるのが大きなポイントだと思います。
——事業承継はオーナー社長やその子ども、孫にとって差し迫った問題ですが、地域経済への影響も大きいのではないでしょうか。
森野 オーナー企業の事業承継は、一般の方の生活に直接かかわる問題ではありません。しかし、日本の会社の99%が中小企業です。
日本の経済や雇用を支えているのは中小企業だと言っても過言ではありません。社会に必要とされていて、黒字でもある中小企業が廃業してしまうと、結果として雇用が失われます。地域経済を疲弊させてしまいます。
私は長野県を拠点にしていますが、とりわけ地方の過疎地においては中小企業の廃業は地域経済に致命的な打撃を与えかねません。そこまで考えたときに、「私は経営者じゃないから関係ない」と言えるでしょうか?
大袈裟かもしれませんが、事業承継は全国民的課題です。
考えてみてください。今勤めている会社がなくなるかもしれないのです。赤字で倒産するならまだしも、儲かっているのに畳んでしまうとなると、従業員からすれば納得できないでしょう。
多くの方が自分の仕事にプライドを持っています。多くの方が自分の仕事を好きでやっています。それなのに自分の勤め先の会社がなくなってしまうのは、社会的に大きな損失です。ところが、この事業承継がなかなか進まないことに対する問題意識が広く行き渡ってない現状があるわけです。だからこそ、『賢者の選択サクセッション』などのメディアを通して少しでも多くの方に事業承継の大切さを伝える意義は大きいと思います。
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