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モノからではなく「心」からのアプローチが事業承継を成功に導く/森野俊博ロングインタビュー#1

外資系生命保険会社で全国1位、世界でもトップクラスの成績を上げた森野俊博氏は、これまで数多くの中小企業経営者と接し、事業承継の現場をつぶさに見てきた。今はSUCCEED株式会社を設立し、「心から始める事業承継」という独自の切り口で孫の世代までを見据えたトータルプランづくりをサポートしている。今、事業承継とどのように向き合えばいいのか、森野氏に聞いた。

深刻化する後継者不足問題と承継後のトラブルリスクの実態

——近年は中小企業の後継者不足問題が新聞などのメディアでも叫ばれています。事業承継がうまくいかないことで、どんなリスクがあるのでしょうか?

森野 今、日本の中小企業の社長は高齢化が進んでいます。データを見ると、社長の平均年齢は60歳を超え、50歳以上の割合が8割を超えています。事業承継は、今日決めて明日できるというようなものではありません。短くても5年、通常は10年くらいかけてゆっくりと進めていくものです。

中小企業の社長の高齢化を考えると、今や一刻の猶予もありません。しかも、承継して終わりではありません。先代の社長は代表権を後継者に渡してしまえば「もう自分のやることは終わった」と、ひと山越えたと安心するでしょう。ところが、予期せぬトラブルに見舞われることがあります。

代表的なのがコロナ禍です。こうしたことがいつ起きるかわかりません。有名企業でも、事業承継後に不祥事が発覚して後継社長が交代せざるをえない状況に追い込まれる例もあります。時代の変化が激しくなり、こうした予測できない事態がかつてよりも頻発しているのではないでしょうか。

——中小企業であれば、社長のご子息に承継するというパターンが多いかと思います。しかし、父と息子という間柄でも、事業承継はお互いに切り出しにくい、デリケートなテーマではないでしょうか。

森野 そうですね。事業承継には大きく2つのエッセンスがあります。
1つは「会社の財産の承継」です。これは端的に言えば、自社株を次の世代に移すということです。非上場企業の自社株の価格は業績や資産内容などによって算出されますが、長く続いている会社は評価額が非常に高くなっているケースが多い。その場合、事業承継の際、株式の贈与・相続に伴う贈与税・相続税が大きな負担になって次の世代に降りかかってきます。

事業承継のもう1つのエッセンスは「経営の承継」です。先代はいつ社長を辞めるかを決断しなければなりません。息子からすると、父親にこのことを切り出すタイミングが難しい。身内だからこそ、聞きにくいこと、言いにくいことがあるのです。

事業承継における問題の本質をつかむことが重要

——身内では言い出しにくいからこそ、第三者視点でアドバイスできる専門家が果たす役割は大きいのではないでしょうか。

森野 確かに、専門家は自分の専門分野の課題については的確な解決策を提示します。たとえば、税理士は税務、司法書士は法律、保険営業は保険といった各分野について精通しています。ただ、それ以外の分野の課題について答えを出せるとは限りません。

ところが、事業承継の課題は多岐にわたります。各分野の専門家からそれぞれの答えを出されると、お客様は何を優先して取り組めばいいかわからないでしょう。お客様は面倒臭くなって、本質を外した問題解決策を選んでしまうケースが多々あると思います。事業承継を広くトータルに見る人が果たしているのだろうか、というのが現場にいて非常に感じることです。

——専門家はその専門分野では大いに頼りになりますが、課題が多分野にわたる事業承継の本質的な課題を誰も認識できない状態が起こりえるということですか?

森野 そうです。たとえば、社長が認知症に備えて財産の管理・処分を家族に任せようと「家族信託」を検討するとします。司法書士なら家族信託の進め方や料金をプロとして提案できます。

しかし、そもそも家族信託を活用する状況をつくった原因は何かを探っていかないと、本質的な問題解決にはなりません。これは私の反省点でもありますが、お客様と向き合ったとき、自分が得意とする専門分野でどうしてもお客様を見てしまいます。

保険営業だった私は「年齢は何歳だろうか?」「この保険商品が最適ではないか?」と、自分の専門分野にフォーカスして物事をとらえてしまう面がありました。そうなると、お客様の本質的な課題が見えなくなり、根本的な問題解決につながらないということを私自身が経験してきました。これは、専門家として注意すべき点だと思います。

次の世代、さらに次の世代へと先を見通す視点が必要

——根本的な問題解決とは、社長が目指す事業承継のゴールということでしょうか。

森野 実は、お客様自身がゴールをわかってないケースがあります。ですから、まず、お客様の状況をよく聞いて、一緒になってゴールを想定するという作業が必要です。現社長の考えもあるでしょう。後継者の考えや価値観もあるでしょう。

さらに、社長の奥様の思いもあるでしょう。後継者以外の社員たちの思いや考えもあるでしょう。関係者の思いや考えをすべて織り込んだ根本的な課題解決を目指すのが本来的なあり方ではないでしょうか。

——自社株や税金、代表権といったモノよりも「心」がまずありきということですね。

森野 専門家は、お客様からの依頼がなければ動けません。これだけ後継者不足が深刻化しているということは、事業承継について相談すらしていない社長が多いのではないでしょうか。そうだとすると、専門家はまずはお客様とコミュニケーションを取ることが大事です。お客様とやり取りする中で、お客様の考え、つまり「心」の部分からアプローチして、「ひょっとしてこういうことで悩まれて、ひょっとしてこういうことが解決すべき問題じゃないんでしょうか?」と投げかける必要があります。

今や知識や情報はChatGPTが答えてくれます。もちろん専門家はより深い情報なり知識なりを持っていますが、AIが進化していくと、知識や情報は専門家の武器にはなりにくい。だからこそ、私は心からアプローチするようにしています。

——実際に事業承継が成功することで、どんないい影響が自社の周りや社会に及ぼされるとお考えですか?

森野 事業承継によって、次の世代、さらにその次の世代に財産や経営のバトンが渡されていきます。事業承継は孫の代まで影響が及ぶ壮大なものです。そのためには、ただ単に事業という限定されたものではなく、孫の代の財産まで含めたトータルプランニングが必要です。

私は「ハッピー・リタイヤメント」を提唱していますが、これは親・子・孫の3世代を含んだすべてのハッピーを意味します。この考え方は、オーナー社長に限らず、一般個人のご家庭にも当てはまります。すべての家庭で次の世代だけでなく、さらにその次の世代のことまで考えていく時代に入ったと思います。

♯2|「森野俊博ロングインタビュー」はこちら
♯3|「森野俊博ロングインタビュー」はこちら

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賢者の選択サクセッション編集部

日本の社会課題である事業承継問題を解決するため、ビジネスを創り・受け継ぐ立場の事例から「事業創継」の在り方を探る事業承継総合メディア「賢者の選択サクセッション」。事業創継を成し遂げた“賢者”と共に考えるテレビ番組「賢者の選択サクセッション」も放送中。

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