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後継者と会社の未来を話し合う好機――事業承継税制「特例」の計画書を提出する意義 /森野俊博ロングインタビュー#2

中小企業の事業承継は日本が抱える大きな課題の1つ。国は事業承継を促進しようと、2018年には自社株の後継者への移転に伴う贈与税・相続税を100%猶予・免除する事業承継税制の「特例措置」を創設した(10年間の時限立法)。この適用を受けるための計画書の提出期限が2024年3月31日から2026年3月31日に2年間延長された。会社を後世に残すために今、やるべきことは何か、事業承継に詳しい森野俊博氏に聞いた。

贈与税・相続税を100%猶予・免除する事業承継税制の「特例措置」

——まず、事業承継税制の特例措置とはどのようなものなのか教えてください。

森野 2023年、大手芸能プロダクションが事業承継税制の特例措置を利用して、自社株の相続税を猶予されていたことが話題になったのをご記憶かもしれません。大手芸能プロダクションのカリスマ創業者が亡くなり、姪が跡を継ぎましたが、報道によると800億円以上の相続税が猶予されていたそうです。

なぜなら、事業承継税制の特例措置の適用を受けていたからです。事業承継後に先代の不祥事が発覚したとき、なぜ社長は辞めないのだと批判されましたが、この特例の適用から外れて納税せざるをえなくなるため、辞められなかったのでしょう。

先代が自社株を後継者に渡すとき、このように大きな贈与税や相続税が発生することが多い。これが事業承継の大きなネックになっていました。そこで、2008年には中小企業の事業承継を促進するために「経営承継円滑化法」が成立しました。円滑化法に基づく認定のもと、後継者が取得した一定の資産について、贈与税・相続税を猶予・免除するのが事業承継税制です。ところが、円滑化法は期待したほどの効果を得られませんでした。

それで2018年にスタートさせたのが10年間の時限立法の事業承継税制「特例措置」です。この特例では、事業承継税制の適用要件を緩和するとともに、自社株の移転に伴う贈与税・相続税の猶予・免除を80%から100%に引き上げました。

——100%ですか?

森野 100%です。事業承継時の納税が100%猶予されるだけでなく、2代目が次の3代目に自社株を贈与して、3代目が事業承継税制の適用を受けるなどの条件を満たせば100%免除されます。

ただ、特例措置の適用を受けるには、まずは「特例承継計画」を都道府県に提出しなければなりません。その期限が2024年3月31日でしたが、2026年3月31日に延長されました。一般措置の適用には期限はありませんが、より有利な特例処置の恩恵を受けるチャンスが広がったのです。

——メリットの大きな特例措置ですが、一般の中小企業の経営者に認知はされているのでしょうか?

森野 今回の大手芸能プロダクションのニュースに接して「そんなのあるの?」と初めて知った方もいるでしょう。意外と情報が行き届いていないのが実情だと思います。

これにはいろんな理由があると思いますが、まずは仕組み自体が複雑なことが挙げられます。さらに、適用を受けた後の報告義務など事務手続きも煩雑です。猶予された納税を免除されるには、3世代にわたる長期的な取り組みになることもネックになっているかもしれません。

計画書の提出が先代と後継者の話し合いのきっかけに

——2026年3月31日までに計画書は提出したほうがいいのでしょうか?

森野 せっかくの特例ですから、取りあえず届け出たほうがいいと思います。残念ながら、人は必ず亡くなります。亡くなる前に、認知症になることも考えられます。事業を次世代に引き継いでいこうと考えているなら、とにかく出すことをおすすめします。

「計画書はどういうふうに書けばいいんですか?」とよく聞かれますが、代表者や後継者の氏名、承継時期、5年間の経営計画などを記入するごく簡単なものです。大事なことは「取りあえず出すこと」です。特例措置の権利を確保するのが大きな目的になります。

——計画書を出すことのデメリットはありますか?

森野 とくにありません。計画書を提出したものの、計画通りに承継しなかったからといってペナルティはありません。第1回のインタビューで触れましたが、社長と後継者はお互いに遠慮して、なかなか具体的な事業承継の話し合いができない状況があるでしょう。計画書を提出することが「うちの事業承継をどうしようか」「お前はどう考えてるんだ?」「お父さんはこう考えているんだ」ということを、真摯に話し合う大きなきっかけになるのではないでしょうか。

——特例措置の計画書を提出することも大事ですが、それ以上に社長と後継者が話し合う場を設けることがポイントですね。

森野 そうです。まずは事業承継に真剣にお互い向き合うことが大事だと思います。社長は後継者とひざを突き合わせて「承継した後、どのような会社にしていくのか?」を話し合ってほしいと思います。

相続の分割の問題を解決するための「民法特例」

——ギリギリの段階になって慌てて事業承継に直面するよりも、この特例措置の活用を契機に早めに対策を考えたほうが、前向きな可能性が広がりますね。

森野 そうですね。事業承継が避けられないなら、スムーズに渡していくのが理想です。ただ、事業承継で自社株という財産を後継者に渡した瞬間、今度は相続の「分割」の問題がセットで発生します。

そこで、この円滑化法では税金が猶予・免除される事業承継税制の特例に加えて「民法特例」というのがあります。これは、相続紛争のリスクを抑えつつ、後継者に自社株を集中させられる制度です。

——具体的にどのような制度ですか?

森野 自社株が後継者に渡った瞬間、相続の遺留分の問題が出てきます。遺留分とは、遺言によっても奪われない最低限の相続財産の割合です。先代の財産は自社株だけではありません。不動産や預貯金、有価証券もあるでしょう。

そうした財産がすべて後継者に自動的に集中するわけではありません。後継者に兄弟姉妹がいれば、遺留分を主張できます。現民法では、自社株を後継者に贈与したとしても、相続時には、これを持ち戻して相続財産に組み込んで計算することになっています。

たとえば、自社株の評価額が贈与したときよりも相続時に上がっていると、後継者以外の相続人の遺留分の額も増加します。ここでまたお金の問題が浮上する可能性があるのです。ところが民法特例によって、贈与された自社株を遺留分から除外したり、自社株の評価額を固定したりできるようになりました。これが遺留分の問題の解決につながります。

前回、「心から始める」ことに触れましたが、社長の奥様や子どもたちの話を聞くというのは、贈与税・相続税だけでなく、相続の分割の問題まで踏み込んで考えるのが極めて大事だからです。仮に事業承継税制の特例措置を使わなくても、いつか自社株は後継者に渡るわけです。そうなると、相続財産の遺留分の問題は発生する可能性が高い。これは目には見えない大きなリスクになるのです。

目に見えないものは、意識しにくい。特例措置の適用を受けるための計画書を提出する機会に、こうした目に見えない問題が可視化されるメリットは大きいと思います。

♯1|「森野俊博ロングインタビュー」はこちら
♯3|「森野俊博ロングインタビュー」はこちら

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賢者の選択サクセッション編集部

日本の社会課題である事業承継問題を解決するため、ビジネスを創り・受け継ぐ立場の事例から「事業創継」の在り方を探る事業承継総合メディア「賢者の選択サクセッション」。事業創継を成し遂げた“賢者”と共に考えるテレビ番組「賢者の選択サクセッション」も放送中。

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