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「会社を継ぐ子が取引先で修行」は絶対ダメ/企業の事業承継を成功させる人物とは~入山教授インタビュー#4【全4回】

中小企業、特に同族企業の事業承継を成功させることが日本経済の鍵となっている。では、どんな人物が家業を継げば、事業が大ブレークする「第2創業」を起こせるのか。家業から遠い経験をした承継者がイノベーションを起こす、とする入山章栄早稲田大学大学院教授に、その理由を聞いた。

「両利きの経営」を出来るのは「遠くを見た人物」

―同族企業では、どのような人物が事業を承継すればいいのでしょうか。何か法則はありますか。

入山 少し極論に聞こえるかもしれませんが、事業承継がうまくいくのは、お継ぎになる息子さんや娘さんが元々、継ぐ気がないパターンだと考えています。

えっ、本当ですか。

入山 その方が絶対うまくいきます。なぜかというと、僕は経営学者として今の日本ではイノベーションが大事だと言い、イノベーションを生み出すには「両利きの経営(ambidexterity)」が重要だと指摘しています。新しい知を探し出す「知の探索」と、新しい知を徹底的に深堀して収益化する「知の深化」とを両方使える「両利きの経営」が大切なのですが、特に必要なのは「知の探索」です。

 新しいアイデアや創造性は、常に既存知と既存知との組み合わせで生まれます。ゼロからは何も見出せない。ところが既存知と既存知を組み合わせる時に問題なのは、人間の認知能力です。認知科学的な問題ですが、人間の認知能力には限界があり、その視界はどうしても狭くなってしまいます。目も前のことしか見えないのです。

――遠くのものは見えないのですね。

入山 そうです。だから人間は所詮、目の前のものとしか組み合わせないのです。それではイノベーションは生まれません。事業承継に悩んでいる会社には長い歴史があり、ずっと同じ業界で仕事をしている。同じ場所にいると、目の前にある知と知ばかりの組み合わせをやっているわけです。そういう会社ではイノベーションの組み合わせは尽きているので、イノベーションは生まれない。自分から離れたところにあるものをいっぱい見ないといけないのです。僕はそれを「知の探索」と言っていて、海外の経営学ではexplorationと言います。ただ、この「知の探索」は学者が言うのは簡単ですけれど、やるのは大変です。遠くのものをいっぱい見なければいけません。

勝手に「知の探索」をしている人材は身近に

――遠くのものを見る行為は、あまり儲かりませんね。

入山 時間も人もかかる。すぐに「何やってるんだ」となる。大手企業だと、だんだんそれが無駄に見えて、「知の探索」をやらなくなるのです。そうすると、一瞬効率が上がって良さそうだけれど、長い目で見るとイノベーションが起きなくなるので、結局ジリ貧になっているのが、日本のほとんどの大手企業です。

――それは中小企業でも同じですね。

入山 中小企業の経営者の息子さんや娘さんが、そもそも後を継ぐ気がなかったらどうなるかというと、当然家業とは全然関係ないことやるわけです。それは、勝手に「知の探索」をやっているわけです。 例えばサンワカンパニーの山根太郎さんは、元々継ぐ気がなかったから、伊藤忠商事に入って、商社マンとしてバリバリやっていこうと考えていました。彼は若くして決裁権を持って世界中をかけ回っていたのです。その間、まさにサンワカンパニーの本業と全然関係のないことをやっていたわけで、結果的に「知の探索」になりました。

 1887年に創業した三星毛糸という会社が岐阜県羽島市にあります。ここも事業承継で成功した会社ですが、今の社長の岩田真吾さんは、大卒後に三菱商事に入って、ボストン・コンサルティング・グループに移った人物です。その間に「知の探索」をやって帰ってきたわけです。このインタビューの2回目でご紹介した由紀精密やDG TAKANO、本多プラスなども同じようなケースです。

 面白いのは、元々は継ぐ気がなかったのに、何かのタイミングでほとんどみんなが継ぐ気になることです。会社が潰れそうだとか、お父さんがご病気になられた時に、お父さんに頼まれて帰ってくるのです。品川女子学院理事長の漆紫穂子さんも、そうです。他の学校の国語教師をしていた漆さんですが、御家業の品川女子学院が潰れそうなった時に戻ってきて、学校の立て直しをされました。

家業の危機に戻ってくる「継ぐ気のなかった子供」

――親に帰ってこいと言われても、大手商社の方が良いと戻らない人がいるんじゃないかと思うのですが。

入山 ほとんど戻りますね。家業なので、やはり背負っているものが僕たちとは違うのです。中には「俺はベンチャーの方がいい。家業は潰しちゃえよ」という子供もいるでしょうが、私が見る限りそんなに多くはない。もちろん元々目がないなと思っている子供には親は声かけないですがね。

――家業を連綿と続けることに親も子供も何らか価値を見出しているのでしょうか。

入山 継ぐ気があってもなかっても、人間はロボットのようにゼロイチでは動きません。お父さんとお母さんが自分の小さいころから一生懸命働き、資金繰りが苦しいときには頑張って乗り切った姿を見ているので、 助けてあげたいなという気持ちが頭のどこかにあるのでしょう。

だからこそ「こんなことは俺もやりたくねえ」と思って、ベンチャーに行ったり、大手企業に行ったりすることがあるわけです。でも人間の心は、スパッとは割り切れない。だから親に声かけられたら助けてあげたいと戻ってくるのではないかと思います。

「継ぐ気満々の子供」取引先で修業は絶対ダメ

――それなら親たちの姿を見て、「俺は家業を継いであげたい」というのはどうでしょうか。

入山 それは一番良くないパターンです。子供は継ぐ気満々で、親も継がせる気満々は一番良くありません。結果として「知の探索」をやらないまま継がせることになるからです。取引先にお子さんを修業に行かせるのは絶対にダメです。

――なぜですか。取引先に修業に出すという例は多いように思います。

入山 取引先は大体太いお客です。関係性があり、その内容もよくわかっている。もう「知の探索」をする余地はありません。ご両親は良かれと思って、取引先に顔を売ってこいと修業に出すのですが、何一つ遠くの知見は得られず、会社はほとんどうまくいきません。それは「知の深化」でしかなく、取引先と強固な関係を維持しているだけだからです。

今の時代はイノベーションを起こさないと生き残れません。取引先が潰れたらおしまいですからね。まさにそういうことが、今、日本中の中小企業で起きているのです。それよりは家業と全然関係がない遠いところに行って、いろんな「新しい知」を見てきて、新しい事業を始めることがとても重要なのです。

会社を継ぐとき、何を残して何を残さないか

――家業に元々あった経営資源に新しい知や価値を吹き込んでイノベーションを起こすことが重要なのですね。その場合、家業の経営資源のヒト・モノ・カネを全て引き継いだ方がイノベーションを起こしやすいのでしょうか。

入山 必ずしもそうではないです。まず大事なのは引き継いだ会社で、何が強いのか、何が大事かを見抜くことです。製造業の場合は、例えば強みは何らかの技術であることが多いですよね。その技術をブラッシュアップして、 新しいお客さんやニーズと組み合わせる必要があります。それが「知の探索」です。でも、そうすると会社の中には「そんなことをする必要はない」と抵抗する人が出てきます。

 中小企業にありがちなことで、お父さんが事業を譲ってくれたとしても、古参社員がいます。ずっと30年、40年もお父さんに付き添ってきた人たちは「甘やかされたボンボンが、東京のベンチャーで活躍していたとかアメリカに留学していたと言っても、何ができるのか。急に帰ってきて、偉そうに」といい顔はしないわけです。そういう人たちが改革をだいたい潰しにかかります。

 だから、組織を引き継ぐときに、何を残すべきで、何は残さない方がいいかをしっかり考えなくてはなりません。多くの場合、連綿とした技術や、地域からの信頼などは当然、残すべきです。一般論としては経営資源を多く引き継いだ方がいいのですが、お父さんの時代のマインドセットから抜けきれない古参社員は、引き継がない方がいいかもしれません。そこを峻別しなきゃいけません。

 簡単な話ではないのが現実です。うるさい古参社員の中にも、実はお客さんとすごく上手く付き合っている方もいらっしゃる。さまざまな人間模様の中で判断をしなればならないのが事業承継の難しさです。でも事業承継がうまく進み、多くの会社でイノベーションが起きるようになれば、日本にとって凄いインパクトになります。とても期待しています。

※こちらの記事は追記・修正をし、2024年2月7日に再度公開しました。

(文・構成/安井孝之)

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早稲田大学ビジネススクール 教授  入山 章栄

早稲田大学大学院経営管理研究科早稲田大学ビジネススクール教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で、主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008 年 に米ピッツバーグ大学経営大学院より Ph.D.(博士号)を取得。 同年より米ニューヨーク 州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。 2013 年より早稲田大学大学院 早稲田 大学ビジネススクール准教授。 2019 年より教授。専門は経営学。

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