ど素人の「ゼネコン」が承継した「洋菓子店」が「にっぽんの宝物」に ゼネコンに意外な波及効果も

東京都・小金井市で創業80周年を迎える小規模ゼネコン「金澤建設株式会社」。3代目社長の金澤貴史氏(51)は、2015年にまったく未経験分野の「洋菓子」の製造販売事業を、地元で長く愛された菓子店から承継した。「ゼネコン」が「洋菓子店」を承継するという、全国でも珍しい異業種承継成功の裏は、苦労の連続だったという。しかし、全く畑違いの事業を承継したことで、意外な波及効果が生まれた。貴史氏と妻の大恵氏(52)に、経緯を聞いた。
目次
「菓子工房ビルドルセ」オープンの舞台裏

−−−−元の洋菓子店閉店から2か月後に「菓子工房ビルドルセ」をオープンさせたそうですね。
大恵常務:オープン当初は、前のお店をそのまま借りていました。開店前に3日間ほど、東小金井駅前でチラシを配ったりしましたが、周りは何もない住宅街で、元の店主もSNSなどで発信するタイプではありませんでした。
それでも、オープン時に来店客向けのアンケートが500枚近く回収できたので、そのくらいの人数は来てくれたことになります。これだけのお客様が来てくれたのは、やはり地元で愛されていた菓子店だったため、再オープンへの期待が大きかったんだなと感じました。
「このお菓子大好きだったから、継いでくれてうれしいわ」とお声をかけてくださる方もいらっしゃいました。
代表が好きだったお菓子は、リニューアルにあたり「黄金井パフ」と名付けました。地元・小金井の地名の由来で「黄金のような水が湧き出る」という説があるのを元にしています。
貴史代表:はじめはスタッフも少なくて、私自身も店に立って販売しました。その後、近隣の学生や主婦が少しずつバイトやパートに入ってくれるようになりました。
元の店主は「自宅である店舗をなるべく早く売りたい」という意向だったので、オープンと同時に次の店舗の場所を探し始めて、一度駅の近くに移転しました。最近になって、人通りの多い現在の場所に移転してきています。
添加物不使用で他との差別化をはかる

−−−−主力商品の「黄金井パフ」のほか、どのような商品開発をしたのですか?
大恵常務:元のお店は多彩なケーキを売っていましたが、私たちが受け継いだのはそのお菓子1種類だけ。現在、わたくしを含め5名でチームを編成しています。実は、全員パティシエ(製菓衛生師等の有資格者)ではありません。ですが、受け継いだ「黄金井パフ」以外の商品はすべてオリジナルで、商品開発は全員で試行錯誤して行っています。
黄金井パフは、生地には卵黄が多めに、そしてクリームは卵黄しか使いません。けれど、卵1個の3分の2にあたる卵白を捨ててしまうのは、コスト的にも非常にもったいない。そこで考えたのがメレンゲの開発です。
一般的なメレンゲは、卵白1に対して砂糖を最大4くらい使う場合もありますが、うちのは卵白1に対して、砂糖1以下。しかも白砂糖ではなくココナッツシュガーという、ココナッツの花のつぼみから作った砂糖を使うので、独特のキャラメルのような風味があります。これを販売してみたところ、お店でとても人気が出ました。
メレンゲは壊れやすいので、粉を入れたクッキーも作ってみました。小麦粉ではなく米粉を使い、牛乳やバター、添加物などは不使用。いちごやカカオなどの材料も厳選しています。これが「ベイクドルセ」というシリーズです。
また、ベイクドルセの甘くないバージョンで、ビールのおつまみになる「ビアドルセ」シリーズも作りました。
貴史代表:知り合いのクラフトビール店さんの製品に合わせることをイメージしました。また、別の知り合いで群馬の酒造会社の酒粕を使ったお菓子も開発しました。最近酒販免許も取得したので、お酒本体も売れるようにしていきたいと思っています。
−−−−米粉使用や、添加物不使用などにこだわった商品は、どういう経緯で作ったのでしょうか?
大恵常務:コロナ禍でお店を開けてもお客様が来ない時期、時間が多くありましたので、商品開発に力を入れようと皆で奮闘しました。黄金井パフの生地を米粉で作り、中身に豆乳のクリームを入れてみたり。一般的に豆乳クリームは、油脂分を補うために20%程度牛乳を足すことが多いようですが、それを100%豆乳にするチャレンジをしました。
私自身、体質的に牛乳が合わないこともあり、そういう人も食べられるものを作りたいという思いをチームメンバーが汲んでくれ、一丸となって挑戦し、そしてこれがとても喜ばれ、2021年の「にっぽんの宝物」JAPANグランプリにて、スイーツ部門審査員特別賞をいただきました。
添加物は、必要な場合もあるので決して否定はしません。しかしながら、せっかく私たちが地元で製菓業を営むのであれば、他では買えないようなものを作り上げることができたらいいかな、という気持ちで日々取り組んでいます。
異業種承継のもたらした効果
−−−−まったくの異業種を承継された結果、波及効果がありましたか?
貴史代表:今、事業承継は全国的に深刻な問題になっています。東京とはいえ、三鷹や武蔵野エリアも同じです。だから、私たちのような事例は注目されやすく、この話をテーマとした講演の依頼などもいろいろいただくようになりました。
また、異業種の事業承継ビジネスモデルで、多摩信用金庫さん主催の「多摩ブルー・グリーン賞」にエントリーして、経営部門のグリーン賞の最優秀賞をいただきました。そこからのつながり、いろいろな大学との連携で多摩地域の課題を解決するプロジェクトなどに参加させていただいています。
この異業種承継によって、金澤建設の知名度も上がりました。建設会社というだけでは興味を示されにくいかもしれませんが、製菓事業もやっている意外さに惹かれて会社に目を向けてくれて、今年は3人入社してくれました。子会社化せず、会社本体の事業部でやったことで、会社本体が注目される結果になったと思います。
洋菓子製造販売事業と建設事業は、採用や人事は別ですが、互いに一生懸命やっている姿を見るのは、いい刺激になるようです。シナジー効果も出ているという意味で、うちの会社としては非常に重要なプロジェクトですね。
−−−−これまでの歩みを振り返り、異業種承継について考えることは?
貴史代表:リアルに身をもって体感しているので言えることですが、異業種承継はとにかく大変なので、簡単におすすめする事はできません。うちの場合は、このお菓子を絶対に残したいという「愛」があったからできたと思うのです。事業を拡大しようとか、多角経営してみようとか、そういう理由で始まったことではありません。また、やる気と実力を持った人材が偶然そろっていたという事も重要な要素でした。
やる意義が大きいというのが、「あきらめずにやろう」というモチベーションにつながっています。「もうやめたほうがいいのではないか」と何度も思いました。でも、関わるチームメンバーが全員あきらめず、ずっとやってきてくれたからこそ、今があると思います。
プロフィール
金澤建設株式会社 代表取締役社長 金澤 貴史氏
1973年東京生まれ。専門学校卒業後、ゼネコンに入社して経験を積み、2000年に実家の金澤建設に入社。土木施工管理などの業務を経験し、建築部門を立ち上げ、専務を経て2017年に社長に就任。2015年に地元菓子店の製菓事業を引き継ぎ、妻・大恵氏の協力で「菓子工房ビルドルセ」を開店。建設業という枠にとらわれない柔軟な発想で、地域に貢献する事業を展開している。多摩ブルー・グリーン倶楽部第22期会長。
金澤建設株式会社 常務取締役 金澤 大恵氏
1972年東京生まれ。カナダ、スペインなど海外生活を経験し、帰国後国立大学の学長秘書、父の経営する会社の海外事業部リーダーなどを経験し、2003年に翻訳とセールスプロモーションを手がける会社を起業。2015年金澤建設に入社し、未経験である製菓事業承継のプロジェクトリーダーとなって「菓子工房ビルドルセ」を立ち上げる。現在、同社常務取締役 兼 事業推進部長、管理本部長。
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