「豆腐がメインディッシュ」3000円のコースが人気 元運輸省の官僚が継いだ「実家の豆腐店」が、佐賀の食文化をけん引していく

「温泉湯豆腐」というローカル名物を全国区の人気商品へと育て上げた、佐賀県武雄市の豆腐製造企業「株式会社佐嘉平川屋」。3代目の平川大計代表取締役(53)は、運輸省(現国土交通省)をやめて2000年に実家に入社し、経営危機を脱出させた。2006年に社長就任した後は、豆腐をメインディッシュとする革新的なアイデアで、直営店舗を嬉野温泉の人気店に育て上げた。佐賀の豆腐文化を世界に発信しようとする平川氏のチャレンジについて聞いた。
目次
常に交互に押し寄せたふたつの課題

──社長就任の経緯は?
2006年、父から突然言われました。当時、社員の方が事故を起こしてしまい、その対応を私が全て担当しました。そこで、父は「もう自分では対応できない」と感じたのだと思います。
社長になりたいわけではありませんでしたが、必然的に社長になったというかたちです。
──就任して気持ちは変わりましたか。
実際に代表になると、役所仕事との大きな違いを改めて感じました。役所は、永田町や上司を見たりしながら仕事をしますが、会社は自分の意思をストレートに反映できる。その違いは、私にとって「経営」の大きな魅力でした。
──就任後の課題は?
通販が伸び悩み始めました。それまで150%で伸びていた売上が鈍化してきました。新しいデザイン会社を入れてテコ入れを図りましたが、別の問題も発生していました。
──どのような問題ですか。
工場長が定年を迎えて若手社員だけになり、製造技術の継承が追いつきませんでした。ひどい時は、完成品の半分を廃棄したこともありました。製造機器も限界で、数字が停滞して経営が困るか、よく売れて現場が困るか、常にどちらかの課題と向き合う日々でした。
「本物ではない」会社の命運をかけた決断とは

──どのように、その苦境を脱したのですか。
佐賀県の一大温泉地、嬉野温泉への出店です。通販を伸ばすために、実際に商品を体験できる場所が必要でした。でも、金融機関をはじめ、ほとんどの人が反対しました。
──大きな投資になる店舗にこだわった理由は?
実は当時、弊社の「温泉湯豆腐」が微妙な立場にあったのです。弊社は隣の武雄市にありながら嬉野の名前は使わせてもらっていましたが、会社が大きくなるにつれ、「嬉野にないじゃないか」、「本物ではない」という評判が聞こえてきました。
卸の売上にまで影響が及びかねない状況になり、無理をしてでも嬉野温泉に店を出す必要がありました。今思えば、会社の命運を賭けた決断でした。
──開店後はすぐに軌道に乗りましたか?
最初は全く人が来なくて、本当にボロボロでした。本社の経営で手一杯で、店舗にまで手が回らない。店舗分の売上を卸でまかなうため、商品開発を行っていました。店舗は放ったらかしていた感じもあります。
──現在は多くの人が訪れる人気店ですが、きっかけは何だったのですか?
SNSが普及し始め、お客様が自発的に情報を発信してくれるようになりました。店舗立ち上げ時の仕切りやブランディングがよかったのだと思います。
今では2時間待ちが当たり前の人気店になり、「温泉湯豆腐=佐嘉平川屋」というイメージが定着しました。店舗がきっかけで、通販にも良い影響が出ています。
一石三鳥の工夫
──嬉野店ではどのような工夫をしたのですか?
最大の革新は、どこもやっていなかった「豆腐をメインディッシュにした」ことです。元々、温泉湯豆腐は旅館の朝食の一品でしたが、私たちは豆腐屋として、豆腐そのものを主役にしたかったのです。
温泉湯豆腐を食べて、その出汁で鍋をして、最後に雑炊を作るというコース仕立てにしました。一食3,000円という価格も、メインディッシュとして見れば、肉や魚に比べて、むしろリーズナブル。見え方を変えることで、新しい食文化を提案できたのです。
──店舗の利益はいかがですか。
商品としての販売が難しい豆腐も、店舗があることで価値が生まれ、コストの削減につながりました。人件費も含めてローコストで運営が出来ており、会社の利益にも貢献しています。
──さらに武雄にも新店舗を?
はい、2022年の九州新幹線開業に合わせて武雄市に新店舗をオープンしました。人が集まる良いタイミングだったので、地元の活性化にもつながるのではないかと思いました。
──武雄店はどんなお店ですか?
和モダンな建築で、もはや「豆腐屋の範疇を超えている」とよく言われます。このタイミングで社名屋号に合わせて「佐嘉平川屋」に変更し、ブランディングも含めて大きな転換点となりました。
うれしいことに、人材採用でも手応えを感じています。これだけ採用が難しい時代に、募集をかければ人が来てくれる。武雄店が出来たことで、会社としての魅力も高まってきたのかなと思います。
「文化」として豆腐を残していくために
──今後の展望をお聞かせください。
私は土木出身で、長く残るモノとして構造物を作ることに憧れを持っていました。でも今は、「構造物より文化の方が長く残る」と確信しています。
佐賀には素晴らしい豆腐文化があるのです。有名な豆腐料理の数々、そして何より良質な大豆が採れる。この文化をもっと世界に発信していきたいと考えています。
例えば「ワインならボルドー」というように、「豆腐と言えば佐賀」と認知されるような地位を確立したい。それは決して夢物語ではありません。なぜなら豆腐は、世界が直面する人口問題と環境問題、この二大課題に応えられる唯一の食べ物だからです。
──事業承継についてはどのように考えていますか?
私は子どもの頃、豆腐屋を継ぐことを拒絶していました。でも今は心から「継いでよかった」と思えます。伝統を守りながら変化を起こし、文化を育てる。ディフェンスばかりではなく、オフェンス。
創業家であるからこそ、家業への深い想いと大きな決断ができるので、それこそが事業承継の本質なのかもしれないと思います。
平川大計氏プロフィール
株式会社佐嘉平川屋 代表取締役社長 平川 大計 氏
1971年佐賀県生まれ。九州大学大学院修了。1994年運輸省(現国土交通省)入省。新潟国道工事事務所、運輸省港湾局、航空局を経て、2000年に現在勤める有限会社平川食品工業(現・株式会社佐嘉平川屋)に入社。2006年に代表取締役社長に就任。嬉野温泉の名物「温泉湯豆腐」を主力商品に、通販事業の強化や店舗展開を進め、3年で売上を倍増。2023年に社名を株式会社佐嘉平川屋に変更し、伝統を守りながら豆腐文化の世界発信に挑戦している。
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