COLUMNコラム

TOP 経営戦略 M&Aによる事業承継で売上倍増—井筒まい泉の事業承継/岡本猛インタビュー#1
S経営戦略

M&Aによる事業承継で売上倍増—井筒まい泉の事業承継/岡本猛インタビュー#1

「とんかつ」「かつサンド」の代表的なブランドとして知られる、井筒まい泉株式会社。創業者からM&Aによって会社を引き継ぎ、売上70億円を120億円超にまで伸ばしたのが、サントリーホールディングスから事業を一任された岡本猛氏でした。2008年から2023年3月末まで社長、会長を務めた岡本氏が、まい泉を「家業」から「企業」へと成長させた事業承継ストーリーを紹介します。(※2022年12月31日に放映した内容です。)

タカラジェンヌの要望で生まれた「ヒレかつサンド」

「まい泉のヒレかつサンド」といえば、デパ地下や駅ナカの定番人気商品。柔らかいヒレカツと甘辛のソースを特製のパンで挟んだかつサンドは、全国で1日およそ3万食が売れるといいます。とんかつレストランは都内をはじめ全国14カ所で展開、さらにタイやフィリピンなど海外へも進出しています。

井筒まい泉を創業したのは、故・小出千代子さん。※
専業主婦から一念発起して商売を始めたのは1965年のことでした。東京・日比谷に出した10坪のカウンターだけの店は、「箸で切れるとんかつ」が看板商品。子どもからお年寄りまで食べられる柔らかさと味が評判になり、またたく間に人気店となりました。柔らかさの秘訣は、肉を徹底的に叩く、という主婦の知恵を生かしたものだといいます。

「ヒレかつサンド」誕生のきっかけは、店の近くに宝塚歌劇の劇場があったこと。手や衣装を汚さず食べられるもの、というタカラジェンヌたちの要望に応えるかたちで生み出されました。これがその後主力商品となり、2000年代に入るとまい泉は売上70億円超、300人以上の従業員を抱えるまでに成長したのです。
まい泉の歴史

まい泉ブランドを残すための売却

2008年、創業者の小出氏は、突如、サントリーに事業の売却を決定します。当時、サントリーの社員として買収を担当したのが、岡本氏でした。
「当時、サントリーの外食事業部という部署にいたのですが、銀行を通してその部署へきた話だったので、私が担当することになりました。私は元々関西出身だし、とんかつもあまり食べなかったので、失礼ながらまい泉のことは知らなかったんです。初めに聞いた時は食器のブランドのマイセンかと勘違いし、『なぜ皿の会社を買うの?』と思ったくらいです(笑)」。

小出氏が売却を決意したのは、まい泉のブランドを残すためという話でした。小出氏の息子は画家になっており、会社の経営に関わるつもりはないとのこと。70歳を超えていた小出氏は、引き継ぎ手に悩んだ末、大手企業にM&Aを打診することにしたわけです。

いっぽうサントリーがこの話を受けた理由は2つありました。岡本氏は語ります。「1つはやはりブランドです。これだけのブランドを築いたということは、この会社にはそれだけのポテンシャルがある。もう1つは、まい泉が加工食品工場を持っていたこと。サントリーの持っていない加工食品の工場が入ってくれば、外食事業部として、他の外食の会社に新しい商品を作って卸すことも可能かなと思ったんですね」。

2008年の1月に買収が成立し、岡本氏が社長に就任。「パートさんたちの、まい泉が好きだという気持ちが伝わってくるんですよ。だから、この人たちとなら一緒にやっていこうか、という気持ちになりました」。

一人一人と直接面談し不安を払拭

岡本氏が社長就任後最初にやったことは、社員との面接でした。店長以上の80人あまりと、一人一人面談したのです。
「面接には2つ意味があって、1つは、不安を持っている社員の気持ちを聞いてあげること。それと、この会社をこうしていきたいんだけど、一緒にやってくれる?という私の気持ちを直接伝えたかったんです」
経営陣からいきなり買収と言われて、家族を持つ社員は特に、これからの人生はどうなるんだろう、と不安を抱えているもの。岡本氏はその不安をまず取り除こうと考えたのでした。

「今回の話は サントリーにとっても全く別の世界でしたから。加工食品工場のことも、とんかつのパン粉のつけ方も分からないわけです。そういう時にブランドを維持していくためにどうするかといえば、やっぱり頼るのは社員しかいないですよね」。まずは社員の信頼を得ることが必要だという岡本氏の判断でした。

社内の「歪み」の是正に取り組む

面接を重ねていく中で、岡本氏には見えてきたものがありました。すなわち、創業者の小出氏が強烈なカリスマ的存在であったが故に、社内にはびこっていた会社としての「歪み」でした。

小出千代子というオーナーの言うことは絶対であり、オーナーの顔色さえうかがっていればいい、お客さんの顔よりも小出氏の顔を見ていればお給料がもらえる—そんな空気がそれまでの社内にはあったと、当時の店長や料理長は語ります。

それまでのまい泉は、商品の味はもとより、売上、人事など全てを小出氏が握り、社員は言われたことをただこなすだけでした。いわば「家業」の延長です。経営を引き継いだ岡本氏は、まい泉を「企業」として生まれ変わらせるべく、さまざまな改革に乗り出したのです。

まとめ

まったくの畑違いの企業から、とんかつの有名ブランドを任された岡本氏。その後、「家業から企業へ」というスローガンのもと、それまで社内にあったさまざまな歪みを是正した結果、10年あまりで売り上げをほぼ倍増させるに至ります。
次回記事では、岡本氏の手がけた改革についてお話を伺います。

後編|「井筒まい泉の事業承継」はこちら

記事本編とは異なる特別インタビュー動画をご覧いただけます

FacebookTwitterLine

賢者の選択サクセッション編集部

日本の社会課題である事業承継問題を解決するため、ビジネスを創り・受け継ぐ立場の事例から「事業創継」の在り方を探る事業承継総合メディア「賢者の選択サクセッション」。事業創継を成し遂げた“賢者”と共に考えるテレビ番組「賢者の選択サクセッション」も放送中。

記事一覧ページへ戻る