YouTube大ヒット、官能小説「フランス書院」フェア 「あれをやれ」ではなく「社員の個性」を引き出すマネジメントで成功した老舗書店とは

横浜市を本店に、神奈川県・東京都などに店舗を展開する老舗書店チェーン有隣堂。2020年から始めた、社員出演のYouTube番組「有隣堂しか知らない世界」は、チャンネル登録者数30万人を超える人気番組となっている。ほかにも、官能小説フェアを展開するなど、社員の自由な発想が花開き、成功をおさめている。7代目社長・松信健太郎氏(52)のマネジメントに対する考え方や、書店の未来に対する展望を聞いた。
目次
YouTubeを始めた動機とは
−−−−「有隣堂しか知らない世界」という個性的なYouTube番組が非常に人気ですね。
YouTubeには、私は一切口を出していないのです。4つのルールがあって、「人権を侵害しない」「反社会的なことはしない」「誰かを傷つけることはしない」「著しく品性を欠くことはしない」。
とにかくその4つだけ守っていれば、事前に内容もチェックしない、注文をつけない、他の役員にも口出しさせない、という方針を徹底しています。
−−−−そもそも、YouTubeをやろうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
2つあって、1つは、書店も常に受け身でなく発信しなければいけないと、ずっと考えていたことです。自分たちの持っているノウハウや知識を世間に堂々と発表して共有する。ただ、以前は手段があまり分かっていなかったのです。
もう1つは、社員に成功体験を経験してほしかったこと。今の時代に本を売って成功体験を得るのは難しい。そこで例えばお客様に「YouTube面白かったよ」とか「いい番組だね」とか、ポジティブな声をかけられると、じわじわと成功体験になると思いました。
本業を活かせるはずの「本の紹介動画」が、まったくおもしろくなかった

−−−−書店のYouTubeなのに、内容は本と関係ないことが多いのはなぜですか?
最初は、本の紹介の動画を数本作ったのですが、誰がどう見ても面白くないものしかできなかった。本って要約してしまうと面白くないのです。他にも、装丁の権利の問題、ネタバレの問題など、実は制約が多いのです。作家本人が出てくれれば話は別ですが。
そんなわけで一度は失敗して、現場は「もうやめましょうか」と言ってきたのですが、せっかくアウトプット手段として見つけたYouTubeだからもう少しやってみようと、外部のプロデューサーに相談しました。
−−−−「R.B.ブッコロー」という独自のキャラクターはどうして生まれたのですか?
昔のTVKの音楽情報番組「saku saku」と「マツコの知らない世界」を掛け合わせたらどうだろう…といった議論を経て、じゃあキャラクターを作ろうということになりました。
ブッコローはうちの従業員とその子供たちで考えたキャラクターで、フクロウだと耳が閉じているから、情報がたくさん入ってくるように耳が立っているミミズクにしようとか、あれこれみんなでワイワイやりながら決めたようです。
−−−−ここまで人気が出た理由は何だと思いますか?
最初の回に出た社員が、「自分の好きなものを、熱量をもって勧める」というコンセプトに、これほどぴったりの人間はいないような人物でした最もラッキーだった点ですね。
キムワイプという商品を紹介したのですが、「キムワイプ、有隣堂で買えるんですか」「買えません」という締めのやりとりも、その後の番組の運命を決めたと思っています。「それでいいんだ」、という意味で。
それからはプロレス好きがプロレスを語ったり、歌を歌う人が出てきたり。本に関係なくても、従業員が熱量を持って紹介できるものを紹介する、というベクトルで走っていったのです。
−−−−番組の効果はどのようなものがありましたか?
今、図鑑を売るのがとても難しい時代なのですが、有隣堂全体で図鑑の仕入れが450冊のところを、35秒で500冊売れてしまったことがあります。YouTubeの生配信中に買うと、ブッコローと人気編集長のイラストが描かれたシールがついてくるという企画をやりました。
シールだけならお客様はそこまで反応しませんが、同じ時間をみんなで体験して、そこで買った証としてのシールがつく、となると、みんな買ってくれるのですよ。これはクリエイティビティ以外の何物でもないと思います。
有隣堂がstay uniqueであるために
−−−−社員さんのマネジメントについての考えをお聞かせください
「あれをやれこれをやれ」と言うよりも、「あなたの一番いいところをフルに回してください、その当てどころを会社が考えますから」と言う方が、結果はうまくいくような気がしていて、そういうマネジメントを心がけています。
とにかく他と同じことをやるのが嫌で、「stay unique」を合言葉にしているのですが、そのためには自分の好きなことをやってもらってその能力の発揮しどころを見つけるようなマネジメントが一番適していると思います。
「stay unique」は、ニューヨークで知り合った独立系書店の店長が、「ケンタロウ、とにかくstay uniqueだよ」と言ったのを、そのまま使わせてもらった言葉です。
−−−−有隣堂のユニークさや強みはどこにあるのでしょうか。
あまり規制がないところで自由にものを考えられる従業員が、それぞれの強みや趣味嗜好によってやりたいことをやれる、というマネジメントシステムが完成すれば、結果ほかと違うものが出来上がるんじゃないかと思っています。
理想の店の姿があるのではなく、「Aさん、Bさん、Cさんがいるから、よそにはないこの店ができたね」というところを目指している書店は今、大手の中で弊社だけだと思います。
以前ある女性従業員が、一番の弊社の顔といえる横浜駅西口の店舗で、官能小説を売りにしている「フランス書院」の面出しフェアをやったのです。皆、よくやったと拍手喝采でした。私も初めはドキッとしましたが、そういうことができるようになったという点では、ちょっと嬉しかったです。
個人の力を最大限引き出す風土を作る
−−−−入社当時、書店にはクリエイティビティがないと感じていた松信代表ですが、今振り返ってみていかがですか?
メーカーとして物を作り出しているわけではありませんが、逆に誰が作ったものでも取り扱えるというのが小売の特権なので、集めて編集することで他にはないものを作り出せる、という意味では、「小売業も全くクリエイティビティがないわけではないな」というのが最近至った境地です。そこをもっと突き詰めていきたいと思います。
−−−−有隣堂は今後、また次世代ではどうなっていきますか?
どんな人でもあるはずの知的探究心を刺激して、出会ったことのない本や情報と結びつける。そこに特化していかないと、本を売るだけではもう無理だと思っています。
必要な本はamazonで買えばいい、それがもう世の中の流れです。だとすると、目的外の本に一期一会で、どれだけ出会ってもらって、その場でどれだけ買ってもらえるかが書店の勝負になります。
一人の人間の力が1+1、1+1、と足し算で結びついた時が一番強くなれます。その個人の力を最大限引き出す風土ができた時は、中小企業は大企業と戦うこともできる。そんな環境を整えて、次の代に渡せればいいなと思います。
創業家だろうが、従業員だろうが、アルバイトだろうが、所属している人たちがみんなやりたいことをやって、自己実現、自己成長できる、そのために使うツールが有隣堂である。そんなあり方が実現できるといいなと考えています。
プロフィール
株式会社有隣堂 代表取締役社長 松信 健太郎 氏
1972年、福岡県生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、弁護士を目指すが断念。2007年に株式会社有隣堂に入社、主として店売事業部門を担当する。2012年取締役、2019年9月取締役副社長。2020年に代表取締役社長。神奈川県や東京都を中心に、カフェや雑貨店などを併設する複合型書店を展開。2020年から始めた社員出演のYouTubeチャンネル「有隣堂しか知らない世界」が話題を集めている。
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