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TOP 経営戦略 DX農業のトップランナー、栃木の企業「農家が困ったときの私たちでありたい」 全寮制で最先端スマート農業教育も、社長は30代の元銀行員
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DX農業のトップランナー、栃木の企業「農家が困ったときの私たちでありたい」 全寮制で最先端スマート農業教育も、社長は30代の元銀行員

農業にもDX化の波が押し寄せている。栽培管理や環境への配慮、流通出荷などで、「持続可能な儲かる農業」への変革は、食糧問題や環境問題の観点からも待ったなしだ。こうしたDX化をサポートする企業が「誠和」(栃木県下野市)だ。もともとは農業用ハウスの建設などが主力だったが、近年は、DX栽培に必要な機械の開発や、最先端の栽培技術を学べる「全寮制」のスクール運営など、事業内容をどんどん広げている。2021年に代表取締役に就任した大出浩睦氏(38)に快進撃の秘密を聞いた。

農家をトータルサポート

――誠和の事業内容を教えてください。

設立は1971年で、今年で53年目です。創業者は祖父で、その後親戚が2代目に就任し、3代目が私の父です。私は2021年、34歳で4代目に就任しました。

誠和は、農業関係者向けの総合メーカーです。設立当初は、農業用ハウスなどの機械設備を作るのがメインの事業でした。そのうちに農業用ハウスの建設支援も始め、最近ではスマート農業といったDXが進む中、最新の技術を農家に伝えるための教育研修事業も開始しました。

「農家として独立したい」という方の就農支援や、作物の販売支援にも取り組み始めました。要は、農家のトータルサポートをしている企業です。

わからないことだらけのなか、意地で成功させた新製品開発

――幼少期から家業を継ぐ意思があったのですか?

祖父や父から「いずれは継げ」と言われて育ってきて、反発した時期もありました。言われた通りにやるのは嫌な性質なので、就職活動はすべて自分で決めてやりました。でも、父からは何も言われませんでした。大学で法律や経済を学び、卒業後は三井信託銀行に入行し、リテール部門に配属されました。

――誠和に入社した経緯は?

銀行に入行して何年かすると、父から「銀行は30歳でやめて誠和に入れ」と言われました。そのとき、私は銀行の仕事がとてもおもしろく、辞める気はなかったので、「40歳までは続ける」と反論して父と議論が続きました。それでも結局、やっていた仕事のひと区切りがついた29歳で、覚悟を決め、納得して誠和に入社しました。

誠和に入社して最初の1年間は海外研修で、アメリカでの語学研修とオランダでの農業研修に行きました。帰国後は営業に配属されるのかと思ったら、製造部門である研究開発部に配属され、部長となりました。

――銀行から総合農業メーカーに入社して、戸惑ったことは?

分からないことばかりでした。私が配属された当時、誠和は農業関係の総合メーカーであるにもかかわらず、新製品が出せない時期が続いていました。父からは「この状況をなんとかしろ」との指示を受けました。「誠和の第一の柱はメーカーなのだから」と。

農家を支援する製品を納品するのが第一の柱で、その延長に建築支援という第二の柱がある。その次の段階として、教育研修や新規就労支援という第三の柱がある、ということです。

CO2発生器で最初の成功

――研究開発部ではどんな仕事をしたのですか?

2019年にノーリツとの共同研究で、熱の出ないCO2発生器「真呼吸」を開発しました。農業用ハウス内の二酸化炭素濃度を管理し、光合成のパフォーマンスを最大にする機械です。

私は、ITも「ものづくり」も全く詳しくありません。分からないことだらけでしたが、現場に協力してもらい、もはや意地でやり抜きました。この製品は、久々にヒットした新製品となりました。

――未経験の業界で成功を収めた要因は何でしょうか?

「どんな手段を使ってでもこの製品を実現させなければ」という強い気持ちがありました。その底流にあったのは、「この製品は、本当に農家の役に立つ」という信念です。

銀行勤務時、2年目研修で本部から言われたのですが、「数字は追いかけるものではない、やることをやっていれば数字が追いかけてきてくれる」と。今も心に残っている言葉です。当時の私は、顧客の利益を追求すべきか銀行の利益を追求すべきかで悩んでいましたが、その言葉で自分のやるべきことがシンプルになったような気がしました。

最近では「パーパス経営」という概念が広まっていますが、企業とはそもそも、世の中や人のための役に立ってこその存在です。だから誠和の代表に就任してからも、社員全員に対して「大義のために仕事しよう」とたびたび伝えています。

父はDX農業のカリスマだった

――先代の3代目社長とはどんな関係性だったのですか?

父とは衝突することもあります。でも、お互いが一生懸命やっている証拠で、意見の衝突があるのは当然だと考えています。

父はカリスマ性がとても強く、この業界で「大出祐造」という名前を知らない人はいないでしょう。でも、父が代表に就任したとき、誠和の業績は低迷し、就任後数年間くらいは苦しんだそうです。

2011年、父は農業用ハウス内の温度や湿度を計測する環境測定装置「プロファインダー」を開発しました。これがヒットし、「DX農業の第一人者」という評価を受け、誠和はV字回復を果たしたのです。

――「プロファインダー」のヒット要因は何だったのでしょう。

農業用ハウス内の温度や湿度、CO2濃度、日射量などをモニタリングして計測する装置です。従来は各農家が「このくらいの温度だな」と感覚でやっていたのですが、各要素を数値化したことで、効率が格段に向上しました。

環境制御という考え方はいまでこそ一般的ですが、父はその元祖ともいえる存在。現代では、環境制御はスマート農業の基礎となっています。

――3代目は教育研修も始めたそうですね。

環境制御という考え方を伝えなければということで始まったのが、教育研修事業です。また、新規就農を目指す研修生が独立するときには補助金が必要ですが、弊社には補助金に詳しいスペシャリストがいて、新規就農支援もスムーズに始められました。

メーカーの「製品開発」という強みを超えて、さまざまな事業が生まれているのです。父が掲げていたのは「魅力ある農業社会創り」という理念でした。私も共感し、今も引き継いでいます。

全寮制の農業研修とは

――教育研修や新規就農支援を行なう意義は?

私たちは、あくまで農家のサポート役です。教育研修事業にしても、主体となるのはあくまで農家です。

3代目である私の父が始めたのは、最先端の技術を体験できるトマト栽培施設「トマトパーク」での研修事業「トマトパークアカデミー」です。次世代の農家が1〜2年、全寮制の施設でトマト農業をみっちり体験し、独り立ちできる技術や知識を身につけます。

父がよく言っていたのが、「我々が持っているノウハウや情報は、どんどん表にだしてこそ情報が集まるものだ。情報を出せば出すほど、農業をやりたい人が誠和に集まってくる」と。今、研修事業はトマト以外の作物に拡大し、「誠和アカデミー」としてブラッシュアップを続けています。

――どのようにブラッシュアップしているのですか?

父が取り組んだ研修事業は農家向けでしたが、私は農家の周囲も支援しようと考えています。たとえば、地方自治体の農業改良普及員やJAの営農指導員などを対象に、スマート農業の技術やDX、カーボンニュートラルなどをテーマとした出前講座や研修を実施しています。

時代や社会の変化によってニーズは変わり、新しい技術がどんどん生まれます。しかし、それを使いこなすのは難しく、誰かが使い方を教えなければなりません。新しい技術をより多くの人に届けていきたい、そして農家が困ったときには「誠和に聞こう」という存在でありたいのです。

――事業承継後、代表取締役社長として重視していることは?

私はまだスタートラインに立ったばかりですから、今の時点で承継が成功したかどうかはわかりません。成功に至るための道にいるという感じです。いまは、必死に働くということしか考えていません。社員167人全員が同じ方向を向いて進むというのは、非常に難しい。だからこそ、会社の先頭に立っている私が、真剣に仕事に取り組むことが必要なのではないかと考えています。

会社や従業員のことも大切ですが、誠和の根幹は「農家のため、農業業界のため」という大義にあります。先にお話ししたように、やることをしっかりやっていれば、業績などの数字は勝手に追いかけてくるはずです。だから私がやるべきことは、社員の誰よりも仕事をすること。そうでなければ、きっと誰もついてきてくれません。

大出浩睦プロフィール

大出浩睦(おおで・ひろのぶ)

1986年生まれ。新卒で三井住友信託銀行株式会社に入社。2016年に誠和に入社し、1年間の海外研修期間を経て2017年に研究開発部部長兼生産管理部長に就任。研究開発部部長、統括本部部長兼研究開発部長、取締役営業部長を経て、2021年から現職。

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賢者の選択サクセッション編集部

日本の社会課題である事業承継問題を解決するため、ビジネスを創り・受け継ぐ立場の事例から「事業創継」の在り方を探る事業承継総合メディア「賢者の選択サクセッション」。事業創継を成し遂げた“賢者”と共に考えるテレビ番組「賢者の選択サクセッション」も放送中。

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