COLUMNコラム
新社長は「失敗してもいいから、とにかくやれ」と言い続けた ゴミ処理のCO2を光合成に、JALとコラボで野菜を出荷 スマート農業を支える企業の挑戦
「スマート農業」や「DX」など、大きな変革期を迎えている日本の農業。そのなかで、最新の技術や製品で「農家のトータルサポート」をしているのが、栃木県下野市の農業総合メーカー「誠和」だ。4代目代表取締役社長である大出浩睦氏(38)は、2021年の就任後、農家の流通支援や脱炭素の取り組みなど、新しい挑戦を続けている。その秘けつは「ボトムアップ型」に社風を変革したことだという。
目次
レストランやホテルと農家をつなぐ、日本航空と始めた新サービス
――2021年に代表取締役に就任して取り組んだことは?
誠和は、農家を支援する機器や設備をつくることを事業の核としてきたメーカーです。「つくる」側のサポートはしてきたのですが、「売る」側には関与していませんでした。3代目の時代に取り組んだことがあるのですが、そのつど失敗していました。
でも、次も失敗するとは限りません。時代は変わり、「スマート農業」や「農業DX」など、新しい技術や概念がどんどん生まれています。だから、「農家が困っているのだから、もういちど流通支援をやろう」という話になったのです。
――「農家が困っている」という実情を、具体的に教えてください。
基本的に、農家は農作物をJAに出荷します。私たちはJAの存在を否定するわけではありませんが、販路としてJA以外の選択肢があってもいいと考えたのです。そこで、新たな販路開拓のサービスに目を付けました。
2024年4月23日から、日本航空とコラボレーションして「DO MARCHE(ドゥーマルシェ)」というプラットフォームをスタートしました。BtoB(企業間取引)のサービスで、一方のBは農家、もう一方はホテルやレストランです。
「DO MARCHE」のロゴは「D0(ディーゼロ)」と読めるのですが、それには「DAY 0」――「即日出荷」というメッセージを込めています。日本航空の流通力があるからこそできることで、佐川急便とも協業することが決まりました。陸路も空路も、強固な輸送網が強みです。
――「DO MARCHE」の特徴をもう少し教えてください。
農家が農作物を出荷し、それを買い手が選ぶのがこれまでの流通です。一方、「DO MARCHE」は、買い手側のホテルやレストランの「こんな農作物がほしい」というニーズから生産者を探し、マッチングさせるというのが新しいところです。
通常のサプライチェーンでは「売り手が供給して買い手が選択する」というスタイルですが、DO MARCHEでは「買い手のニーズから売り手が供給する」というデマンドチェーンの性質も備えています。農家が「売る先」を選べるという点で画期的なプラットフォームだと考えています。
――「DO MARCHE」の構想はどのように着想したのですか?
着想したのは代表就任前で、当時は部長でした。ある日、私の所属する研究開発部の社員と飲んでいたときに、彼が「部長、誠和のいまの売り上げは50億円くらいですが、流通支援事業をやったら1000億円くらいにできますよ」と言ったのです。
話を聞かせてもらうと、非常におもしろい。そこからこの事業がスタートして、必死になって流通のサービス開発に取り組みました。
私自身、もともと流通支援に興味を持っていたのですが、父の代の失敗の経験もありましたから、二の足を踏んでいました。この社員から話が出たことで火がついたのです。
カリスマ社長の後継、課題はトップダウンからボトムダウンへの転換
――代表就任後、誠和にはどのような課題がありましたか?
代表に就任して注力しているのは、組織の体質をボトムアップ型に変えることです。3代目である父がカリスマだったせいか、誠和は長い間トップダウン型が基本でした。父が社長を勤めていた12年間で、トップダウン型が組織にすっかりしみついてしまい、急に変わるものではありません。
社長室を開放して誰でも入ってこれるようにしたり、「とにかく失敗してもいいからやれ」と言い続けたりしました。
徐々にではありますが、流通支援事業のきっかけになった社員のように、若手社員の意識が変わりつつあることも感じています。
――どのような場面で変化を感じるのでしょうか。
たとえば、バックオフィスである総務は、基本的にお金を稼ぐ部門ではありません。これまでは「言われたことをやる」という風土だったのですが、いまは違います。「厚生労働省や経済産業省でこんな補助金があるらしい」ということを自分たちで見つけてきて、会社の利益になる取り組みを積極的に行なうようになりました。
同様にシステム企画部では、本来はシステムを開発する部門ですから、簡単にいえばお金を使う立場なわけですが、IT関連の補助金を見つけてきました。営業部門では、受動的な姿勢が目立ったのですが、「どんどん売っていこう」という攻めの姿勢を持つ社員が見られるようになりました。
このように、社員それぞれに「自分も会社に貢献しよう」という意識が芽生え、自らの意思で行動したり挑戦したりしているのは、自立型人材が育っている証しだと捉えています。社長室に、社員が「社長、ちょっといいですか」と相談にくるケースが増えたことを感じています。
ゴミ処理で出るCO2が、農作物を育てる仕組み
――ほか、近年注力していることを教えてください。
私の代になってから注力しているのが、脱炭素の取り組みです。ゴミ処理場や産業廃棄物処理施設は、CO2を放出します。政府が「2050年カーボンニュートラル」を掲げていますが、人口減少傾向とはいえ、ごみがゼロになるわけではありません。
そのなかでおもしろい取り組みをしているのが佐賀市です。佐賀市清掃工場では、ごみの焼却時に発生する排ガスから二酸化炭素(CO2)のみを分離回収する設備を設置し、CCUS(二酸化炭素回収・有効利用・貯留)プラントを使って施設園芸で利用するという取り組みを始めました。
ゴミ処理場と農業用ハウスを隣接させ、ゴミ処理で発声したCO2を農業ハウスに供給し、作物の光合成のための資源として活用するのです。
――誠和は、この取り組みにどのように関わっているのでしょうか。
これは佐賀市が主導で始めた取り組みですが、弊社もご縁をいただいて佐賀市の方々と交流するようになり、この取り組みを全国に広めたいという気持ちを強く持ちました。
そこで誠和の技術を活用し、「施設園芸エネルギーデザインシステム」を開発しました。このシステムにゴミ処理場が排出するCO2量を入力すると、「ここで排出されるCO2を使うと、このくらいの面積の農業用ハウスを運営できる、すなわちそれだけのCO2削減効果がある」ということがわかるのです。
ゴミ処理場からすれば、CO2を農家に売るわけなので、立派な収益になります。農業の方と工業の方をつなげるシステムです。2024年4月1日から開始しました。
農業から新しいサイクルを作っていきたい
――4代目としてどのようなビジョンを描いていますか?
誠和には、これまでの先代が一つずつ積み上げてくれたものが集積しています。私がそれを承継して、従業員にとっても違和感を与えることなく、次の承継に繋げていきたいと考えています。
もうひとつ、私は流通支援を始めて農家の「作る」から「売る」までのサイクルをつくりました。先の脱炭素でいえば、農業と工業がつながって循環するというサイクルをつくったわけですが、そのような良いサイクルをつくるのが私の役割だと考えています。
事業承継において、先代や周囲と衝突することはあるかもしれませんが、先代がやってきたことや作り上げてきたことの良い部分をしっかり理解して、それを次の良い流れにつなげていきたい。そのために取り組むべきことは、まだまだたくさんあります。私の事業承継は、まだ始まったばかりです。
大出浩睦氏プロフィール
大出浩睦(おおで・ひろのぶ)
1986年生まれ。新卒で三井住友信託銀行株式会社に入社。2016年に誠和に入社し、1年間の海外研修期間を経て2017年に研究開発部部長兼生産管理部長に就任。研究開発部部長、統括本部部長兼研究開発部長、取締役営業部長を経て、2021年から現職。
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