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「リストラしたら、2度と職人は戻らないよ」母の金言、歯を食いしばった3代目 そして、地方発ネクタイブランドは飛躍した

シャツのボタン付けなどの内職をする小さな縫製工場(こうば)から、日本の総理大臣が着用するネクタイブランド「SHAKUNONE'(シャクノネ)」を手がける企業に成長した「笏本縫製」(岡山県津山市)。急成長の立役者は、元美容師で3代目社長の笏本達宏氏(37)だ。コロナ禍の苦境にも、「職人を絶対にやめさせない」と雇用を守り続けていた笏本縫製に運も味方し、大きなチャンスをモノにした。笏本社長に、ピンチを乗り越えた経緯と、将来を見据えた理念を聞いた。

社長就任、はじめにトイレを…

−−−−社長に就任されることになった経緯を教えてください。

祖母が創業し、母親が2代目社長だった笏本縫製に、2008年に入社しました。その後、2015年に「SHAKUNONE(シャクノネ)」というネクタイブランドを立ち上げます。

自社ブランドの売上が、総売上高の20%ぐらいになれば、利益率も高いので、会社は何とか存続できるだろうと考えていました。

そのうち、自社ブランドの売上がOEM(※他社ブランドの受託生産)を逆転します。利益率も自社ブランドの方が高いので、メイン事業になっていきました。

当時、僕は専務の立場でブランドの営業を続けていましたが、さすがにこのままではよくないと思いました。2021年、コロナ禍に挑戦の姿勢を見せる意味も込め、社長に就任しました。

−−−−事業承継された際に、まず取り組んだことは何でしょうか?

二つあります。一つは、長年どうにかしたいと思っていたトイレのリフォームです。それまで会社のトイレは汲み取り式で、男女共用でした。

大家に交渉すると「やるなら好きにやって」という回答だったので、銀行からお金を借りてリフォームをしました。だから笏本縫製は、色んな所がボロボロですが、トイレだけはすごくきれいなんです。みんなとても喜んでくれました。

もう一つは、明確な「経営理念」を社員に伝えました。「お客様に喜びを」「作り手に目いっぱいの幸せを」という理念です。

努力をした結果、我々が幸せになれるかどうかという点が重要です。我々が幸せな状態じゃないのに物作りをしていると、お客様に伝わると思うんです。だから作り手の幸せを作るべきです。もちろん待遇面も含めて。そういう理念のもとでやっています。

先代社長の母「リストラしたら、仲間いなくなるよ」

−−−−コロナ禍に事業承継されていますが、経営状況は厳しかったのでしょうか?

2020年までは良かったのですが、2021年に大幅に売り上げが下がりました。自社ブランド「SHAKUNONE」の売り上げは伸びていましたが、OEMがガタ落ちしました。

当時の売り上げは7割が自社ブランドで、3割がOEMでした。でも、実際に手を動かす仕事量は逆でした。

OEMは昔に比べたら単価は少し上がっていますけど、あまり高くはないのです。でも、職人の手が止まらないだけの仕事量はありました。ところが、2021年にOEMが一気になくなりました。厳しかったですね。

−−−−リストラは考えたりしませんでしたか?

ずっと考えていました。さすがに誰か辞めてもらわないといけないんじゃないかと、先代だった母に相談したところ、「それをやったら、もう2度と職人さん戻ってこないよ」と言われました。

「私は苦しくても、それだけはやってこんかった。あんたは絶対チャンス作れる。でもチャンスが来たときに仲間がいなかったら、絶対乗り越えられないよ」と言われたので、歯を食いしばろうと決意しました。

すると、2022年にテレビ番組「Mr.サンデー」で、うちのネクタイが取り上げられました。このときの反響が凄くて、1時間で400万円分も売れたんです。3日で1千何百万みたいな感じで売れて、在庫はゼロになりました。

そこから予約注文を作るのに2カ月近くかかる状況になりましたが、2カ月待ちと案内していた分も1カ月半で納品できました。とんでもない仕事量でしたが、リストラを回避して人員がいたため、乗り越えられました。

自社ネクタイに合うスーツとは

−−−−ちなみにスーツの事業はどういった思いで始められたのでしょうか? 

「シャクノネ」の特徴は、シンプルさと奥深さで、派手で奇抜なデザインは多くありません。しかし、職人の技術で、エッジのふっくら感や、メリハリのあるシルエット、シルクの素材感を活かした光沢や、美しく引き締まった結び目を実現しています。

こうした特徴を守っていると、お客様から「シャツやってないんですか?」「スーツはないんですか?」「シャクノネのネクタイに合うスーツってどんなスーツですか?」という質問を度々もらうようになりました。

しかし、僕は自社のネクタイが似合うスーツというのが分からず、何も紹介できなかったんです。だったら自社でスーツも作ろうということになったのがスタートです。リサーチの結果、地元にスーツを作れる工場が1カ所だけ残っていたので、連携してスーツを作ることになりました。これが「つやまスーツプロジェクト」です。

1歳の息子に背中を見せたい

−−−−事業承継の際に、新たな挑戦や成長を実現する「事業“創”継」について、お聞かせいただけますか。

基本的には「体質改善」だと思っています。僕は一つの目標として「100年企業」を作りたいという気持ちがあります。単純に継続していくのではなく、新規事業も考えるようにしています。

経営しながら、次の世代が継ぎたいと思える形を作っていくべきだと思います。僕には1歳の息子がいるんですけど、どんどん挑戦していくことで、息子に「継ぎたい」と思わせられる背中を見せたいですね。

笏本達宏氏プロフィール 

笏本達宏(しゃくもと たつひろ)

1987年、岡山県津山市に生まれる。3人兄妹(妹2人)の長男として育つも、最初は家業を継ぐことは考えず、高校卒業後に専門学校に通い美容師として働く。その後、母親の体調不良を機に家業に入社。未経験の状態から縫製技術を学ぶ。自社ブランドのネクタイの売上アップに尽力したあと、2021年に三代目社長に就任。SNSでの情報発信や「つやまスーツプロジェクト」の展開など、常に新しい話題を提供している。

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賢者の選択 サクセッション編集部

賢者の選択サクセッションでは、⽇本経済の課題解決と発展のためには、ベンチャー企業の育成と併せて、これまでの⽇本の成⻑を⽀えてきた成熟企業∕中堅‧中⼩企業における事業承継をフックとした経営資源の再構築が必要であると考えています。 ビジネスを創り継ぐ「事業創継」という新しいコンセプトを提唱し、社会課題である事業承継問題に真摯に向き合うことで、様々な事業承継のケースを発信しています。 絶対解の存在しない事業承継において、受け継いだ経営者が事業を伸ばす きっかけとなる知⾒を集約していきます。

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