COLUMNコラム

TOP 経営戦略 社長と大喧嘩した後、社長から「面白かったよ」とメール クラフトビールのトップ企業、そのユニークな組織文化
S経営戦略

社長と大喧嘩した後、社長から「面白かったよ」とメール クラフトビールのトップ企業、そのユニークな組織文化

日本のクラフトビール醸造所の先駆けとして、1997年に軽井沢で誕生した株式会社ヤッホーブルーイング。現社長の井手直行氏は2008年、創業者の星野佳路氏(※星野リゾート代表)から、星野リゾートのグループ会社である同社を引き継いだ。個性的なブランディング展開とファンイベントなどの戦略で、他のクラフトビールメーカーの追随を許さない。井手社長に、その源泉となるユニークな組織文化について聞いた。

代表就任のきっかけになった星野さんとの口論

−−−−ヤッホーブルーイングを、どのような経緯で引き継いだのですか?

2006年、ある大手コンビニから「スポット販売」の提案がありました。1回だけ店舗で販売して様子を見よう、というものです。当時、クラフトビールブームの終焉で陥ったピンチから脱却し、インターネット通販も軌道に乗ってきたころでした。

「一度コンビニで手にしてもらえたら、その後もネットで買ってもらえる。いい機会だ」と思い、東京にいた星野とオンライン会議をしました。すると猛反対されました。

星野は、「いっときだけあってすぐ無くなったら、売れないから扱いをやめた、と消費者は思うに決まっている。大切なブランドに傷がついてしまうからだめだ」と主張しました。

議論しているうちに感情的になり、私が「社長がそんな風だから、会社は成長できないんですよ」と非常に生意気な言い方をしたら、すごく怒ってしまって。「お前、何言ってるんだ?」と怒鳴られました。

周りで聞いていた社員が驚き、「普段怒らない社長があんなに怒鳴るなんて、井手さんも終わったね」などと話していたようです。

「井手さんが社長をやったほうがいいね」

−−−−大論争からどうやって和解し、社長を継ぐことになったのですか?

口論した日の夜、星野からメールが来ました。これは昼間の続きだな…と、構えながらメールを開くと、「今日はおもしろかったね、久しぶりにいい議論をして楽しかったよ。井手さんが言うのも一理あるね、考えてみるよ」という内容でした。私は、子どもみたいに感情的だったのに、星野は私の意図を汲んでこんなメールを返してくる。その寛容さに驚きました。

2日後に再びミーティングをした時、「井手さんが社長をやったほうがいいね。私はあまり現場にいないし」と言われ、さらに驚きました。あんなに言いたいことを言って、クビになってもおかしくなかったのに…。

私の返答がまた生意気で、「いいですよ、社長になろうがなるまいがやってることは変わらないし、肩書きで仕事してるわけじゃないですから。ぼくがやったほうがいいかもしれませんね」と答えました。「ありがとうございます、務めさせていただきます」なんて、一言も言わなかったですね。

後日、星野があるインタビューで語っていたのですが、彼は同族企業にいたため、社員がトップの顔色をうかがいながら仕事をする環境が嫌だったようです。そのため「言いたいことを言える」フラットな組織になるよう日々取り組んでいました。

その中で、私は社長より消費者の顔を見て仕事をしていて、忖度せず言いたいことを言っていた。私に事業を任せようと思った理由の一つです。

就任後に取り組んだチームビルディングとその効果

−−−−2008年、井手さんは正式にヤッホーブルーイングの社長に就任しました。最初に取り組んだことは何ですか?

チームビルディングをきちんとやろうと思いました。我流ではうまくいかず、楽天が主催する3か月のチームビルディング研修に参加しました。そこで、人生観が変わるぐらいの衝撃を受けました。

それまで私は「あれをやれ!これをやれ!」と一方的に指示ばかり出していました。でも、以後は「あなたはどう思う?なんでそう思うの?ではどうしたらいいかな?」と皆の意見を聞くようにしました。

自分ができることは、皆も普通にできるという思い込みがあったのです。それを排し、人それぞれ個性があり、得意なこともあれば不得意なこともあると思うようになりました。組織を構成する重要な考え方を学んだと思います。

その後、見様見真似で私が講師役となり、社員に伝えていきました。3年ほどして、加速度的に売上げが上がり、成果がしっかりと現れました。

−−−−チームづくりのために、具体的にはどんなことをしたのですか?

互いの強みを生かして弱みをカバーして働く、という取り組みです。物事をどんどん実行する人と慎重な人がいたら、普通はかみ合いません。それぞれの資質をテストした結果を全員に公開して、「彼はこういうタイプの人だな」と共有できれば、「ここは彼に任せたほうがうまくいく」とチーム全体が感じられます。

互いを理解した上で、でこぼこを埋めるように強みと弱みを組み合わせてチームづくりをしていくと、本当に成果がどんどん出て、業績が上がりました。

また、全員がチームビルディングの素晴らしさを実感すると、人間関係も非常に良くなりました。普通の会社は、退職理由のトップは人間関係ですが、弊社は極めて少ない。仕事の話しかしないと意思疎通もしにくいので、プライベートも含めて自己開示してお互いを理解し合うと、良好な人間関係が生まれました。結果的に働きがいにもつながっているようです。

井手流「守破離」でヤッホー独自の文化をつくる

−−−−星野リゾートのグループ会社「ヤッホーブルーイング」を星野佳路氏から事業承継した井手さんは、現在のヤッホーブルーイングについてどのようにお考えですか?

仕事を楽しむことや、役職に関係なくフラットに意見を言い合うこと、お客さんを第一に考えること、そういう星野リゾートの組織文化に、私は誰よりも共感していました。自分自身が、星野と同じ価値観を持っていた面があります。

ただ、我々の組織文化は、それを受け継いだうえで、途中から独自に変わってきています。核となる大事な部分は一緒なんですが、ヤッホーはよりフレンドリーさやユーモアの部分が広がってきていると思います。

よく芸事などで言われる「守破離」というのが、当てはまります。星野のブランディングやマーケティングを理解して、その通りにやるところから始まったのが「守」。そこを破ってもう少しユーモアに振ってみようかな、という時代が「破」。

そして「離」は、ビールを中心に置いたエンターテインメント事業への展開です。星野はビール自体の味にこだわっていましたが、私はそれも大事にしつつ、もっと社員もファンも喜ばせることを志向しています。

ファンイベントや、ウェブでおもしろいコンテンツを配信するような事業の拡張の仕方はたぶん、星野ならやらなかったでしょう。独自事業の幅が増えても、核となる「ビールを大事にする」という方向性は全然変わっていなので、彼も温かく見守ってくれているのだと思います。

※記事中の星野佳路氏の敬称は、井手直行氏のインタビューに則し、略しております。

プロフィール

株式会社ヤッホーブルーイング 代表取締役社長 井手直行

1967年、福岡県生まれ。国立久留米高等専門学校電気工学科卒。大手電子機器メーカー、環境アセスメント事業会社、軽井沢の広告代理店勤務を経て、1997年、株式会社ヤッホーブルーイング創業時に営業担当として入社。2008年より同社代表取締役社長。「よなよなエール」を筆頭とする個性的なブランディング展開で、国内クラフトビールメーカー約600社の中でシェアトップを誇る。『ビールに味を!人生に幸せを!』をミッションに、新たなビール文化の創出を目指す。社内でのニックネームは「てんちょ」。

FacebookTwitterLine

賢者の選択 サクセッション編集部

賢者の選択サクセッションでは、⽇本経済の課題解決と発展のためには、ベンチャー企業の育成と併せて、これまでの⽇本の成⻑を⽀えてきた成熟企業∕中堅‧中⼩企業における事業承継をフックとした経営資源の再構築が必要であると考えています。 ビジネスを創り継ぐ「事業創継」という新しいコンセプトを提唱し、社会課題である事業承継問題に真摯に向き合うことで、様々な事業承継のケースを発信しています。 絶対解の存在しない事業承継において、受け継いだ経営者が事業を伸ばす きっかけとなる知⾒を集約していきます。

記事一覧ページへ戻る