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「オーガニックで会社を大きくする」は「客に嘘をつく」に近い/タオルの聖地・今治から風雲児が目指す、中小企業が救われる社会とは~イケウチオーガニック【後編】

タオルの聖地・愛媛県今治市のタオル企業「IKEUCHI ORGANIC(イケウチオーガニック)」は、熱烈なファンの支持を受け、消費経済社会の価値観をひっくり返すことを目指す。タオル界の「スティーブ・ジョブズ」と評される池内計司代表(74)と、緻密な経営者・阿部哲也社長(58)が掲げる「未来の航海図」とは-。

アパレルとは違う「熱烈ファン」

――池内代表の「お客様」を見据えた姿勢からか、ファンの熱量も非常に大きいですよね。2023年2月、有志の方が京都市営地下鉄烏丸線に「イケウチオーガニック70周年おめでとうございます」と応援広告をサプライズで出稿されたとか。

池内 驚きのあまり、呼吸困難を起こしました(笑)。全部で3枚ありまして、現在は譲り受けたものを、工場と検品の作業場、あとは一般の方も見られるようにファクトリーストアに飾っています。ファンの方から「池内代表ではなくて、職人さんから見えるところに飾ってください」と言われまして。地下鉄のフレームとまったく同じもので額装して、車内での風景を完全再現しました。

阿部 本当にありがたいことです。こんなに熱いファン、なかなかいないですよ。以前アパレルに務めていた時とは、温度感がまったく違う。ストアに立っていてもお客様と距離が近いのを感じます。何度もお越しいただいている方もたくさんいらっしゃいますから。

客の反応が会社を動かしている

――ファンとの意見交換も盛んだそうですね。池内代表による対面のトークイベントも各店舗で開催されています。

阿部 池内は現場でお客様と向き合うことで、生の空気を読み、掴んでいるんです。我々社内の人間もまったく知らないような構想すらお客様に開示し、その反応で方向性を決めています。

池内 実際にお客様に見せて、「これはダメだ」と発売を取りやめた商品もあります。ファンの皆さんはね、僕の動かし方を熟知しているんです。僕がムッとした時は「ああ、これは気にしているポイントだから何か答えを出してくるぞ」と。「怒らせたらやってくれる」とわかっている(笑)。

――お客様との関係性、生のやり取りを大切にしているのですね。

池内 そこにしか自分の判断軸がないんですよ。

阿部 私は池内と違って、どうしても在庫効率や資金繰り、利便性を考えてしまうんです。そうやって数字で見える軸で判断すると、想いが乗った商品は外に出ていかず、ブランドがどんどん薄まってしまう。

だから、池内が商品を考えてリリースするときには、私も含め社員の意見は聞かない方がいい。池内のアイディアを「どうやってお客様に知っていただくか」「長いスパンで主力商品に成長させるか」を考えるのが我々の仕事です。

「アイデアの泉」「顧客に届ける」正反対の2人

――池内代表が「アイデアの源泉」となり、阿部社長が「お客様に届ける術」を構築していく二軸体制になっているのですね。社長交代から7年が経ち、見えてきた課題はありますか?

池内 自分がもう社長ではないと気づくまでに3年かかっているんですよ(笑)。ここ4年でようやく、「中身を見るとああだこうだ言いたくなる。阿部が全部見ているんだから黙って判を押そう」と目をつぶるようになりました。

――阿部社長の実感はいかがでしょうか?

阿部 自分の中での棚卸がやっと進んだ気がしています。これまでは「どうあるべきか」論でずっと考えていたんですよ。もともと起業家の資質がなく、人に届く言葉も持ち合わせていませんから、機械的な運営に特化せざるを得なかったんです。

でもそれでは「感情がない運営」になってしまう。料理にスパイスを入れる匙加減は、体調によって異なりますし、正解なんてありませんよね。でも私は「経営に感情をどれくらいのせるべきか」という答えをずっと求めようとして、行き詰っていました。

「知らんものは知らん」も大切

――その状態をどのように脱したのですか?

阿部 「4つの軸」に分けて考えることにしたんです。「好きでありできるもの」「好きだけどできないもの」「嫌いだけどできてしまうもの」「嫌いでありできないもの」。このうち、「好きだけどできないもの」をやろうとしてしまうんですよね、人間ですから。でも組織の中にいる以上は手を付けてはいけない。今までの私は、「やってはならないことばかりやろうとしていたんだ」と最近ようやく気づきました。

イケウチオーガニックには、任せられる人材が大勢いるのだからと踏ん切りがついたんです。「知らんもんは知らんし、できんもんはできん」。私はどこまでやるべきなのか、が朧げながら見えてきたように思います。

池内 僕だって会社でできることはごく一部で、できないものはスタッフに完全に任せています。「ものづくりをしています」と言っていますけど、あくまでアイデアを掲げているだけで、自分では糸を紡げませんから。阿部は自分で糸を紡ごうとするでしょう(笑)。できないことを「できます」なんて言わなくていいんだよ。方針は明確に出した方がいいけど。

阿部 分からないままでは方針を出せない、と思ってしまうんです。それでうまく転がるパターンもあって、例えば「タオルの洗濯」がそうですね。今でこそ「タオルドクター」としてお手入れ方法をお伝えしたり、パナソニック洗濯機の「タオル専用コース」を監修したりしています。

でも、最初は洗濯のいろはなんて何一つ分からないまま、お客様との会話で浮かんだ疑問を研究していく中で、自分が洗濯にのめり込んでしまって…。

たまたま「タオルメンテナンスサービス」の展開などに繋がりましたが、すでにプロフェッショナルがいる場合は任せないと混乱を招きますし、本業に支障を来します。池内はそこの線引きが非常に明確です。今までの私は過干渉で、従業員が自主的に考える機会を奪っていました。
今後は、建設的な意見が活発に交わされる空気を作っていかねばと思っています。

消費経済のゲーム、情報公開でひっくり返す

――池内代表の今後の展望はいかがでしょう。頭の中には「ブランドの航海図」が描かれているとのこと。最終的に到達したいものづくりとは?

池内 原材料を商品化し、お客様の手に渡るまでの過程は不透明ですよね。うちは他社に比べたら圧倒的に公表していますけれど、それでも全ての開示はできていません。隠し事が一切なくなれば、お客様はあらゆる視点で物を選べる。

そのために、どこまで僕らが裸になっていけるか。そこを進めないと新しいお客様は次々に入ってきてくれません。うちのような小さい会社だからこそできる取り組みですし、「イケウチオーガニックの透明性が支持されている」と分かれば、他の会社も少しずつ変わってくれるかもしれません。

――御社を起点にどんどん広がっていく可能性がありますね。阿部社長の展望はいかがでしょうか?

阿部 池内が申し上げたように、現代では「消費経済」というゲームに最適化することを求められています。
「透明性」に関する情報開示よりも、直接消費の動機に繋がりやすい「見た目の変化」や「機能・付加価値の追加」の情報が重視されているように感じます。

でも、その裏ではトレードオフによって失われているものもあるわけです。そちらの方が実は大事なんだけれども、そこに目を向けていたら資本経済のゲームでは負けてしまう。

池内が引っくり返そうとしているのは、そこなんですよ。時代の空気を読んでアジャストしながらも、「ちょっと先」を行き続ける。その匙加減を見極めながら、軸をブラさず邁進したいと思っています。

ポスト「スティーブ・ジョブズ」は?

――現在の二軸体制は、対照的な2人だからこそ確立されているように思います。次の事業承継をどのように考えていますか?

池内 おっしゃる通り、僕と阿部が正反対だからこそうまくいっています。僕もいつまでも代表でいるわけにはいきませんし、阿部と真逆のタイプをもう一人育てておかないと、社が違った方向に行くおそれがあるなと。

――阿部社長いわく、池内代表はタオル界のスティーブ・ジョブズという異才。ポスト池内代表の育成となると、10~20年がかりの大仕事では?

阿部 必ずしも池内と同等の資質を持っている必要はないと思います。大変ラッキーなことに、我々には「お客様」という言わば社外監査役が大勢いらっしゃる。うちの歴史をよくご存知ですし、池内のような眼をもって「ブランドとしてブレているんじゃないの」と姿勢をバシッと正してくださる。そこは大きな強みです。

会社の在り方も今後5年で一変すると感じています。中小企業の社長が意思決定権を掌握する「ヒエラルキー型」ではもう回らなくなっていく。特定の能力に長けた方が有機的に集まってくる「プロジェクト型」で、一丸となって社会を良くしていく方向になるのではないでしょうか。
その意味でも、我々のブランドを芯まで理解してくださっているお客様の存在は何物にも代えがたい財産です。

オーガニックで会社を拡大することには興味が無い

――お客様の眼差しに支えられながら、御社の理念を変わらず追求していくと。

阿部 そういう考えの人じゃないと、イケウチオーガニックにはこないと思うんですよ。というか来られない。

池内 阿部に巡り会えたのも、運が良い悪いというより、そうした人材を引き寄せるものづくりをしていたからです。それを続けている限りは、阿部が「欲しい」と感じる人たちもうちに入ってきてくれる。私が「お金にしか興味がない」と言っていたら阿部は入社していなかったでしょうしね。

おそらく、皆さんが思っている成長と、我々が望んでいる成長はまったく意味が違うと思うんです。「オーガニックビジネスで社を大きくしよう、たくさん売ろう」というのは、「お客様に嘘をつく」ことに限りなく近い。そこには興味がありません。お客様に近いところで物を販売していきたい、それが唯一の望みです。

子どもが継がず寂しい…ではない!

――最後に事業承継をされた方、これから臨まれる方へのメッセージを頂戴できますか?

池内 僕は周りから「子どもが継がなくて寂しいね」と言われてきました。でも僕にとっては、イケウチオーガニックというブランドそのものが子どもと同じくらい大好きな存在なんです。

だからこそ、永遠に続いてもらわないといけませんし、そのためには親族内外問わず「一番ふさわしい人」に継いでもらわないといけない。親から子への承継ばかりなのは、資金繰りの問題です。
金融機関が親族外後継者への融資に難色を示す限り、中小企業は残らないですよね。

阿部 いみじくも池内が申し上げたように、上場企業と中小企業では事業承継がまったく異なります。今のままの仕組みだと、中小企業は親族に頼らざるを得ない。

金融の話が出た通り、資本主義経済下においては他に選択肢がないわけですが、この無理がある仕組みは早晩崩れると思います。

――御社はどのように金融の課題をクリアしたのでしょうか?

阿部 鎌倉投信さんの存在が非常に大きかったですね。 中小企業を理解して、資本と同等の扱いのもと当社が発行した社債を引き受け、ロングスパンで支援してくださっている。

普通のファンドでしたら出口ありきですから、絶対にやっていけません。その点、うちは非常に恵まれていたというか、レアケースだと思います。

ただ、この仕組みが広がっていけば、中小企業でも血族以外の方が継ぐことが可能になる。一番の問題は資金繰りですから、ぜひイケウチオーガニックのケースを実験台にして、ひとつでも多くの中小企業を救ってほしいですね。

そして忘れてはならないのは「この事業が続いた先にどういう社会があるのか」をきちんと想定しておくこと。そうでなければ、社の存続すらできない状況に陥ってしまいます。全ては時代と空気が決めること。

目指すべきものを見据えて、タスクをひたすら実直にこなしていく。これは経営者だからではなく、人としてやるべきことだと思います。

社長としては、とにかく「社を継続させる」。池内が私を「いつか経営者に」と採用したことは知りませんでしたが、私もここで働くと決めた時「何としても社を未来に繋ぐ」と誓いました。
あの時灯った「継続」の意志だけは、揺るがずに燃やし続けたいと思っています。

※こちらの記事は追記・修正をし、2024年2月8日に再度公開しました。

前編|病に倒れた”タオル界のスティーブ・ジョブズ”が社長に指名したバイト出身の男/聖地・今治で「赤ちゃんが食べられるタオル」を目指して

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IKEUCHI ORGANIC 株式会社 代表 池内 計司(イケウチ ケイシ)

一橋大学を卒業後、1971年に松下電器産業(現・パナソニック)に入社。1983年、父が創業した池内タオル(当時の社名)に入社し代表取締役に就任。先進的かつ独創的な高い技術力に加え、風力発電100%による工場稼動や業界初のISO14001認定など、業界の風雲児として注目を浴びる。2016年にIKEUCHI ORGANIC株式会社・代表取締役社長を退任し、代表に就任。

IKEUCHI ORGANIC 株式会社 代表取締役社長 阿部 哲也(アベ テツヤ)

1991年、慶應義塾大学を卒業後、証券会社に入社。小売チェーン店へ転職し、販売促進、新業態開発、基幹システム導入に携わり管理部門取締役を経て退職。2009年に展示会のアルバイトとして巡り会ったIKEUCHI ORGANIC株式会社に入社。2016年6月よりIKEUCHI ORGANIC株式会社・代表取締役社長を務める。

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