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病に倒れた”タオル界のスティーブ・ジョブズ”が社長に指名したバイト出身の男/聖地・今治で「赤ちゃんが食べられるタオル」を目指して~イケウチオーガニック【前編】

「結婚10周年の記念に、ダイヤモンドの指輪ではなく、タオルケットを選びました」―。そんな熱烈なファンが支持するタオルメーカー「IKEUCHI ORGANIC(イケウチオーガニック)」。タオルの聖地・愛媛県今治市で、オーガニックコットン100%にこだわった製品を作り続けている。2003年に取引先の倒産の煽りを受けて連鎖倒産するという辛酸をなめたが、自社ブランドを確立して不死鳥の如く復活を果たした。その立役者の2代目・池内計司氏(74)=現・代表=は2016年、病気で社長を退任し、バイト出身の社員・阿部哲也氏(58)を新社長に抜擢した。「経営者として正反対のタイプ」という2人は、どのように事業を受け継いだのか-。

大量出血、病室で「社を頼む」

――阿部社長は2009年、アルバイトとしてイケウチオーガニック(当時の社名は「池内タオル」)の一員となられました。2015年から営業責任者を務め、2016年6月に3代目社長に就任。前社長の池内代表が入院されたことが、承継のきっかけだったそうですね。

池内 2016年の新年、僕が病気で倒れたんです。いったん退院したもののすぐに再発し、3カ月の入院を余儀なくされました。余命宣告されるような病ではなかったのですが、ひたすら出血し続け、入院後1カ月半で体内の血液の50%以上が他人様からもらった血になりました。僕は「大丈夫だろう」と構えていましたが、妻は「このままでは死んでしまう」と覚悟していたようです。

阿部 入院が想定以上に長引き、池内不在のまま決算を迎えたんです。当時の私は財務と営業の責任者を兼ねており、ステークホルダーから「来期はいったいどうするんだ」とものすごい圧で詰められていました。のっぴきならぬ状況をメールで池内に報告したところ、病室に呼ばれたんです。

傘もないのに否応なしに「ひょう」が降ってきて

――どのような心境でしたか

池内 我々のような中小企業は「経営者が病気で倒れた」とは社外に言えません。とはいえ、クライアントは弊社より大規模な会社ばかりですから、社長が出て行かないと礼を失する。そこで病室に阿部を招いて、呼吸器をつけたまま「社長としてイケウチオーガニックを頼む」と告げました。言われた側は断わりようがないですよね(笑)。ただ、僕はもちろん、従業員の誰もが「阿部の他に適任者はいない」と納得していたと思います。

阿部 社長就任前から外部とやり取りをしていましたからね。資質というより、私がその役を引き受けるべき状況でした。社長の自覚も何も、目の前にあるタスクをこなさないといけない。傘もないのに雹(ひょう)が否応なしに降ってくると言いますか。体を曲げたり反らしたりして、雹が当たる面積をどれだけ少なくできるか必死で考えていました。

父と息子に妥協はないから…

――池内代表にはご子息、ご息女もいらっしゃいますが、そもそもなぜ「ファミリー外」の方に承継したのでしょうか?

池内 現在、国内のタオル業界は非常に厳しい状況です。要因の一つは、輸入タオルの攻勢です。かつて1%未満だった輸入率は今や80%にのぼり、そのぶん国内の会社が潰れてしまう。今治タオル工業組合に加盟している企業も、1976年に約500社ありましたが、2023年には80社程度まで減ってしまいました。もう一つ、親から子への承継がうまくいかなかったことも、業界が傾いた要因ではないかと思います。

僕と阿部は、元社長と営業部長という関係性は築いてきたけれども、あくまで「他人」です。良い意味で遠慮がありますし、お互いの妥協点をもって、一段上のステップへと持っていける。親子の場合は相当難しい。とくに男と男、つまり父と息子は妥協がありませんから。うまくいかずに家を飛び出した息子を何人も知っていますし、そうして根絶した会社も見てきました。

――池内代表自身は、創業者のお父様が急逝されたことで、跡を継がざるを得なかったのですね

池内 まさに青天の霹靂でした。親父には「会社に来るな」と言われていたんです。実家に近かったので、大学生になるまでは足を運んでいたのですが、「お前みたいな遊んでいる奴が来る場所じゃないんだ」と18歳の時にぴしゃりと締め出されまして。それから33歳で2代目に就任するまで、社の敷居は一切跨ぎませんでした。

子どもを成り上がらせてはいけない

――お父様がそこまで強く線を引かれたのはなぜだったのでしょう。

池内 うちのような小さい会社だと、経営者の子は入ってすぐトップに就くでしょう。コツコツと勤めてきた人にとってはすごく屈辱的なことです。僕自身、新卒で松下電器産業(現パナソニック)に入社した時に「縁故採用者と扱いが違うな」と思いました。同時に1000人が入る大企業ですらそう感じるのに、こんな数十人しかいない会社で子どもを成り上がらせたら、従業員の労働意欲が落ちますよ。

――だからこそ、ご自身の子どもたちに対してもお父様と同様のスタンスを貫こうと?

池内 継がせる気は初めからありませんでした。息子なんて産まれてから一度も会社に来たことがない。娘は承継の意思を一時見せていましたが「いきなりうちに来ても使い物にならない。ちゃんとした会社で研鑚を積みなさい」とよそに送り出したら、就職先で結婚しまして(笑)。そのまま元気にやっています。

「絶対に社長」採用時から決めていた

――阿部社長を承継者に見据えたタイミングはいつだったのでしょう?

池内 正社員として雇うと決めた、その時からです。うちのような中小企業には、経営者としてのキャリアを積んだ人材がいません。だから息子に継がせることになるわけです。

阿部は大学できっちり教育を受けたかはわかりませんが(笑)、在学中の4年間で十分に学び遊んでいるし、証券会社やアパレルで働いた経験がある。しかも、うちが取引先の煽りで連鎖倒産し、再生の途上にあるにも関わらず入社の意思を示してくれた。非常にありがたい人材でしたね。「絶対に経営者になってもらわねば」と初めから決意していたので、社長にしないと自分の気持ちが収まりませんでした。

阿部 社長前提での採用とは想像だにしませんでした。職がなくてぷらぷらしている時に、アルバイトで拾っていただいた身ですから。「いつかは経営者に」だなんて、おこがましくて考えたことすらなかったですね。

タオル界のスティーブ・ジョブズ

――阿部社長は就任後のインタビューで「代表とはタイプが違う」とおっしゃっていましたね。池内代表も同じお気持ちですか?

池内 ええ、正反対です。「よくそんな判断できたな」と感じることもあります。阿部は阿部でそう思っているでしょうし(笑)。

阿部 私にとって、池内はスティーブ・ジョブズです。起業してブランドを打ち立てた人間は、事業にかける熱量の桁が違う。私は起業家精神など、ファウンダー(※創業者)特有の資質がゼロなんです。私から見ると池内の判断は非常に突飛なのですが、本人にしてみれば至極まっとう。そこが決定的に違いますね。

普通そこまでやる…?「食べられるタオル」

――池内代表の判断で、もっとも驚いたものは?

阿部 アルバイト時から驚かされっぱなしです。イケウチオーガニックが目指すのは「最大限の安全と最小限の環境負荷」。私の前職は小売業で、ものづくりの業界に身を置いていたからこそ「この企業理念を真摯に追求した場合、会社としてやっていけるのか?」という疑問があったんです。でも実際に取り組んでいる方が目の前にいる。「ええっ、どうやって実現しているんだ」と感じたのがファーストインパクトでした。

イケウチオーガニックは、自社で使用する電力を100%風力発電でまかなっていますが、お客様にはまったく見えないし、製品にも何も反映されない。でも、企業理念に則って「やるんだ」と。我々のテーマは、創業120周年を迎える2073年までに「赤ちゃんが食べられるタオルをつくる」ですが、普通そこまでやるかと(笑)。でも「最大限の安全と最小限の環境負荷」を突き詰めたら、そうあるべきなんですよ、本当に。

それと、池内は思い立ったら即行動。私は「この案を通すためにはどうしたらよいか」と周囲を見て調整しようとするタイプです。でも、完全な調整なんて無理じゃないですか。結局「落としどころ」にしかなりませんし。

池内 阿部はものすごく緻密に考えますからね。僕は動いてから方法を考える。阿部が出すアイデアの中身は悪くないんですよ。なぜあんなに下手なプレゼンをするんだと首を傾げていますけど。

阿部 プレゼン、下手なんですよ。池内は消費者に届く言葉を持っている。ブランド認知度を上げる力があるんですよね。

即却下!「ワインのようなタオル」

――お二人のコントラストを象徴するエピソードとして、人気タオル「コットンヌーボー」の誕生秘話がありますよね。ワイン・ボジョレーヌーボーのように、年ごとの風合いを味わうというコンセプトで、前年に収穫されたオーガニックコットンだけで作られている。阿部社長と友人のプロジェクトデザイナー・佐藤リッキーさんのアイデアですが、当初は池内代表の猛反対にあったとか。

池内 阿部の提案通りにやっていたら、おそらく1年でおしまいになっていたと思います。毎年違うアイデアを出さないと成り立たないですよ。「今年の品質は悪いですけど買ってくれますか?」なんて商品は、お客様に対して失礼です。

阿部 池内が申し上げた通りです。そもそもは「農産物に均質性を求めることは正しいのか?」という疑問から生まれたタオルなんです。今でこそ、プロジェクトとして評価されていますが、当初はサプライチェーン全体ではなく、製品の視点のみで考えていました。「ワインみたいに売ろう」という安易な発想ではありますが、タオルの原材料も農産物なんだよと気づいてもらうきっかけとして、世に送り出したいと提案したんです。

池内 でも僕たちは綿を作っているわけじゃない。タオルを作っている。もちろん、タオルにおける綿は相当重要ですけれど、それが全てじゃない。食材だけで味が決まるんだったらシェフは要らないでしょう。原材料の力をいかに引き出しカバーするかが、ものづくりのノウハウであり本質です。「原材料が違うから商品が違います」なんていうのは、プランナーの頭でしか考えていない馬鹿な話。阿部のプレゼンを受けて「そう言うなら、タオル屋を辞めて綿を作りなさい」とすぐに返しました。

阿部 まったく正論です(苦笑)。「コンセプトが薄っぺらい。表向きだけ綺麗で、続かないことをやってもしょうがないだろ。そもそも、糸は様々な時期に収穫されたコットンを混ぜ合わせて作られるから、年度ごとにきっちり分けるのは不可能」と手痛い指摘を受けました。

その後、幸運にも日本で流通していなかったタンザニアのオーガニックコットンを年度ごとに区切って管理できるようになり、実現に向けてググッと前進したんです。コットンを栽培する農家を応援するという社会的意義や、「結婚や出産年にちなんだ贈り物に」という価値を加えることで、ようやくプロジェクトとして成立しました。池内の言うことは「突飛なようで正しい」と、身をもって実感した出来事でしたね。

まとめ

池内代表の『自由なアイデア』と、阿部社長の『緻密な思考』。正反対の資質による化学反応は、これからどんな発展を遂げていくのか。後半では、イケウチオーガニックが、消費経済社会の価値観をひっくり返すことを目指して掲げた「未来の航海図」について2人が語る。

※こちらの記事は追記・修正をし、2024年2月8日に再度公開しました。

後編|「オーガニックで会社を大きくする」は「客に嘘をつく」に近い/タオルの聖地・今治から風雲児が目指す、中小企業が救われる社会とは

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IKEUCHI ORGANIC 株式会社 代表 池内 計司(イケウチ ケイシ)

一橋大学を卒業後、1971年に松下電器産業(現・パナソニック)に入社。1983年、父が創業した池内タオル(当時の社名)に入社し代表取締役に就任。先進的かつ独創的な高い技術力に加え、風力発電100%による工場稼動や業界初のISO14001認定など、業界の風雲児として注目を浴びる。2016年にIKEUCHI ORGANIC株式会社・代表取締役社長を退任し、代表に就任。

IKEUCHI ORGANIC 株式会社 代表取締役社長 阿部 哲也(アベ テツヤ)

1991年、慶應義塾大学を卒業後、証券会社に入社。小売チェーン店へ転職し、販売促進、新業態開発、基幹システム導入に携わり管理部門取締役を経て退職。2009年に展示会のアルバイトとして巡り会ったIKEUCHI ORGANIC株式会社に入社。2016年6月よりIKEUCHI ORGANIC株式会社・代表取締役社長を務める。

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