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「報酬1500万円?」遺族に迫る専門家を見てきたから 無料で大人気の相続税申告用ソフト「AI相続」を開発した理由

税理士に頼らず、誰でも無料で相続税申告書の作成ができるソフト「AI相続」は、2020年3月のスタートから、2025年3月までに累計17,000名が利用した。現在では税務署にも、ソフトの存在が認知され、2025年は年間約5,000人の利用を見込んでいる。開発・運営は、次世代へのバトンタッチに寄り添う相続関連サービスを展開する「株式会社みなと相続コンシェル」だ。開発の背景や、相続を取り巻くサービスを明瞭化したいという熱い思いについて、代表取締役の弥田有三氏に聞いた。

相続税申告書が自分で作成できる「AI相続」を開発へ

株式会社みなと相続コンシェル 代表取締役 弥田 有三 氏 

──「AI相続」を開発した背景について教えてください。

国税庁の資料(2024年10月)によると、相続税申告をする必要があった人の割合は、亡くなった人の約8人に1人で、非常に多くの人が相続税申告をしています。

しかし、相続税申告が必要となった人のほとんどは、税理士に手続きを依頼します。その割合は86.3%で、自分で申告する人が残りの13.7%しかいないというのは、いびつな状況といえます。

──確定申告は自分でしていても、相続税は専門家に依頼したくなるという気持ちも分かります。

所得税の確定申告は毎年するということもあって、自分で申告する人の割合は79.6%と、税理士関与割合は相続税申告とまったく逆の状況です。しかし、相続税申告と所得税の確定申告との間で、ここまで差があるというのは、計算の難易度という点から考えても自然な状況ではありません。

所得税の確定申告というのは、1年のお金の流れの一つひとつを適切に整理しなければならないので当然作業量は多く、結構大変です。実際、3月の確定申告シーズンが近づくと重い気持ちになる方も多いのではないでしょうか。

一方、相続税申告は、基本的に亡くなった日の時点での財産の集計に過ぎません。確定申告に比べるとデータ量は通常圧倒的に少なく、その意味での難易度は確定申告に比べ難しくないのです。

それでも、所得税の確定申告と相続税申告における税理士関与割合に大きな差があるのは、相続は人生で何度も繰り返すことでないからです。当然、確定申告と違い個人が相続税申告する機会は少なく、実際の難易度より高く見積もってしまい、意外に簡単にできるということに気が付く機会もないのです。

難易度に関してイメージと実態に大きなギャップがあり、それを専門家や金融機関はむしろ良しとして助長していました。しかし、家族たちは最後の手続きを出来るものならば自分たちでやりたいというニーズを持っていました。ならば、社会から必要とされているビジネスチャンスだと考えたのです。

そこで私たちは、税理士に頼らず相続税申告書が作成できるソフト「AI相続」を開発し、2020年3月からサービスを提供しています。

証券会社から転身、業務にあたる

──どのようなきっかけで、相続に特化した事業を展開するようになったのでしょうか。

私は新卒で証券会社に入りました。

根拠のない自信だけで、何の準備もしないで取り組んだ就職活動は当然惨敗。ようやく自分の状況に気づいて、どうにか希望の業界に入ったものの、入った会社は大手とはほど遠い地方地盤の証券会社でした。

何もかもが大手に比べて劣る状況で、偶然、恵まれたのが上司でした。今なら完全にブラックな働き方といえますが、自由な働き方を許してくれて、気が付けば自発的に会社の近くに転居して、早朝から深夜まで仕事をすることができました。

しかし、長時間働いても会社の看板がない状況では多くのお客様を作るのは至難です。そこで、多くお客様と作ることを目指すのではなく、一人ひとりのお客様を大切にして、長く深くお付き合い続けるマルチファミリーオフィスのようなスタンスに特化していきました。新卒当時のお客様とまだご縁がつながっていることは私にとって誇りです。

家族の味方にならない「専門家」を見てきたから

株式会社みなと相続コンシェル 代表取締役 弥田 有三 氏 

──やがて、証券会社から独立、起業の道を選択されたのですね。

2006年に独立した後は、金融仲介業者として証券会社と契約をしつつ、完全にマルチファミリーオフィスの形態に移行しました。運用はもちろんのこと、企業再生、家族内のトラブルの調整など、お客様のリクエストであれば何でもお手伝いしました。

当然、お客様の世代交代をサポートすることも仕事上の大きなテーマなのですが、その中で感じたのが相続に関わる専門家たちへの疑問でした。

相続の領域では、銀行、生命保険会社、税理士、FPなどいろいろな専門家がひしめき合っていますが、結局、自社の商品を売りたい人が多く、本当の意味で公平に物事を判断して正しいメソッドを提示してくれる専門家はごくごくわずかです。

特に、相続税申告の税理士報酬については不明瞭と言わざるを得ないケースがあります。

ある時、私が長年担当してきたお客様が亡くなりました。財産は、都心の自宅と約20億円の金融資産でした。自宅は路線価地域に整った形であり、金融資産も特別な評価をする必要のないものでした。しかも、亡くなった方は晩年認知症を患っていたため法定後見人をつけ、生前のお金の流れについて資料がそろっており、不明瞭な部分はありませんでした。

しかし、法定後見人だった弁護士から紹介を受けた税理士法人は、相続税申告の報酬見積りを約1,500万円としてきました。長年にわたりお客様をサポートした上での最後の手続きであれば理解できますが、そうでもないのにいわゆる「大手」が高額な報酬を出してくることに驚き、疑問は確信にかわりました。

相続の領域では、家族側の経験値が少なくサービスの良し悪しについて判断しづらいことをいいことに不明瞭なサービスが多くあります。

本来なら家族の味方になって寄り添わなければいけないのに、専門家が遺族に迫るような仕事をしている光景を何度も目の当たりにしたことが、相続関連の事業に取り組むようになったきっかけのひとつです。

──「AI相続」は、相続税にまつわる従来のイメージを払拭させています。

「先生」に頼ることなく、自分たちで相続のことを考えることができるようになると、もう少し自分の人生が豊かになり、家族にもやさしくなれるのかなと思います。

所得税の確定申告と違って、相続税申告の経験が積めないのは当然のことです。しかし、親との別れがいつか来るということは最初から分かっており、本来は準備ができることです。

「AI相続」のようなツールがあれば、専門家と契約せずに自宅に居ながら、親も子も現時点での相続税を詳細に試算することができます。そして、リアルに算出された相続税額という数値は、いずれ来る「その日」を強く想起させます。

家族がお互いに、今、当たり前にある日常がいつまでも続くことでないことを認識した時、きっと毎日は少し丁寧になると思います。

自分のエンディングノートに書いた、とうれしいメッセージ

──温かい利用者の声も届いているようですね。

高齢の配偶者を亡くした時に「AI相続」を使った場合、その方がもう一回「AI相続」を使うことは基本的にありません。次は自分の番だからです。「AI相続」をどれほど気に入っていただけても、継続的に利用される家族はいません。

ですが、「エンディングノートに『AI相続』を使ってほしいと記しました」というメッセージをいただくことが増えてきました。 親が子どもの顔を思い浮かべながら私たちのソフトを使ってくれているということに、大きな責任を感じるとともに、私たちが目指している方向性が間違っていないことを実感します。

──今後は事業をどのように続けていくお考えでしょうか。

規模を大きくしていきたいとは考えていません。社会に価値を提供し、プロとして正しく報酬をいただける会社でありたいと思っています。

おかげ様で「AI相続」と「代理人売却」は、新しい価値を作り出すことができています。同じような考え方で私たち以外にも取り組む会社がでてきて少しずつ広がっていったら、社会はいまよりきっと少し良くなると思います。

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弥田有三氏プロフィール

株式会社みなと相続コンシェル 代表取締役 弥田 有三 氏 

2000年滋賀大学経済学部卒業後、証券会社に入社。プライベート・バンキング業務を経て、2006年に独立。2018年株式会社みなと相続コンシェル代表取締役に就任し現在に至る。1級ファイナンシャルプランニング技能士。CFP。公平中立なアドバイスと、世代を超えた視点で資産運用・管理を行う。国内外の投資に精通し、自身も率先して積極的に運用。 

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