「人は数字では動かない」 職人の40%超が退職、若き3代目社長が編み出した謎の「ノリノリ手当」が会社を救った?

創業70年以上の歴史を誇る水門メーカー「株式会社乗富鉄工所」(福岡県柳川市)。公共事業減少により業績を下げていた家業を引き継いだのは、3代目・乘冨賢蔵代表取締役社長(39)だ。職人の大量離職や経営難を乗り越え、「ノリノリ手当」などのユニークな福利厚生を創設し、新規事業も立ち上げ、順調に業績を伸ばしている。乘富代表に、アイデアを生み出した背景や地域とともに歩む経営について聞いた。
目次
創業者の祖父、親分肌で「怖い存在」
ーー乗富鉄工所の創業の経緯を教えてください。
乗富鉄工所は、1948年に祖父の清藏が福岡県大川市で独立して始めました。祖父は職人で、焼却炉やポンプ整備など、幅広い仕事を手掛けながら会社を成長させていきました。
そして1969年に法人化し、公共事業を中心に展開、2000年初頭までは順調に伸びていました。
ーー幼少期、家業についての印象は?
正直、家業に関してはほとんど関心がありませんでした。祖父は子どもが会社に立ち入ることを禁じていましたし、親分肌の祖父は、私にとって怖い存在。自分とは全く違うタイプだと感じていました。
ーー大学進学を選んだときも、家業から距離を置きたいという思いがあったのでしょうか?
はい。大学進学を機に、家業とは関係のない分野でのキャリアを模索しました。その当時は、家業を継ぐことに対して具体的な意識は持っていませんでした。
新卒で入社した会社で生産管理のイロハを学ぶ

ーー新卒で入社した会社では、どのような業務を担当しましたか?
2010年に住友重機械マリンエンジニアリング株式会社に新卒で入社しました。造船所です。7年ほど働きましたが、そこでは生産管理を一手に担い、数十人規模の部署で業務を進める責任がありました。非常にハードな環境で、最初の数年は毎日辞めたいと思っていました。
ーー造船所でのキャリアで学んだことは?
その造船所では、日本でも先進的な「トヨタ生産方式」を取り入れていました。トヨタのコンサルタントが入り、工程管理や生産性向上を徹底的に行っていました。効率を追求する仕組みや考え方は、私のキャリアの基盤を作るうえで大きな影響を与えたと思っています。
ーーその経験は、乗富鉄工所に戻ってからも活きていますか?
実は、家業ではトヨタ式とは真逆のアプローチを取っています。水門業界では、職人が仕事を楽しみながら取り組む環境が大切だと考えています。効率だけを追求するのではなく、職人が創造的に働ける仕組み作りに注力しています。その理由は、後で説明しますね。
上司と職人の板挟みの日々…5年目での克服
ーー生産管理の仕事では、職人とのコミュニケーションも重要だったのでは?
当時の私は口下手で、職人と話すのが本当に苦手でした。上司と職人の間で板挟みになることも多く、毎日が試行錯誤の連続でした。
ーーどのようにして職人との関係を築いたのですか?
人と働く中で大切なのは、相手をどう動かすかを考えることだと気づきました。人間は数字だけでは動かない。物語やストーリーが必要なのです。仕事の背景や目的を伝えることで、職人の意識が変わることを実感しました。
ーーその気づきは、どのような経験から得たのですか?
最初の2〜3年は、本当に毎日辞めたいと思うほど辛い日々でした。バスに乗っているときに、『このままどこかに行ってしまえばいいのに』と思うこともありました。
でも、5年目くらいから職人たちとの関わりを自分なりに深め、苦手だったコミュニケーションを克服しようとしました。その経験が自信につながり、今の仕事にも活きています。
「家業が厳しい」――父からの連絡、大量離職の実情

ーー乗富鉄工所に戻られた経緯は?
造船所での経験を通じて自信がついたころ、父から連絡がありました。「家業が厳しいから、戻ってきてほしい」と。それを聞いて「私の力で何とかしたい」と思い、戻ることを決めました。
ーー入社当時の会社の状況は?
2017年の入社時点では職人が35人いましたが、それからの3年間で15人が辞めてしまいました。新しい人も入ってきましたが、それでも人員は減少傾向にありました。
ーー職人が辞めてしまった理由は何だったのでしょうか?
主な理由は、待遇の悪さや低賃金が原因でした。特に若い方はそれを理由に辞めていきました。また、人間関係の問題や、公共工事の減少による業績悪化も影響していました。
さらに、『ステンレス製の水門が改修工事を不要にする』という噂が広まり、将来性に不安を感じた職人たちが辞めてしまったのです。
ーー人が減ると仕事にも影響が出たのでは?
人手不足になると仕事を取ることが難しくなり、さらに職人が辞めるという悪循環に陥っていました。
雑談、大歓迎!? 離職理由からのアイデア
ーーこの状況をどのように改善したのですか?
まず、待遇の見直しを行いました。辞めた人の給与の8割を、残っている職人たちの給与に振り分けました。
また、福利厚生を充実させるために、年間2万円を趣味に使える『ノリノリ手当』や、本をいくらでも買える制度、奨学金半額負担制度などを導入しました。ノリノリ手当は、購入したレシートを提出してそのうちの2万円を支給という形にしています
ーーユニークな福利厚生ですね。社員の反応はどうでしたか?
とても好評でした。また、会社内での雑談を奨励し、社員とのコミュニケーションを活発にしました。その中で面白そうな福利厚生のアイデアが出てきたら、積極的に採用するようにしています。
ーーその結果、採用状況にも変化があったのでは?
はい。若手が安心して働ける環境を整えたことで、採用には困らなくなりました。従業員数も順調に増え、現在は75人。会社全体が若返っています。
プロフィール
株式会社乗富鉄工所 代表取締役社長 乘冨腎蔵氏
1985年、福岡県生まれ。九州大学卒、2010年に住友重機械マリンエンジニアリングに入社、2017年に現在勤める乗富鉄工所に入社、2024年に代表取締役社長に就任。ユニークな福利厚生や待遇改善を通じて組織改革を実施し、若手が活躍できる環境を整えた。また、乘冨氏が立ち上げた「ノリノリプロジェクト」では、オリジナル商品の企画販売を行っている。業界の枠を越えて、地域に根差した持続可能な企業経営を目指し、次世代を見据えた挑戦を続けている。
\ この記事をシェアしよう /