COLUMNコラム
「2代目こそ最強を証明する」――どん底の借金時代を超えて掴んだ、”お坊ちゃん社長”ならではのビジョンとは/田澤孝雄インタビュー

東京都多摩市の自動車修理会社、京南オートサービス株式会社で代表取締役を務める田澤孝雄氏。もうひとつの顔が、全国の後継社長が集う「2代目お坊ちゃん社長の会」代表理事だ。カリスマである先代の陰に埋もれ、役職はついても決定権はない……。「贅沢な悩み」と一蹴されがちな後継者の苦悩に寄り添い、分かち合うコミュニティを創設したきっかけとは。そして自身の苦い経験から生まれたという「継・守・破・離」のビジョンについて、熱い想いを伺った。
目次
「お坊ちゃん」と呼ばれる屈辱

――田澤代表理事ご自身も「2代目お坊ちゃん社長」とのことですが、お父様は不動産業を営んでおられるそうですね。
田澤 ええ。私も父の意向に従って、早稲田大学政治経済学部に入学後1年生で宅建を取得しました。しかし反発心が高まりまして、弁理士の道に進むことを決意し、アルプスアルパイン社に入社しました。経験を積み、25歳で弁理士に登録。サラリーマン時代は、知財業務のほかに財務、価値評価、VC投資、社内ベンチャー企業の立ち上げや運営など幅広い業務に携わりました。
――そして30歳を目前に家業へ入られました。先代への反発心に変化があったのでしょうか?
田澤 私は次男なのですが、兄に承継の意思がないことを知りまして。ちょうど子どもを授かったタイミングでもあり、これまで敬遠していた「父という存在」を見つめ、学ぶべきではないかという想いが生まれたのです。自問自答の末、家業を継ぐ覚悟を決めてアルプスアルパイン社に辞表を出しました。
ただ、反発心はそう簡単には消えません(笑)。父に、というより、自分を「父の息子」としか見てくれない周囲への苛立ちが強いのかもしれません。幼い頃から「お坊ちゃん」と呼ばれることに非常に抵抗感がありましたから。
――それでいながら、「2代目お坊ちゃん社長の会」と名付けたのですね。
田澤 いっそ自分で名乗って、ネタにして笑い飛ばそうと。後継者にとっての鍵は「嫌なものほど取り入れる」なんです。
よそでは見せられない「弱さ」を共有する
――会員の皆さんも、同じように先代への反発心を抱えていらっしゃるのでしょうか。
田澤 少なからずそう感じますね。2代目の共通の悩みは「権限があるようでない」。そして責任だけはある。最後にはお鉢が回ってきますからね。それなのに事業を変えようと提案しても先代から否定され、現状では手の打ちようがないわけです。しかも責任が自分に回ってくるのは、10年後なのか、30年後なのか、はたまた明日なのかすらも見えない。私自身、承継後しばらくは暗闇の中にポツンと置かれ、見えないゴールを目指してさまよっているようでした。この不安を分かち合い、互いに解決策を見出していくための会を作りたい。それが2020年に「2代目お坊ちゃん社長の会」を設立した動機です。
当時、ちょうど著書『ビジョン経営革命を起こした2代目お坊ちゃん社長の77の逆襲レター』を執筆していまして、担当編集者さんから「これは2代目の応援本だ」と言われたことも大きかったですね。‟後継者支援”は、自分が取り組むべきテーマなのだとスッと腑に落ちました。
――設立以前は、後継社長が集まる会はなかったのでしょうか?
田澤 所属している組合などでは顔を合わせますが、「何店舗も展開している」「外車を買った」など、どちらかと言えば経営者としての”強さ”を誇示する場でした。
私が求めていたのは、悩みなどの”弱さ”を本音で開示できる場です。現状40名ほどの会員がいますが、入会にあたっては全員、私が面談しています。その際にお願いしていることはただひとつ、「自分をオープンにしましょう」。それだけは守ってくださいと必ずお伝えしています。
――入会をお断りするケースもあるのでしょうか?
田澤 面談で自分を大きく見せたり、隠してしまったりする方はやはり難しいですね。私にも会員にも、素をさらけ出せるかどうか。根底の考えを共有できないと組織はすぐに壊れてしまいますし、無理して入会しても本人のためになりません。
もちろん、悩みを吐露するのは非常に勇気がいることです。我々は先代から支配されていると同時に、庇護も受けている。親にとっては、絶対退社しないという意味で永久保証付きのサラリーマンですから。こんな特殊な状況を後継者以外に打ち明けても「自慢話ですか?」で終わってしまう。そうして心を閉ざしてしまった方こそ、この会で大いにフラストレーションを発散してほしいです。
1時間、ひたすら自分をさらけ出す

――毎月「定例会」を開催されていますが、どのようなプログラムなのでしょうか?
田澤 全国に会員がいますから、基本はオンラインで開催しています。2部構成でして、前半は「自分をさらけ出す会」。通称「壁打ち」です。会員1人に登壇してもらい、経営ビジョンを中心に1時間ひたすら話していただく。
――たった1人で、1時間ずっと?
田澤 当初はもう大変ですよ(笑)。しかし皆さん積極的に、大変充実した資料を作って臨んでくださっています。本当に自分の素まで開けっ広げにしないと間が持ちませんからね。理事やベテラン会員によるサポートも入れつつ、最近では正味30分となって、安心して話せる環境を整えています。
会員は私と同世代の40代後半がメインなのですが、最近では30代に入ったばかりの若手社長も加わってくれました。前を歩く先輩たちが事業承継の困難をどう解決してきたか、辛さを分かち合いつつ、未来への道筋のヒントにしてもらえたらと。
――ご自身も迷い込んだという「暗闇」に光を与える試みですね。
田澤 毎日独りで飲みに行って「どうすりゃいいんだ」と管を巻くより、よっぽど建設的でしょう。定例会の後半1時間は専門家による講演会です。テーマの選定は理事会で行っています。インボイスなど、時勢に添った新たな情報をインプットしてもらおうと。
オンラインで2時間も集中力を持たせるのはかなりハードルが高いのですが、定例会は飽きる暇もないほどの密度だと思います。「こんにちは」で始まって、次の瞬間には「あれっ、もう終わったの?」と驚くくらいのスピード感を意識しています。
どん底の借金時代に学んだ「守」の大切さ
――協会では「2代目ビジョン経営」を支える価値観として「継・守・破・離」を掲げておられます。まずは「継」についてですが、承継者としての覚悟を持つという意味でしょうか?
田澤 むしろ「よく考えずに継ぐ」、これが大切ですね。大企業に務めながら家業の相談に乗るというコンサルタイプでは、結局”外の人間”のままなんですよ。安全地帯にいたままで「オペレーションが悪いからこう修正しろ」だのなんだのと強制しても、先代をはじめ内部の人間からは青二才の戯言としかとってもらえません。
だったらいっそ、怖くても目をつぶって飛び込んでみる。マキャベリも「君主は統治するところの住人にならなければだめだ」と提唱していますよね。評論家と討論したところで新しいモノは生まれません。会員には「家業をよく理解できていなくてもいい。とにかくまずは当事者たれ。そうでなければ成長できない」と呼びかけています。
――その上で行うべき「守」とは?
田澤 家業の「型」を知ることです。30年、50年と続いているからには、必ず何か強みがある。それをしっかりトレースしてくださいと。ただ、2代目にとってはこのステップがもっとも難しい。反発してゼロからまったく違う事業をやりがたり、「形無し」になってしまうケースが非常に多いですね。
――田澤代表理事ご自身もそうだったのでしょうか?
田澤 「守を見失うな」はまさに自分への戒めでもあります。家業に入って7年目、M&Aで会社のグループ化に着手したのですが、傘下に収めた自動車修理工場の資金繰りに追い詰められまして。毎月数百万円が飛んで、頭の中はつねに金策でいっぱい。月末が近づくと、諭吉、諭吉……と、うなされる始末でした。もう、わからないことだらけだったんです。当然ですよね、弁理士というまったくの異業種からやってきて、家業のことをよく知ろうともせずに手を広げたのですから。
「無知」を認めて、答えが見えた

――立ち直れた契機は何だったのでしょう。
田澤 社員に「力を貸してほしい」と言えたことです。正直に申し上げて、始めは大手企業から転職したこともあり、現場にパソコンすらない家業の環境を「遅れている」と上から見下ろしていた部分がありました。しかも社長を務めるからには「全部知っているよ」と悠然と構えていなければと気負っていた。でも、知っているわけがないですよね。コーチングを学び始めたこともあり「社長だからといって万能でなくてもいい。分からないことは素直に分からないと伝えよう」とようやく肩の力を抜くことができました。
――社員の方の反応も変わりましたか?
田澤 「社長、こうしたらいいですよ」と活発にアイディアをもらえるようになりました。そうすると決断も簡単になる。「答えは現場が持っているんだ」と気づかされてからは、急激に業績が回復していきました。
――「守」に続いて掲げていらっしゃるのが、ビジョン経営の実践である「破」です。田澤代表理事ご自身はどう取り組まれたのでしょう。
田澤 父が創業から70年以上にわたって培ってきた「不動産事業」がヒントになりました。売上が大きく跳ねるわけではありませんが、コロナ禍だろうと何だろうと時勢に左右されず、安定した収益を確保できる。派手にグループ化を推し進めようとして失敗したところから、家業を支えてきた「堅実」なストックビジネスに立ち戻ろうと。
その視点から生まれたのが、月々1980円から洗車し放題のサブスク「洗い放題.com」です。2016年、スマホからのWEB申し込みを解禁して一気に利用者数が伸びました。2022年にはFC店舗の1号店もオープンし、現在は都内・埼玉に3店舗を展開中です。「洗車は天候に左右される水商売」と言われるなか、安定したビジネスを確立できたのは大きな自信になりました。これも父のやり方を学んだからこその成果ですね。
実は「洗い放題.com」のFC店舗は、「2代目お坊ちゃん社長の会」の会員が手を挙げてくれたことで実現しました。普段から素の付き合いをしているからこそ、連携力も高い。創立から3年、ほかにも会員同士のコラボレーションや新規事業への挑戦が芽吹きつつあり非常に楽しみですね。
「2代目こそ最強」を証明してみせる

――最後の「離」は2代目本人の精神的・経済的自立とのことですが、まさしくご自身が歩んでこられたプロセスそのものですね。
田澤 会を運営するなかで、「継・守・破・離」が2代目ビジョン経営においていかに重要かを日々再確認しています。父への反発や莫大な借金を経なければ、この価値観は生まれませんでした。後継者の皆さんにも、必ず光は出ますとお伝えしたい。一時的に逃げてもいいですから、どうか袂を分かたず、腐らずにやり続けてほしい。絶対に解決策は現れますから。
――会のHPでは「”2代目こそ最強”と証明したい」というメッセージも掲げておられます。後継社長ならではの強みややりがいも感じていらっしゃいますか。
田澤 ありがたいことに、我々には先代が築いた土台があります。銀行に門前払いされないどころか、支店長が挨拶にやってきてくれる。それがどれほど大きなアドバンテージか。だからこそ我々は最強で然るべきですし、世間にもそう認めてもらいたい。現在、日本の企業の実に98%が中小規模で、その半分が後継企業として地域に長く貢献しています。古臭い商売と見なされてなかなか日は当たりませんが、潰れずに盤石であり続けている点は評価されるべきです。
会員を都内に限らず全国から募っているのは、「その地域で頑張ってほしい」という想いからです。老舗企業はその地と住人にとって貴重なインフラですし、だからこそ企業の努力や成果をしっかりと見てくれている。事業を育ててくれた地域に最大限恩返しして問題を解決できれば、それに勝る企業価値はありません。
だからこそ先代からの恩恵を素直に受け取って、ゴールまでの道のりを大いにショートカットしてほしいですね。「継ぐ」と決意してくれた息子にも、父と私が築いてきた土台の上でさらなる高みを目指してほしいと願っています。とはいえ、まずは創業100周年を迎えるまでの残り30年、私がトップを走り続けるつもりです(笑)。
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