COLUMNコラム
「オーナーがパソコン分からない」から社員も使わない?/人気とんかつ店、会社ルールを刷新して成長~井筒まい泉【後編】
「とんかつ」「かつサンド」の代表的ブランド「井筒まい泉」(東京都渋谷区)は、専業主婦が立ち上げた人気とんかつ店でしたが、2008年にサントリーがM&Aで買収しました。社長に就任したサントリー出身の岡本猛氏は、オーナーに支配された「家業」から「企業」に会社を成長させていきます。人事制度の刷新などで従業員のやる気と信頼を生み出し、売上げを大幅に伸ばした「事業承継」から成功の秘訣を紹介します。
目次
謎の理由「オーナーが分からないからパソコンに手を出さない」
創業者で前オーナーの小出千代子氏に「盲従」する形で運営されてきた「まい泉」は、売上70億という数字を出していたものの、会社の体質は「家業」の延長でした。事業承継後、岡本氏は変革に取り組みますが、40年間で作られた歪みを正すのは、大変な仕事だったといいます。
まず、社員が共有できる分かりやすい目標が大事だと考え、「家業から企業へ」をスローガンに掲げました。
当時のまい泉は、デジタル環境の改革も必要でした。インターネットにつながっていないパソコンが1台あるだけで、70億の売上は、すべて電話とファックスで処理されていたのです。パソコンを使わない理由は「オーナー自身が分からないものには手を出さない」という、驚くべきものでした。
「社会に遅れる一つの原因ですよね。売上70億の会社ですから、『家業』の責任範囲を超えています。社会的な立場としても、お客様に対しても、ネット対応のような現代社会に必須なものごとをきちんとできる会社にしていく。それが『企業』だと思うんです」と、岡本氏は語ります。
経費無視、店長は「売上げだけ上げる」では…
承継前、現場の各店舗の店長にはひたすら「売上を上げる」ことだけが指示されていました。岡本氏は「店舗の店長というのは本来、売上と、利益の責任があるんです。つまり、人件費など間の経費のことも全部分かっていなければいけないはずですね。ところがそういうことを何も知らされていなかったんです」と驚きを振り返ります。
岡本氏は、月の損益計算書を各店舗ごとに明示し、売上はあっても赤字である点などを、店長が把握できるようにしました。結果、新入社員の店長と最古参のパートの人を比べると、パートの方が人件費が高い、といった問題も見えてきました。
「もちろん、ただ是正するんじゃなくて、店長になったらこれだけの責任があり、クリアするからこれだけの給料もらえる、と結びつけていかなければいけないんです」。
人事制度を刷新、「家業」になかったチャンスを作る
人事制度の刷新については時間をかけて取り組みました。「今のまい泉にとって、一番いい人事制度とはどういうものかを1年かけて考えました。その間はひたすらヒアリングです。現状がどうなっているのか教えてくれと。3ヶ月間はただ、ヒアリングしていました」。
岡本氏が1年かけて作った人事制度は、社員のやる気を引き出すアイデアが詰まっていました。社員は全員、1年間の目標を作って提出、達成度を上司が評価し、給与や昇進に反映させることにしたのです。
例えば、ある販売店の店長は、制度刷新後、すぐに売り場の改革を直訴しました。「弁当をもっと強化したら売上が上がる」とアピールし、提案は会社側に受け入れられます。それに応えるため店長はさまざまな策を練り、結果も残しました。
「家業」だった時には、現場の人間にチャンスはほぼ皆無でした。チャンスが与えられて結果を出せば、年に1回しっかり評価をしてもらえ、昇給につながるという仕組みは、社員に今までにないやりがいを生み出しました。
社員が求めているのは「お金」、2番目に「やりがい」
「社員が一番求めているものは、やはりまず生きていくためのお金。二番目に働きがいなんですよ」と岡本氏は言います。お金をもらうために誰かにへつらうのではなく、自分の成果を会社が評価し、その報酬としてお金をいただくという流れが必要だと指摘します。
「従業員満足度なくして顧客満足度なし」というのが岡本氏の持論です。「従業員が満足していれば、やれやれと言わなくとも勝手にやるんです。店舗のスタッフだったら、お客さんがこうしたら喜ぶかな、ということをやるでしょうし、工場だったら、とにかく毎日少しでも美味しいものを出していこう、という発想になるでしょう」。
社員のやる気を引き出す岡本氏の策は他にもあります。例えば、職人たちのために開講した「松岡塾」。当時の料理長の名を冠した塾は、「見て、盗め」の世界だった職人の技をすべて数値化しました。パン粉をつける時の力加減、揚げる温度や時間などを正確に計り、職人に教えます。その習熟度に応じて昇給もあり、社員の成長が給与に反映される仕組みになっています。
「考えて動く」社員が増えれば会社は安泰
岡本氏が事業を引き継いでから、10数年で売上は70億から120億と、倍増に近い伸びを見せました。
近年の新しい事業の一つは、東京駅に出店した、カウンター中心でスピーディーに食べられる「まい泉食堂」。場所柄、列車待ちなどの短時間で食事をするニーズに応える店です。さらに、オリジナルブランド豚の提供も開始。とろけるような脂身の甘みが一度食べたら忘れられないブランド豚「甘い誘惑」は、2年探してやっと出会えたといいます。
2022年4月、岡本氏は社長を同じサントリー出身の國弘克英氏に譲り、自らは会長に就任しました。國弘社長もまた、岡本氏が掲げたスローガン「家業から企業へ」を推し進めていきたいと意気込んでいます。
岡本氏が社員に言ってきたのは「考動」しなさい、ということ。行動ではなく「考えて動く」。お客様のためには、いい商品を作るためには、どうしたらいいかと自分たちで考えて動ける社員が増えれば、その会社は絶対安泰だと思っているそうです。
「会社ってやっぱり、トップと社員との信頼関係を作ることが一番大事だと思います。社員たちのことをよく見て、信頼関係を作って、新しいビジョンを作ってあげる。会社はあなたたちのことをきちんと見ています、ダメという時もあれば、よくやったねっていう時もある。それをちゃんとリーズナブルに見てますよ、ということを、どう伝えていくか。これも大事ですね」。
(2022年12月に取材した内容です。)
※こちらの記事は追記・修正をし、2024年2月20日に再度公開しました。
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