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「JAに卸す野菜を勝手に持っていくな!」父や親戚にドン詰めされても、新たな「農業ビジネス」を拓いた元DJの12代目農家 「くるくるやっほー」という謎の社名とは

千葉県銚子市から「農業」の枠組みを飛び出し、ユニークなブランド展開やビジネスに挑む「株式会社くるくるやっほー」。「野菜を売るだけが農家じゃない」。かつて東京でDJを目指した12代目・坂尾英彦代表は、「JAに出す野菜を勝手に持っていくな」と主張する父との確執を乗り越え、生産者と消費者の垣根を越えた新しい農業の形を追求している。「アフロきゃべつ」などを生み出した「令和時代の農家」の挑戦について坂尾氏に聞いた。

「アフロ」ブランドとは

──「アフロきゃべつ」など野菜のブランド化のきっかけを教えてください。

ネット販売のノウハウを持っていたため、自分たちの野菜をブランド化して売ろうと考えたのです。名前は何でもよかったのですが、その時、自分の髪型がアフロだったので、そこからブランド名をつけました。

農業は自由な側面が多いと思っています。営業する場所も時間も自由で、「こういう髪型はダメ」とかもありません。そこで自由の象徴として「アフロきゃべつ」という名前をつけました。生鮮の分野でアフロという商標も取得しています。

──販売はどのように始めたのですか?

最初は道の駅で売り出して、結構売れました。特にとうもろこしの時季は忙しかったです。でも、昔からやっているJAに卸す以外のやり方に否定的だった父からは「勝手に持って行って売るんじゃねえ」と言われました。

そこで今度は、父から商品を仕入れる形に切り替えたのです。これがよい方向に働きました。仕入れ値があることで、適切な価格設定ができるようになったのです。

──失敗したことはありましたか?

ありました。恵比寿マルシェに出店した時のことです。「東京で売れるだろう」と思って、キャベツを300玉くらい朝に収穫して持って行ったのですが、30玉しか売れませんでした。

300円で売っても9000円にしかならない。大人2人で1日張り付いて、大きな赤字を出してしまいました。でもここから学んで、売れ残ったものは乾燥キャベツ「キャベチ」として加工販売するようになりました。

今もキャベツを売りに東京に行くことはありますが、プロモーションの一環と考えています。例えば渋谷で出店したとき、キャベツを大量に並べてキャベツ畑を作り、そこでお客さんにアフロのカツラを被ってもらって写真を撮る、というようなイベントをやりました。「アフロきゃべつ」を覚えて帰ってもらうためです。

野菜を売るだけが農家じゃない。農地の持つ価値とは

「渋谷にキャベツ畑」(写真提供:株式会社くるくるやっほー)

──農業以外の取り組みはどのように広がっていったのですか?

基本的に営業はしないのですが、自分のやりたいことは発信するようにしています。特に「農業と観光を掛け合わせた取り組みをしたい」という話をすると、それに共感した人から次々と紹介していただけるようになりました。

──具体的にはどんな展開が?

おもしろいところでは、ドローンの技術者との出会いがありました。東京都内は規制が厳しくてドローンが飛ばせない。そこで、畑の上空をドローンの練習場として提供することになったのです。

それから、栄養食品のCMで畑が使われたり、アパレルブランドの撮影に使われたりしました。野菜を売るだけが農家じゃないのです。この広大な畑という空間を持っているのは生産者だけなので、その価値も売ることができるのです。

否定的だった父の心を解してくれた親子との農業体験

坂尾英彦代表(写真提供:株式会社くるくるやっほー)

──お父様との関係は最初から順調だったわけではないそうですね。

先ほども言った通り、父は私のやり方に否定的でした。ひどい時は親戚一同に囲まれて15対1みたいな感じで、「農家をやる気があるのか」と散々詰められました。

でも、「出て行け」と言われても、出て行く場なんてありません。そんな時に銚子に古民家を見つけて購入しました。結局両親との折り合いがついて、出ていくことはなくなったのですが、その古民家を宿泊施設として活用することを思いついたのです。

ちょうどそのタイミングで農水省の支援があり、「古民家と農業体験の掛け合わせ」というアグリツーリズムに活用しました。これも、最初は父に反対されていました。

──その後、両親との関係に変化は?

最初から付き合いがあった墨田区在住の親子が農業体験に来てくれるようになって、そこから変わり始めました。

最初は「素人が来て、トウモロコシの種を蒔いて、芽が出るわけない」と反対していた父も、徐々にその人たちと仲良くなっていって。今では「来年もあいつら来るだろうから、種を取っておいた方がいいか」なんて言うようになりました。

農業を”みんなのもの”に

糖度19度・生でも食べれるとうもろこし「アフロコーン」(写真提供:株式会社くるくるやっほー)

──農業の現状をどのように見ていますか?

就農した時は、周りに農家が15、6軒あったのですが、今は8軒くらいまで減っています。そこも65歳以上が半分以上を占めています。

高齢になって農家をやめるときに、若い農家に農地を貸すというケースは多くあります。しかし、若い農家は、引き継いだ農地に同じように野菜を作っても、手が回らなくて機械化してコストがかさむ。そして、せっかく生産した野菜を売り切れない、という悪循環があります。

大量に作り続けるということ自体にも、限界があると思っています。またJAは仲買人ではなく、仲預かり業者なのです。市場価格が暴落しても、JAは一定の手数料を取る。この仕組みで農業が盛んならいいのですが、これだけ疲弊している中では問題だと思っています。

──これからの農業についてどのようにお考えですか?

農業に関わる人をどんどん増やしていきたいです。できれば、生産者と消費者という垣根もなくしたい。

例えば、「オーガニックがいい」とか「低農薬がいい」とか、こだわりを持つ消費者が増えています。それならその人たちと「一緒に野菜を作ればいいな」と考えました。

生産者が指導しながら一緒に作って、その野菜を大切な人にプレゼントする。週末は農村に行って一緒に野菜を生産して、それを都会に持ち帰ってシェアするとか。

都市と地方を双方向に「くるくる」と行き来することで、都市生活のストレスや農村の過疎などを解決していきたい。そんな新しい形の農業を作りたいという思いは、「くるくるやっほー」という社名の由来でもあります。

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坂尾英彦氏プロフィール

株式会社 くるくるやっほー 代表取締役 坂尾 英彦 氏

1982年、千葉県生まれ。高校卒業後、2000年に上京しDJとして活動、2002年に銚子に戻り、輸入品販売事業を展開。2012年に30歳で本格的に農業に転身し、現在はHennery Farmの代表として、キャベツやとうもろこしの栽培を手がける。独自の農業改革を提唱し、”アフロ農家”の異名を持つ革新的農業経営者として注目を集める。伝統農法と現代的経営手法を組み合わせた新しい農業の形を追求している。

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