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日本の「ものづくり」パワーを将来につなげる−−由紀ホールディングスの事業承継/大坪正人インタビュー#1

精密金属加工をはじめとする優れた技術で、航空・宇宙・医療・半導体その他幅広い分野で「ものづくり」の底力をグローバルに発揮する由紀ホールディングス株式会社。グループを率いるのは、東京大学卒業で自らも技術者である由紀精密の三代目、大坪正人氏です。先代から引き継いだ工場を立て直し、危機を乗り越えて大きく成長させるまでの事業承継ストーリーを紹介します。

「時間が止まった」工場をなんとかしたい

2022年現在(取材当時)、グループ内に11の企業を持つ株式会社由紀ホールディングス。グループ全体の売上は前年度約76億、本年度は90億を越え100億に迫る勢いを見せます。

グループを率いる大坪正人氏は、創業者である祖父・三郎氏から数えて三代目。始まりは1950年創業の大坪螺子製作所、ねじやナットを作る家族経営の町工場でした。のちに由紀精密工業株式会社と名称を変え、正人氏の父・由男氏が経営を引き継いで、切削加工を中心とした精密部品の製造を行ってきました。ちなみに社名の「由紀」は、正人氏の祖母の名前「幸枝(ゆきえ)」からとられたといいます。

そんな家業を見ながら育った正人氏ですが、若い頃は工場を継ぐ意志は全くありませんでした。とはいえ「本能的に、機械は好きだった」正人氏は、東京大学進学の際も機械工学を選び、大学院まで進みます。

卒業後、3次元光造形技術で脚光を浴びていたベンチャー企業・インクスに就職し、最先端の製造技術分野で活躍していた正人氏でしたが、2006年、ついに家業の由紀精密に戻ることを決意。31歳の時でした。

「最先端の現場で自分が働いていて、ふと親の会社を見ると、時間が止まっているかのようで……」。当時、由紀精密の主力だったのは公衆電話の部品。公衆電話が減ってきていることもあって、売り上げはかなり落ち込んでいました。「見放していられない、なんとかしなくては」という思いを強くした末の決断でした。

展示会出展をきっかけに航空宇宙産業へ

当時の由紀精密は、社員十数名、いわゆる典型的な下請けの町工場。世にさまざまな先端技術は生まれていましたが、それを取り入れる余裕はありません。「ただ、すごく愚直に精密加工を詰めてきたので、光る技術はあったんです。公衆電話やカードリーダーの部品を作っていたこともあり、信頼性は非常に高かった」。正人氏はそれを生かしていこうと考えます。

顧客アンケートを実施した結果、由紀精密の強みはやはり「品質」。そのクオリティを自社のアイデンティティとしてブランディングを進めました。規模的に大量生産はできないので、小ロットで安定した品質を求められる業界にターゲットを絞ることに。そこで狙いを定めたのは航空宇宙産業でした。

「まだ航空機の部品は1点も作ってなかったんですが、いきなり航空宇宙展という展示会に出展したんです。たまたま運良く、目の前に三菱航空機さんのブースがあった。そこを通るお客さんは、左側に飛行機のブース、右側にうちのねじが並んでいると、勘違いして立ち寄ってくれるわけです(笑)。そこで、実はまだ飛行機には参入してないのですが、こういった実績があります、航空業界で使えるものありますか……と話をして要求に応えていくうちに、部品の仕事に繋がり始めるんです」。

クオリティの高い部品を武器にした小さな町工場はやがて、 JAXA(宇宙航空研究開発機構)からの発注も受けるなど、リアル「下町ロケット」として話題になっていきます。

ウェブでの情報発信に力を注ぐ

正人氏の方針は「とにかく広く情報発信して、自社の技術を知ってもらう」こと。問い合わせが来たらとにかく全部受注につなげるというほどの勢いで、年間数十社の新しい顧客を増やした年もありました。

事業チャンスを「見つける」より、「見つけてもらう」ことが大切だと、ウェブサイトにも力を入れました。「中小企業でウェブサイトに100万かけると『高い』と考えられてしまう。でも実際、当時の由紀精密の新規顧客の8割以上がウェブサイトからの問い合わせだったんです。そう考えると、コスト以上の働きをしてくれるんですよね」。

2010年に正人氏は「すぐに使える精密切削加工」という書籍も出版。これも、自身がウェブサイトに載せていた切削加工のノウハウ集を出版社が見て、本にしないかと持ちかけてきました。4回増刷される売れ行きとなり、海外でも翻訳されて売れているといいます。「由紀精密に戻ってから2年間は自分で現場に入っていたんです。自分で営業して取ってきた仕事を自分で機械を動かしてつくる。たとえば超短納期で受注したら、社員に頼めないので、夜中に自分で加工して朝納品したり、そんなこともしていました」。自らが技術者であることも、会社にとっては強みになりました。

リーマンショックを乗り越えて

正人氏が戻った当時、由紀精密の売上は1億数千万。その後ぐんぐん売上を伸ばし、2018年には6億近く、約4倍にまで成長させました。2008年のリーマンショックを乗り越えられたことが、一つの手応えになっているといいます。

「リーマンの時、従来顧客の売上の75パーセントを失ってしまったんです。普通ならもうそれで終わりだと思うんですが、取れる方法を考え新規開拓に全力を尽くして、14パーセント減で収めることができた。その差分は、すべて新しい顧客からの仕事です」。

航空分野、医療分野などさまざまな分野にチャレンジした結果、翌年からは前年度を上回る売上増を続けた由紀精密。そんな中2013年、正人氏はついに社長に就任し、次々と新たなアイディアを生み出していきます。

まとめ

自社のブランディングと新規事業への貪欲なチャレンジで、危機にあった家業を見事に再生させた正人氏。さらにその後、自社のみでなく日本の製造業を大きく飛躍させる可能性を秘めた仕組みづくりを試みます。次回記事では、その新たな試みについてお話を伺います。

後編|「由紀ホールディングスの事業承継」はこちら

記事本編とは異なる特別インタビュー動画をご覧いただけます

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賢者の選択サクセッション編集部

日本の社会課題である事業承継問題を解決するため、ビジネスを創り・受け継ぐ立場の事例から「事業創継」の在り方を探る事業承継総合メディア「賢者の選択サクセッション」。事業創継を成し遂げた“賢者”と共に考えるテレビ番組「賢者の選択サクセッション」も放送中。

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