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「中小企業が連帯すれば、世界を狙える」 宇宙ステーションに自社部品を飛ばした、リアル下町ロケット企業社長の思い

宇宙ステーション補給機「こうのとり」の部品を手がけるなど、精密金属加工をはじめとして優れた技術を持つ企業グループ「由紀ホールディングス(HD)」(東京都港区)。航空宇宙や医療、半導体など幅広い分野の部品加工をしています。大坪正人代表取締役は、グループ全体の力を引き出すためのプラットフォームとして、2017年に由紀HDを設立します。そこには、各企業の根幹である「ものづくり」への熱い思いがありました。

製造業のファンを増やしたい

由紀HDは、大坪氏の祖父・三郎氏が1950年、神奈川県茅ヶ崎市でねじやナットの町工場として創業したのが始まりです。のちに由紀精密と名称を変え、2013年に大坪氏が3代目の社長に就任しました。

次々と姿を消してゆく公衆電話の部品加工が主力だった町工場で、大坪氏は新しいアイデアを次々と繰り出していきます。「こうのとり」の部品は代表格ですが、ほかにも多様な分野に進出しました。

例えば、学生時代の同期だった広告会社のプロデューサーと企画した工場音楽レーベル「INDUSTRIAL JP」。由紀精密をはじめとする町工場の映像と音を使ってプロのDJたちがリミックスした映像作品を、ウェブ上で公開しました。

「ファンを増やしたいのです。製造業・ものづくりや由紀精密を好きになってくれて、いつか仕事を依頼したいなと思ってくれたら」。

レコードプレーヤーにも進出

また、2020年6月に発表したアナログオーディオプレイヤー「AP-0」。当時の技術開発部長、永松純氏が、由紀精密の強みを生かし、直接顧客に楽しんでもらえる商品として、レコードプレーヤーに辿り着きました。

オーディオ機器は全くの新規参入で、開発は手探りでしたが、製品は大きな話題になり、専門誌の表紙を飾るなど評判は上々でした。

「最初から採算を合わせようと思っていると、力が入りすぎてしまう」と大坪氏。「出来上がった製品が、自分たちも喜べる良品になっていることと、話題性が絶対あることを大切にしたい。売れ行きよりも、我々の技術力がアピールできるものを、積極的に作っていきたい」と語ります。

グループ企業をホールディングス化した理由

大坪氏は、さまざまな技術や業界で可能性があると思うこと、面白いと思うことをやり続けていると言います。「好奇心は昔も今もすごく旺盛で、常に新しいものがあると自分でやってみたくなっちゃうんですよ」。

製造業についても、未開拓の分野が多いと大坪氏は考えています。「やれる可能性がたくさんあるのに、まだちょっとしかやりきれていない、という気がしています」。

このため、2017年、大坪氏は「由紀ホールディングス」を設立します。グループ各企業が「やりたいことを実現するため」のプラットフォームという狙いでした。

中小企業がものづくりに集中するための仕組み

大坪氏が、由紀精密に経営陣として入った時に感じたのは、営業や広報、人事、財務など、中小企業で全てを包括することの大変させした。由紀精密には当時、営業という肩書きは存在していませんでした。

こうした「会社の内政」機能をホールディングスが一手に担えば、グループの中小企業は、自らの根幹である「ものづくり」に集中できる、と考えたのです。

「ホールディングスは、お金のある企業がM&Aで会社を買い集めるというイメージがあるかもしれません。でも、我々は『傘下』や『子会社化』とは言わず、グループ企業という言い方をしています。各社が成長するために、このチームに入ってくれるといいなと思っています」。

グループ会社の一つ、金属加工「仙北谷」は、従業員の平均年齢が60歳となり、求人募集もままならず慢性的な人材不足にありました。しかし、ホールディングスの人事担当とともに採用活動に取り組んだところ、若手や女性が次々と入社し、活気ある職場が戻ってきたといいます。

世界に誇る日本のものづくりのために

大坪氏の作った由紀ホールディングスの仕組みは、優れた技術を持っているが後継に悩む会社にとって、事業承継の一つの手段にもなります。グループに入ることで、技術を未来に残すことができます。

また、同じ志を持った製造業と資本業務提携をするなど、新たな展開も。「お互いの長所をもっと伸ばしましょうと。我々だけが伸びていくのでなく、同じスタイルのチームが全国にできてもいいと思っています」。

2021年、正人氏は、由紀精密の社長を四代目に譲りました。引き継いだのは、超伝導の研究者で、アナログプレイヤー「AP-0」の開発チーフだった永松純氏です。

後継者難を乗り越え、若い技術者を育てる。それが、世界の中で日本の価値を高めることになると、正人氏は考えています。「中小企業が連帯して世界のものづくりの原点になる。そんなふうになれたらな、と思います」。

由紀ホールディングス株式会社

1950年、茅ヶ崎市本村にて大坪螺子製作所を設立。当初は、手作りの小さなねじ工場として始まる。2011年、世界最大規模の航空宇宙機器見本市であるパリ航空ショーに初出展。2017年、皇太子殿下 (今上天皇陛下) ご視察。2018年、由紀ホールディングスグループに参入。2021年、現社長永松純氏就任。創業当時から変わらぬ「ものづくり」への想いを大切に、現在も進化を続けている。

※こちらの記事は追記・修正をし、2024年4月2日に再度公開しました。

【この記事の前段】|「時間が止まったようで…」かつて公衆電話を支えた町工場、JAXAから発注を受けて リアル下町ロケット企業「由紀HD」とは

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賢者の選択サクセッション編集部

日本の社会課題である事業承継問題を解決するため、ビジネスを創り・受け継ぐ立場の事例から「事業創継」の在り方を探る事業承継総合メディア「賢者の選択サクセッション」。事業創継を成し遂げた“賢者”と共に考えるテレビ番組「賢者の選択サクセッション」も放送中。

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