COLUMNコラム
「SDGsという確かな逆風が吹いている」 ホタテ貝殻でヘルメット開発、社員16人のプラスチック加工企業が生み出すヒット商品と、ものづくり哲学とは
「ものづくりのまち」の大阪府東大阪市に工場を構え、取っ手に触れずにドアを開閉できるアタッチメントや、ホタテの貝殻を原料とした環境配慮型ヘルメットなどのヒット商品を生み出す「甲子化学工業」(大阪府大阪市)。20人に満たない社員数ながら、ベンチャー的な商品開発で知られる。それを先導するのが、創業家の3代目・南原徹也企画開発部長だ。5年前に「次期社長」として入社した南原氏が見据える、事業承継後の甲子化学工業の未来像について聞いた。
目次
現場の“声”から生まれた自社製品、商社の受注から飛び出して
――2019年に「次期社長」として甲子化学工業に入社して、これまでどのような道のりを歩んできたのでしょうか。
大学卒業後、大手ゼネコンに入社し、30歳を過ぎてから家業に戻りました。入社当初は、製造の現場を知るために製造部に配属されました。しかし、私が現場にいても会社は変わっていかない。そう考えて新しい道を模索しはじめたんです。
甲子化学工業は、オフィス家具向けのプラスチック部品の製造がメイン事業です。顧客から注文を受け、図面通りに部品を加工する。自動化により低価格と高品質を両立しているのが強みです。
しかし、受注生産というスタイルでは、これ以上の成長は見込めません。そこで新しい事業を開拓する必要があると考え、2020年から医療業界への参入を目指しました。
2020年は新型コロナウイルス感染症が拡大していた時期でした。リモートワークの増加でオフィス家具の需要が下がり、当社も売上の減少が見込まれていました。
――医療業界への新規参入はどのような結果を生みましたか?
甲子化学工業は、従業員がパート社員も含めて16人(2024年9月現在)という小規模な会社です。営業部門は持たず、すべて商社から仕事を受注していました。
しかし、医療業界への参入では、商社を介さずに自分たちで顧客を探すところからスタートしました。
医療現場の見学や、大学の医療分野の人材開発プログラムなどに参加し、医療業界の“声”を聞くと、「今、医療の現場では、こんなことに困っている」という情報がダイレクトに入ってきました。これが、のちの甲子化学工業の方向性を決めるきっかけになったんです。
新型コロナウイルス感染症が広がりはじめた2020年3月、医療機関向けにフェイスシールドの寄付活動をスタートし、20万個近いフェイスシールドを寄付する大がかりなプロジェクトになりました。
無償提供なので、売上はもちろん赤字です。しかし、同時期に生産を始めた自社製品が大きく売上を伸ばす結果になりました。
それが、「ウイルスが付着しやすいドアの取っ手部分に手を触れないようにしたい」という医療現場の“声”から誕生した製品、「アームハンドル」です。ドアの取っ手に取り付けることで、腕でドアを開閉できるようになるアタッチメントです。
――ヒット商品が生まれたことで、売上はどのように推移したのですか。
2019年まで売上は年約3億3,000万円をキープしていました。2020年は売上の減少が見込まれていましたが、「アームハンドル」のヒットで4億3,000万円という過去最高の売上を達成することができました。
地域の課題だった「ホタテの貝殻」を生かすホタメット
――南原さんが手がけたもう一つの製品に、ホタテの貝殻から作られたヘルメット「ホタメット」がありますが、どういう経緯で開発したのでしょうか?
きっかけは、私のSNS発信でした。年間で約25万トンが廃棄される卵の殻でつくったエコプラスチックを紹介した投稿が注目を浴びて、「私の地元ではこんなゴミがあるんです」「これはプラスチックに使えないですか?」などと数々の反響が届きました。その中で、北海道の猿払村(さるふつむら)がホタテの貝殻の処理に困っているという話を知りました。
猿払村はホタテの水揚げ量日本一に何度も輝くほどの、ホタテの一大生産地。ホタテの貝殻は水産系廃棄物として年間で約14万トンも発生し、堆積場所の確保や地上保管による環境への影響が、地域の課題になっていました。
ホタテの貝殻の主成分は炭酸カルシウム。これは、新しい素材に生かせるのではと考えました。
――ここでも、地域の声に耳を傾けることが新製品の開発につながったのですね。なぜ、ヘルメットに加工しようと考えたのでしょうか。
「アームハンドル」での成功体験が、本当に大きかったと思っています。社会が抱える課題・問題を解決するという考えに集中したことが、結果的に会社の利益にもつながりました。
ヘルメットを選んだのは、「次は防災用品をつくりたい」と考えていたからです。日本は地震が多いという大きな課題を抱えた国です。「災害時に身を守れるものをつくりたい」という思いと、ホタテが貝殻で自身を守っている姿から着想したのが「ホタメット」でした。
――甲子化学工業の事業承継は、プラスチック加工技術という経営資源を活用して新たな事業に挑戦する、いわゆる「ベンチャー型事業承継」の典型と言えると思います。今後はどのような道を進んでいくのでしょうか。
課題の近くには、必ずビジネスチャンスがあります。現場とのコミュニケーションを取りながら、軽いフットワークでステップを進めていける、中小企業の強みを生かせるビジネスモデルだと考えています。
もちろんその根底には、しっかりとした「ものづくり」の技術が必要。私たちはものを作るのが大好きな人が集まっている会社なんです。社会の課題を解決する「ものづくり」が、甲子化学工業の進むべき道だと確信しています。
SDGsは、単に逆風という側面だけではない
――南原さんが、社長を受け継ぐ時期は決まっているのでしょうか。
社長とは、「今後1年程度で進めていかなければならない」という話をしているところです。準備としては、人材の採用を進めて体制を整えていく必要があり、状況によっては2年ほど先になる可能性はありますね。
――経営者として、「利益直結」ではない、社会課題の解決やSDGsの考え方を社員に浸透させていく難しさはどこにあると感じていますか?
「社会課題の解決」と言われても、昔からいる社員にとっては伝わりにくいものです。しかし、私たちが長年取り組んできたオフィス家具の部品製造という仕事は、これから次第に成り立たなくなっていくという現実があります。リモートワークの浸透でオフィス自体が減少して、オフィス家具の需要は確実に減っていくはずです。
さらに、プラスチックを多く使用するデザインには、SDGsの考え方に反するという指摘もあり、たしかな逆風が吹いています。その逆風の中で、エコプラスチックなどの社会課題を解決する自社製品を開発し、お客様の反応に触れることで、社員も時代の変化を感じ取っていってくれると思っています。
――南原さんは、大手ゼネコン企業から転職して事業承継への道を歩んでいます。振り返ってみて、自分の判断をどう評価しますか?
私は、親戚からかけられた「自分だけが良ければ、良いわけじゃないんだよ」という言葉から自分の人生を見直し、事業承継を決断しました。あらためて振り返ると、その一言は自分にとって正しかったと考えています。
それは、「社会課題を解決する」という甲子化学工業の思いにも通じています。会社の利益だけを考えていてはいけない。社会課題を解決するために、必死に「ものづくり」に取り組んで、結果として利益が生まれていく。それこそが会社として、理想の在り方なのではないでしょうか。
プロフィール
甲子化学工業株式会社 企画開発部部長 南原 徹也氏
1987年6月大阪府大阪市生まれ。2010年3月、関西大学を卒業し、大手ゼネコン企業に入社。建設現場での施工管理・大型機械の設置計画などの仕事に従事する。2019年、甲子化学工業株式会社に入社し、製造部に配属。2021年より新設された企画開発部の主任を経て、現職に就任。取っ手に触れずにドアを開閉できるアタッチメントや、ホタテの貝殻から作られた環境配慮型ヘルメット「ホタメット」の開発を手掛ける。
取材・文/庄子洋行
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