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「挨拶しない」「営業マンが営業行かない」 従業員との摩擦を越えて、シリカゲルの会社を改革した3代目女性社長

乾燥剤「シリカゲル」のパイオニアとして知られる医薬品乾燥剤メーカー「山仁薬品株式会社」(滋賀県甲良町)の関谷康子代表取締役社長が描く企業の未来は、従業員の可能性を引き出す「社内起業」の場だ。入社当初、挨拶もなく営業マンが「営業に行かない」という状態から、医薬品市場に特化し業績を伸ばす企業へと変革させた。その過程には数々の摩擦があったが、「変化を恐れるのは従業員、変化しないことを恐れるのは経営者」という認識のもと、辛抱強く改革を続けてきた。関谷社長に、その経営理念と挑戦の軌跡を聞いた。

挨拶ゼロ、営業に行かない営業マンがいる会社

山仁薬品の乾燥剤製造工場(写真提供:山仁薬品株式会社)

── 入社した当時の社内の雰囲気はどのようなものでしたか?

町工場みたいな感じでした。朝、私が「おはようございます」と言ったら皆「おはようございます」と返しますが、他の人が入ってきたら誰も挨拶しない。明らかにおかしいと思いました。

「挨拶しても返ってこないから、挨拶してもアホらしい」という雰囲気でしたね。また営業マンはずっと会社にいて、営業に行かないんです。

── その状況から、どのような改革に取り組みましたか?

まず私が社長になってから、月次の訪問計画と日報をきちんと行うよう変えました。すると、クレームが増えてきたんです。

営業マンたちは「最近クレームが増えてませんか?」と言うのですが、私は「営業訪問するようになって、お客さんがクレームを訴える相手ができたからでしょ。増えたんじゃなくて、もともとあったけど、営業マンが来ないから泣き寝入りしていただけだと思う」と伝えました。

また、形跡管理も始めようとしたところ、発泡スチロールが出てきました。「工場に持ち込んだら発泡スチロールが落ちて異物になってしまう」という品質管理など、基本的な知識が不足していると感じました。

── 改革に対する従業員の反応はいかがでしたか?

実は入社直後は、摩擦をあまり感じませんでした。父親が強いトップダウン系の人だったので、社員はトップダウンに慣れていたんです。

しかし、数年経って従業員が「自分たちで意見を言ってもいいんだ」とわかってきた頃から摩擦が激しくなりました。そういう時は一旦引きますが、結果としては絶対に引かない。人事異動でも同様の手法を取り入れています。

何年か経つと経営方針に合わない人が辞めていき、今の明るい雰囲気に変わっていったと感じます。

医薬品業界への参入障壁の高さ、それを逆手に取って

社内勉強会の様子(写真提供:山仁薬品株式会社)

── 会社を引き継いでから、どのような経営改革をされましたか?

まず、不採算事業を廃止しました。母が事業部としてやっていたドライフラワー事業も、赤字だったのでやめました。

その上で、医薬品業界に特化する戦略を取りました。医薬品業界は変化を嫌い、非常に厳しい業界なので、他の企業はあまり取引したがらないんです。

製薬会社と取引するのは本当に大変で、実績が問われます。例えば、薬の外装の箱のインクや素材を変えることもできず、機械が古くなって新しい機械に変える場合も、同じクオリティのものができるか試験されます。

新しい機械を買ってから使えるようになるまで1年、完全に切り替わるまで3年くらいかかります。そのため原価償却は発生するのに売上にならない期間が生じ、財務的に厳しくなります。だからこそ、これが参入障壁になると考え、医薬品業界にターゲットを特化することを決めました。

── 医薬品業界に特化した戦略は、社内でどのように受け止められましたか?

最初は反発もありました。医薬品業界といっても、乾燥剤自体はお菓子に使われているものと変わりません。あえて医薬品専用というカテゴリーを作り出したんです。

実績ができるまでに3〜5年かかりましたが、2019年頃から花開き始めました。ただ、医薬品業界に特化することは延命措置にすぎないという考えもあり、2019年頃からBtoC市場にも目を向けるようになりました。

BtoC事業向けに調味料専用乾燥剤「カタマラーーン」を開発しました。これに対しても反対意見がありましたし、売り出して1年間は理解されませんでした。

──BtoC事業の展開について、詳しく教えていただけますか?

山仁薬品は創業以来ずっとBtoB事業で成り立っていたので、「なぜわざわざBtoCをやらなければならないのか」という思考が主流でした。

私が入社した後、BtoC向け新商品を作り出し売り出すことができましたが、商品名の「ドライヤーン」という言葉を聞いても一般の人は何のことかわからないという問題がありました。

そこでPR担当社員を置き、新聞などに掲載してもらう活動を始めました。次第にネット販売が伸び、メディアに掲載されて影響力を感じるようになると、社内からも良い反応が出てきました。今では全社を挙げてBtoCとBtoBの両方に取り組み、この5、6年で社内の雰囲気は本当に変わりました。

これからの時代、やりたいことがあれば社内起業を

──将来の会社の方向性について、どのようにお考えですか?

私は製造業にはこだわっていません。この看板が70年、75年、80年と続いていくのであれば、この看板を使って皆がやりたいビジネスをしていけばいいと思っています。会社の事業部として独立採算制でやるのでも良いですし、従業員がやりたいことがあるなら支援したいと考えています。

自分の好きなことを仕事にして独立採算制にしながら、会社としては看板と資金、場所を貸す。利益は折半、もしくは30%など、ビジネスによって変わりますが、そんな形を考えています。

── なぜそのような方向性を考えるようになったのですか?

「温故知新」という言葉がありますが、確かに古き良いものもあると思います。しかし、この15年間で一番苦労したのはマインドを変えることです。

私自身もそうですが、人のマインドセットを変えるのは本当に大変です。世の中の移り変わりが激しい中で、ビジネスも変えていかなければなりません。

今までは顧客軸を変えるか商品軸を変えるか、エリアを変えるかターゲットを変えるかといった戦略で成り立ちましたが、今はもうそれだけでは成り立たないと思います。

人が機械に入れ替わったりする時代に、人に焦点を当てたビジネスをどうするか。人間のコンプレックスに合わせた商品開発やサービスが必要になってきていると感じます。

── 社内での取り組みや従業員との関係について教えてください。

弊社は離職率が低いのが伝統で、父も祖父も人を大切にしてきました。社内の勉強会などでも、従業員が「人を大切にする社風」と記述してくれているのを見ると、皆がそう感じてくれているんだなと思います。

だからこそ、人を大切にする究極は、その人の能力をいかに活用して、やりたい仕事で生き生きとさせることではないかと考えています。その人の能力が仕事になるなら、場を与えてあげるのが私たちの役割だと思います。

時代の移り変わりが激しい中で、資金がなければできないスピード感も、企業がバックアップすることで実現できます。今後は、その方向にシフトしていきたいと考えています。

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関谷康子氏プロフィール

山仁薬品株式会社/山仁産業株式会社 代表取締役社長 関谷 康子 氏

1971年、滋賀県生まれ。摂南大学卒、1995年に製薬会社に入社。MRとして活躍する。2009年に現在務める山仁薬品株式会社に入社、2010年に代表取締役社長に就任。医薬品業界に特化した乾燥剤メーカーとして会社を再生させる。「ドライヤーン」を乾燥剤の代名詞にすることを目標に、BtoC市場への展開も推進している。経営理念には「斬新なアイデアと意思ある実行力で世の中の「不」を「快」にする」を掲げ、従業員の能力を活かした「社内起業」を推進。70周年を迎えた老舗企業に新たな風を吹き込み、伝統と革新のバランスを重視した経営を実践している。従業員数は両社合わせて約34名、売上高は約6億4500万円(2023年度)。

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