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新ビジネスを志向しないファミリー企業は衰退する/「東洋のスイス」諏訪の地場メーカーが「いいとこ取り」で立ち上げた新会社~小松精機工作所【後編】

「東洋のスイス」と呼ばれた長野県諏訪市で、地元中堅メーカー「小松精機工作所」が立ち上げた新ビジネスの子会社「ヘンリーモニター」。いま、金属素材や土壌の分析、さらに高級トマト栽培などで商機をつかみつつある。小松精機の創業家出身のヘンリーモニター経営者らは、「日本のファミリー企業で同じようなことができる企業はたくさんある」とし、事業の変化が高速化した現代において、新機軸を志向しないファミリー企業は衰退すると指摘する。

諏訪を支える中堅企業、子会社で新ヘンリーモニターは「事業承継」のモデルケース

「平和な時こそ、次の準備を」。小松精機社内で、かねてから言われていることだという。

特に工業系の企業は、短期間で新ビジネスを展開しにくい。科学的な根拠に基づいた次の展開を日頃から準備しておき、環境が変わったときにシフトするような形が望ましいと、小松さんは考えている。

黒田さんも「非常に有効で、どの会社でも同じようにやっていただきたいやり方だと思う」と話す。重要な点は、本体企業の調子がいい時に行うことだという。

企業業績が落ち込んだ後、新事業を展開しても余裕がなく、資金や人材も限られる。時間をかけた「事業承継」という面も持たせながら、新規事業を立ち上げることに意味がある。

また、工業系の知識だけでは会社経営はできない。法律、対外交渉面、人材育成。こうした経験を積むことも経営者には必要だ。それには、企業を引き継いでから経営を学ぶより、ヘンリーモニターのような子会社を立ち上げて経営手腕を磨くこと。小松さん自身にとっても、事業承継の準備となり、かつ事業承継の手段にもなったという。

ヘンリーモニターが本体「小松精機」の価値観を変えるたのか

新しい子会社は、小松精機本体にも好影響を与えている。多くの企業で新ビジネスの立ち上げに関わってきた黒田さんは、「どれだけ教育をしても、企業文化や行動はなかなか変わらない。目に見える形で成果を示さないと」と話す。

伝統と実績がある小松精機のような企業は、保守的な面も持つ。新たな事業を進める際、「せっかく業績いいのに」「どんなメリットがあるのか」「失敗したら誰が責任取るんだ」などの不満が噴き出しがちだ。

小松精機は、良くも悪くもファミリービジネスで、社員には少々下請け気質があったという。だが、社外のビジネスは「できないもの」と思っていた社員のモチベーションは、ヘンリーモニターの始動により「外に出してくれる」と変わった。ジョイントベンチャーのような動きも生まれている。

また、小松精機の売り上げの大半は、自動車の内燃機部品だ。しかし、自動車産業は大きな転換期にあり、電気自動車(EV)にシフトするほど大きな販路を失う。社会見学の小学生から「EVになったら、どうするんですか」と聞かれることがあった。

しかし、経営陣が率先して、見えない顧客にチャレンジしていくヘンリーモニターを立ち上げた。社員の中に「新事業にシフトできる会社だ」という安心感も芽生えた。小松さんは「大丈夫です、安心してくださいと、小学生にも言えるようになった。会社の中で一番良い影響だった」と話す。

新事業に移行できないファミリー企業は衰退する

小松さんと黒田さんは、特に最近10年でビジネスモデルの転換スピードが早まったと感じている。そして、新しい事業を志向しないファミリー企業はどんどん衰退していくと見通している。

2010年以前は、ファミリー企業やオーナー企業は、先代から継いだ事業を続ければ成り立つ部分があった。しかし、インターネットの普及によるグローバル化が進み、人工知能(AI)の台頭に大乗されるような技術革新のスピードも高速化している。中小企業は、今までのビジネスモデルが通用しなくなり、強みを活かした別事業を作らなければならなくなるという。

ただ、黒田さんは、中小のファミリー企業には大きな利点もあると見ている。

大企業には、信用力や資産もあるが、しがらみも多くスピード感がベンチャーに比べ圧倒的に遅い。既存の体制が、足かせになる面があるという。一方で、ゼロベースからベンチャーを立ち上げる場合は、人材や資金、技術面で圧倒的なハンディがある。

小松精機などのファミリー企業は、これらの「いいとこ取り」をしたハイブリッドのようなスタイルを取ることができる。ヘンリーモニターを創業した際、そのことを強く感じたという。

地方に根を張る企業には必ず強みがある

小松精機は、諏訪では圧倒的な信用力を持つ。銀行も地元住民も「おらが街」の企業として応援する雰囲気があり、融資も受けやすい。

また、「他社には負けない技術」は高コストだ。磁界式センサーの開発には、資金も時間も膨大にかかっているが、それを小松精機が担っている。

こうした親会社のメリットを最大限享受し、機動力を兼ね備えたヘンリーモニターは、「一つの理想型」と黒田さんは語る。そして、「大企業ではなかなか難しいが、日本に数多あるファミリー企業や中堅企業で、同じことができる会社はものすごくあるだろう」と話す。

長年、日本各地に根を張ってきた地方の企業には、必ず強みがある。しかし、それを自覚できていない企業も多い。ファミリー企業の経営陣である小松さんと、事業コンサルの黒田さんが組んで立ち上げたヘンリーモニターは、2020年代以降のビジネスシーンで、一つの勝ちパターンとなる可能性を強く感じさせる。

前編|「東洋のスイス」の老舗メーカーが生んだ新ベンチャー/金属分析から高級トマト栽培まで~小松精機工作所

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株式会社小松精機工作所 専務取締役 小松 隆史

博士(工学)1971年7月生まれ52歳。東京電機大学先端科学技術研究科にて論文博士を2016年に取得。ロンドン大学キングス校の国際経営学コースへの留学経験もあり、文系・理系の境界を作らずに、材料から、医療、センシング、農業分野など最先端の事業を展開している。2013年から現在までに、医療機器や海外子会社、大学発ベンチャー、次世代モーターに向けたジョイントベンチャー、地域連携グループなど、5社および2団体を設立した。1999年小松精機工作所入社し、ドイツ大手自動車部品メーカーの生産技術担当をしながら、結晶を微細化したステンレスの量産および医療機器への展開は世界に先駆けて構築してきた。磁界式センサーはこの材料の判別を行うために開発をしてきた。2022年には「医療分野向けの高付加価値を持つ超微細粒ステンレス鋼の開発」にて令和4年度科学技術分野の文部科学大臣表彰「科学技術賞(技術部門)」を受賞している。本記事に出てくるHenry Monitor社は、これまで開発してきた技術を次世代分野へ展開すべく、2020年のコロナ禍に創業。現在も材料や医療機器、農業分野の新時代に向けた開発を現場に出て進めている。

株式会社フューチャーアクセス 代表取締役 黒田 敦史

京都大学卒業後、1998年にパナソニックに入社。ソリューション営業部門に配属され、入社4年目に社長賞を受賞。その後、A.T.カーニー、フロンティア・マネジメントを経て、2013年に独立してフューチャーアクセスを設立。起業後は、大企業の新規事業開発のコンサルティングをしながら、複数のスタートアップへの投資やハンズオンによる事業支援を実施してきた。現在、6社のスタートアップの株主兼役員を兼務している。現在は、原発事故の発生地である福島県大熊町に移住し、町内にある大熊インキュベーションセンターのインキュベーションマネージャーに就任。

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