COLUMNコラム
「任せる覚悟」と「任せられる覚悟」—玲企画の事業承継/齋藤学インタビュー#2
百貨店を中心とした小売業界の広告代理店、株式会社玲企画。創業者の義理の息子として会社を引き継いだ齋藤学氏は、承継早々リーマンショックという大きな試練を経験し、課題を乗り越えていきます。義父との本音のやりとりが大きなターニングポイントとなった、玲企画の事業承継ストーリーを紹介します。
目次
伝えるべきことを社員に伝える努力
会社が厳しい経営状況に面する中での齋藤氏の課題は、社員にも経営的な目線を持ってもらうことでした。1人1人がどういうコストを抱えていて、見積もりにはどういう項目があって、どのように請求をすると損益分岐を超えて利益になるかを、丁寧に伝えていかないといけない、と考えたのです。
「自分が1時間動くと、どのぐらいのコストがかかるのかも、やっぱり皆さんわかっていなかったんです。1人1人が経営的なところに関わって、利益を残していく必要があるということは、丁寧に伝えていきました」。
百貨店業界に活気があったいい時代を経て来た会社なので、齋藤氏の目にはコストの部分でもいろいろな無駄が見えました。そういう部分も改革していかなければなりません。もちろん一筋縄ではいきませんでした。
「1つ1つ、やることに対して、幹部の方々を説得していかなければならないわけです。幹部の方にしてみれば、どこかの若造がいきなり来て社長になったような感覚もあるので、すぐにはやはり伝わりません。今ここが問題なので、これをこう改革していきたいという時に、ちゃんと資料を用意して納得いくように説明するというのを、心がけてやった記憶があります」。
人間関係に軋轢が生じ、悩んだこともたくさんあったといいます。
「それでもやっぱり、やらないといけないってことは、断行するんですね。やらなきゃいけないことをやってきた、というのが、今の実感です」。
任せる側の覚悟も大切
そんな齋藤氏が、社長としての覚悟を決めた、あるエピソードがあります。
さまざまな改革を進めていって、1年経つか経たないかの時。会長である義理の父が齋藤氏のやり方に「ちょっと違うんじゃないか」と、口を挟んできたのです。
「傍目で見ていて、たぶん、何か我慢できないところがあったんでしょうね。結構強い口調で言われたことがありました」。
齋藤氏はそれを受けて、自分なりに、これははっきりさせておかなければいけないと考え、義父に1本のメールを打ちます。
「あなたが院政を敷くつもりであれば誰か別のものを代表にしてほしい、私はこの玲企画の文化の中で育ってきたわけではなくて、外から来た人間なので、覚悟を決めてきている。ある程度の権限をいただかないとこれ以上私はできない、という内容を、できるだけ冷静に文章にしました」。その時は、本当に代表を降りさせてもらう覚悟でメールを入れた齋藤氏でした。
メール送信の30分ぐらい後、義父から電話が掛かってきます。
「俺が悪かった。すまなかった、もう口は出さないから好きにやってくれ、という話を、すぐ電話でされまして」。
その時に、齋藤氏は覚悟を決めたといいます。また義理の父のほうも、それを行った瞬間に本当に覚悟が決まったのではないか、と齋藤氏は思っています。実際にそこから、義理の父は一切口を挟まなくなりました。
「引き継ぐ側の覚悟も大事ですが、任せる側の覚悟もそれ以上に大事なのかなと思います。そこからまた数々の苦労もありましたが、その覚悟があったから、多分耐えられたんじゃないかなと思っています」。
義理の親子関係だからよかった
そんな齋藤氏の味方になってくれたのは、義理の父の娘である奥様の存在でした。ふだんあまり会社のことに口を挟まないそうですが、先述の義父とのやりとりの際、メールを出すにあたっては相談したといいます。
「書いたメールを読んで、うん、これは大事なことだから父にきちんと言っておきましょうと、背中を押してくれたんですね。それでポチっと送信しました。妻の援護がなければ、私もあの時結構、 悩んだんじゃないかなと思いますね」。
齋藤氏は、義理の父・息子という関係だからこそ、事業承継がうまく行ったのではないかといいます。
「個人的に、実父よりも義理の父の方が、多少はやりやすいように思います。義理の父だからこそ、どこかこう覚悟を決めてくれたというところも、あったんじゃないでしょうか」。
歴史的にも、養子縁組をして家を再興した話はよく聞かれます。そういう意味では、社会的な役割として非常に大事な関係と言えるのでは、と齋藤氏は語ります。
企業ブランディングに力を入れる
デジタル化とともに、広告の世界も大きく変わりました。デジタルプラットホームの上にクリエイティブが乗るようになり、広告の形態もマスから個へと変わってきました。そうした中で、玲企画の仕事も大きく変わってきているといいます。
今、クライアントが一番重要視しているのは「ブランディング」の世界だと齋藤氏。
「どの商品も一緒、どこに頼んでも一緒という中で、その会社さんがどういう風に、顧客はじめステークホルダーの方々に、自社の強みや存在意義を伝えていくか。そういう方向に対して、どれだけお役に立てるかというのが、我々の役割だと思います。小売、流通の世界で培った高感度なクリエイティブと企業ブランディングの部分でお役に立つような事業を続けていきたいと思っています」。
1人1人が主体性と自主性を持って、自分のお得意様をしっかり育てて、自分が役に立てる生涯顧客とする。それを1人1人が持つことによって、会社は非常に強くなっていく……という思いでずっと会社をやってきた齋藤氏。時代が変わっても変わらない“思い”が、会社を末長く続ける原動力なのかもしれません。
まとめ
外から来た若い社長として人間関係の苦労を乗り越え、新たな広告業界の方向性を探りつづける齋藤氏。そこには、任せる側、任せられる側、両方の“覚悟”がありました。
家族でもあり他人でもある『義理』の関係が、プラスに働いた玲企画の事業承継。ぜひ参考にしていただきたい事例です。
記事本編とは異なる特別インタビュー動画をご覧いただけます
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