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「人生は安泰」という慢心を見抜かれた気がして… 大手ゼネコンを辞め、社員16人の家業に戻った「次期社長」の思い

「ものづくりのまち」の大阪府東大阪市に生産拠点を構え、オフィス家具部品を中心に多彩なプラスチック製品をつくる「甲子化学工業」(大阪市)。近年、創業家の3代目で「次期社長」の南原徹也・企画開発部部長が中心となり、「取っ手に触れずにドアを開閉できるアタッチメント」や「廃棄されるホタテ貝殻を原料にした環境配慮型ヘルメット」などの斬新なヒット商品を生み出し続けている。大学卒業後、大手ゼネコンに勤め、安定した人生を歩んでいたはずの南原氏は、なぜ社員16人の小さな家業を継ぐことを決めたのか。きっかけは、親戚からの一言にあった。

効率化された「ものづくり」を武器に、売り上げは年3億円超

――甲子化学工業とは、どのような会社でしょうか。

甲子化学工業は、私の祖父・南原清業が1969年に創業したプラスチック部品・製品メーカーです。もともと、衣料品を作っていたのですが、うまくいかず借金を抱えてしまいました。

そこで、当時、需要が高まっていた「プラスチックの射出成型」に着目し、新事業に乗り出しました。祖父は「新しい仕事で、親族全体の暮らしを支えていく」という強い思いで事業を拡大していきました。

現在は、オフィス家具向けのプラスチック部品を中心に、顧客からの注文に応じた製品を作っています。たとえば、引き出しを開ける取っ手の部分や、ケーブルを出し入れする部分のパーツなどがあります。

売上は年間約3億5,000~6,000万円で、年間約1,000種類、1,400万個以上の部品・製品をつくる「ものづくり」の会社に成長しました。顧客から受注して図面通りに部品を製造する仕事のほかに、新しい自社製品の開発にも力を入れています。

――甲子化学工業の「ものづくり」にはどのような特長があるのでしょうか?

一番の強みは、自動化による効率的な「ものづくり」です。私たちは、パート社員も含めて従業員が16名(2024年9月現在)の中小企業ですが、製造をオートメーション化することで安価で高品質な製品を作っています。

後を継ぐ気は全く無かった

――現社長・南原在夏氏の長男で、子ども時代から「自分が後を継ぐ」という思いは持っていたのでしょうか?

正直、まったく意識したことはありませんでした。子どもの頃は、プラモデルを作るのが大好きで、「ものづくり」には興味があったのですが、自分の人生と結び付けて考えたことはなかったんです。

承継を意識しはじめたのは、高校生になってからです。社会情勢を理解できる年齢になり、不況で会社の行く末が厳しくなっているのを感じていました。

本音は、「会社の後を継ぐのは絶対に嫌だ」でした。オフィス家具向けの部品というのは、どうしても景気に大きな影響を受けます。私が経営者になっても、自分の力でできることは少ないのではないかと思っていました。

周りからは「将来は跡継ぎだね」と言われることもありましたが、心の中で拒否していた自分がいたんです。

――そんな気持ちを抱えながらも関西大学に進学し、機械制御を学んでいますが、家業に大きく関係する分野を学んだ理由は何でしょうか?

先ほど言ったとおり、子ども時代はプラモデルが好きだったのですが、途中からミニ四駆などの「動くもの」に魅力を感じるようになりました。だから、大学で機械設計や加工について学んだのは、あくまでも「自分の人生のため」ですね。

大学卒業後は、大手ゼネコン企業に就職しました。そこでは機械系の職種として、施工管理や大型機械の設置計画を考える仕事をしていました。その頃になっても、まだ「家業を継ぐ」ということはまったく考えていなかったです。

「自分のことだけ」ではいけない、「人の人生を背負う覚悟」を

――大手ゼネコン勤務という安定した職業から、なぜ家業である甲子化学工業への転職を考え始めたのでしょうか?

2017年に30歳になり、人生を見つめなおす時期に差し掛かりました。将来のキャリアを考えると「今の仕事は、本当に自分が目指しているものなのだろうか」と悩むようになったんです。そのときにかけられたある一言が、大きな転機になりました。

――その“一言”とは?

伯母から言われた言葉なのですが、「自分だけが良ければ、良いわけじゃないんだよ」と。

本当に短い言葉でしたが、今思えば当時の私には、「大手企業から給料をいただいて、この先の人生も安泰だ」といったような、どこか慢心した態度が滲んでいたのだと思います。そこを見抜かれた気がして、自分の今後についてあらためて考えさせられました。

そこで、「祖父や父は、いろいろなものを背負って生きてきた。でも、自分は何も背負えていないんじゃないか」と、人生を見つめなおしたんです。

――創業者であるお祖父さまも「親族全体の暮らし」を背負って、甲子化学工業を創立したそうですね。

そうなんです。私は「後を継ぐのは嫌だ」とずっと思って生きてきましたが、心のどこかで会社のことが気になっていたのも本音でした。社会人として経験を積み、「今の私なら、会社のために何かできるかもしれない」と1年間よく考えて、甲子化学工業に入社する決意を固めました。

南原 徹也氏プロフィール

甲子化学工業株式会社 企画開発部部長 南原 徹也氏

1987年6月大阪府大阪市生まれ。2010年3月、関西大学を卒業し、大手ゼネコン企業に入社。建設現場での施工管理・大型機械の設置計画などの仕事に従事する。2019年、甲子化学工業株式会社に入社し、製造部に配属。2021年、新設された企画開発部の主任を経て、現職に就任。取っ手に触れずにドアを開閉できるアタッチメントや、ホタテの貝殻から作られた環境配慮型ヘルメット「ホタメット」の開発を手掛ける。

取材・文/庄子洋行

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賢者の選択サクセッション編集部

日本の社会課題である事業承継問題を解決するため、ビジネスを創り・受け継ぐ立場の事例から「事業創継」の在り方を探る事業承継総合メディア「賢者の選択サクセッション」。事業創継を成し遂げた“賢者”と共に考えるテレビ番組「賢者の選択サクセッション」も放送中。

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