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「もはやM&Aしかない」創業120年以上の印刷会社、後継ぎはいないと思っていた しかし、思わぬ人物が「一緒にやりたい」

1896(明治29)年に創業した大阪・梅田のセントウェル印刷株式会社。創業者のひ孫にあたる代表取締役会長の中井利夫氏(73)は、1970年代に大手電気メーカー「シャープ」社員から従業員10人に満たない家業に戻り、弟の三夫氏(現・社長)とともにどん底だった経営を立て直した。しかし、弟の次に社長を任せられる人材が育たず、M&Aによる売却を考えていた。そこに、4年前にバトンを受け継ごうとする人物が現れた。それは、自身の背中を見ていた人物だった。

もう、M&Aしかない…

——社長を15年務めた後、実弟に社長を譲ったそうですね。

私は、大学を卒業後にシャープに3年勤めた後、家業に戻りました。その後、41歳で父から社長を継ぎました。

弟はもともと大手銀行に勤めていましたが、先に入社した私が「一緒にやらないか」と言ったら、すぐに銀行を辞めて入ってきました。性格は違うので、衝突もありました。

どうしたらうまくいくか、中小企業家同友会で相談したところ「地位が人をつくるのだから、社長を譲ったらいい」と言われました。

そこで、私が56歳、弟が51歳のときに、社長は弟に譲り、私は会長に就きました。5年ほど経つと、弟もずいぶん社長らしくなりました。なにより母が、「あんた、ええことしてくれた」と非常に喜んでくれました。

——次世代への事業承継について、どのように考えていましたか?

私はずっと、父が仕事をしている場所で育ってきました。昼食時、父と母が仕事のことで口論している場面を数え切れないほど見ました。自分の家族は絶対にそんな経験をさせたくありませんでした。

だから、家では仕事の話をしたことがありません。子ども3人は、長女が薬剤師、次女が保育士、末っ子の長男は京セラに勤めており、家族への事業承継はないものと思っていました。

しかし、社員にも経営を承継できる人材は育っていない。第三者に譲るM&Aしかないと思っていました。

——実際にM&Aについてのアクションを起こされたのはいつごろでしたか?

中小企業家同友会の社長たちには、「M&Aは5〜6年かかる」と言われたので、今から12〜13年前、商工会議所からM&A業者をいくつか紹介してもらいました。

「うちの会社なんか買う人がいるのだろうか」と思っていたのですが、意外にも「すぐに売れますよ」とのこと。「下請けではなく顧客を持っている、直近の採算も十分取れている。中堅の中小企業が広告部門として組み込むなら、これほどいい条件はない」と言うんです。

「なるほど、そんなに早く売れるのならもうちょっと待ってみよう……」と思い、いったん保留にしました。

想定外だった長男の言葉

——しかし、思わぬ承継者が現れたんですね。

M&A業者から、「会社の売却について、まずは家族に話しておくべき」と言われ、正月に子ども3人が集まっているときに、「いずれ会社を売るつもりだ」と話しました。それから1年近く経ったころ、長男が「ちょっと、うちの会社のことを教えてほしい」と言われたんです。

そこで、決算書を読ませたり、いろいろと質問に答えたりしました。すると、4年前の2020年、長男が「一緒にやりたい」と言ってきました。

私の妻はずいぶん反対していたようです。当然だと思います。京セラのような給料はとても出せません。しかし長男は「もし一緒にやらせてくれなくても、今の会社は辞める、コンサル会社にでも就職する」と言う。それならばと、2021年から営業部長として採用しました。

——「一緒にやりたい」と言われたときの気持ちは?

「これほどラッキーなことはないな」と思った気持ちが70%くらい。M&Aをして会社を現金化すればそれで終わりですが、長男に承継すれば、少なくともあと30年ほどは会社が続きます。

一方で、長男にも子どもがいますし、もしうまくいかなかったら大変なので、「気が重いな」というのが30%くらいありました。30年続く会社にするためには、今、私ができることはもう少し手伝っておかないといけないので。でも「ほんまに幸せなこと」と周囲には言われます。私も本当は、そう思っていますね。

毎週1回、親子ミーティングを徹底

——事業継承の準備として、どのようなことをしていますか?

長男にとって、会長は父親、社長は叔父。こっちは言いたいことを言いますが、息子は言いにくくて黙っていることもきっとあるでしょう。それで毎週必ずコミュニケーションを取る時間を設け、認識のずれを修正する作業を徹底して続けています。

分かっているようで、ちゃんと話さないと分からないことも結構あります。身内であっても、やはりコミュニケーションが一番大事だと実感しています。

——経営者として伝えたいことで、特に大事だと思うことは?

数字をちゃんと見ることです。決算書を自分できちんと読む力が必要です。経営者は、あれもこれもやらず社員に仕事を任せ、経営に専念するようにならないとだめだと思っています。

——2025年には社長を引き継がれるそうですが、準備は進んでいますか?

昨年から、私と弟は提案だけして、決定権は長男に持たせています。3人の経営態勢から、少しずつ私たちが抜けていく形にしていこうと。株も弟と私で半々ずつ持っていましたが、全部長男に譲りました。

もし、長男に小さい時から「会社を継げ」と言っていたら、今のようにならなかったかもしれません。自分で決めて入ってきたので、結果として一番いい承継の形になったように思います。

社長の「色」を打ち出してほしい

——最後に、今後の会社をどのようにしていってほしいですか?

今はホームページでの集客が大きな軸になっていて、月に40件ほどの問い合わせがあり、うち10〜20件が成約します。他社からは「すごい」と言われますが、全然足りません。まだまだ上を目指しています。時代が移る中、次の何かを見つけなければならないし、必ずあるはずだと思っています。意外とアナログなものかもしれませんが。

また、長男にもっと自分の「色」を出せと言っていますね。息子は息子でやりたいことを明確にしてほしい。細かい部分を頑張っていますが、今のところまだそれ以上の「色」が出ていない。30年、40年会社をやっていくためには、勉強して「色」を打ち出してほしいですね。

中井利夫プロフィール

中井利夫(なかい・としお)1951年生まれ。大学卒業後、シャープ株式会社に勤務、営業担当として力を発揮する。のち、曽祖父が創業し父が再興した株式会社中井商会(1981年にセントウェル印刷株式会社に名称変更)に入社。父・弟とともに経営に携わる。同業他社に先駆けたホームページの運用など新しい手法を取り入れつつ、デザインから提案できる印刷会社として幅広い業種の顧客を開拓。1992年41歳の時に父から事業承継し代表取締役社⾧就任。現在は弟・三夫氏に社長を譲り、代表取締役会長。

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賢者の選択 サクセッション編集部

賢者の選択サクセッションでは、⽇本経済の課題解決と発展のためには、ベンチャー企業の育成と併せて、これまでの⽇本の成⻑を⽀えてきた成熟企業∕中堅‧中⼩企業における事業承継をフックとした経営資源の再構築が必要であると考えています。 ビジネスを創り継ぐ「事業創継」という新しいコンセプトを提唱し、社会課題である事業承継問題に真摯に向き合うことで、様々な事業承継のケースを発信しています。 絶対解の存在しない事業承継において、受け継いだ経営者が事業を伸ばす きっかけとなる知⾒を集約していきます。

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