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「付加価値-営業変動費=顧客価値」 コロナ禍を乗りこえた、牛肉料理老舗の「おもてなし」とフェアな経営とは

1895(明治28)年、東京・本所に牛鍋屋として創業した「今半」。その日本橋支店が1956(昭和31)年に独立した「人形町今半本店」は、すき焼きや鉄板焼きなどの飲食店を全国に6ブランド19店舗構え、黒毛和牛のすき焼き・鉄板焼きなどの提供をはじめ、弁当、惣菜、ケータリングなどを幅広く手がけ、日本の牛肉文化を牽引してきた存在といえる。2023年に兄から経営を受け継いで社長となった現社長・髙岡哲郎氏に、「顧客価値」というおもてなしの指標や、従業員と一体になって経営する企業のあり方について聞いた。

「腹をくくる時が来た」

――2023年7月、お兄様の髙岡慎一郎氏(現・会長)から社長を引き継ぐことになりましたが、これはどういった理由からでしょうか?

髙岡 私と兄は5〜6年前から、「いい会社を作るためには、我々二人がお互いの価値観を知る場所と時間が必要なんじゃないか」ということで、つど議題を提示してとことん二人で話す会を月に2時間ほど設けています。

今から3年ほど前、兄と話す会で、社長交代の話が出ました。2023年のタイミングでと決めたのは、「コロナ禍が終わったので何かを変えよう」と。我々の世代から次の世代にバトンタッチの準備をするようなイメージもあったんでしょうね。

――社長交代を告げられたとき、どんな気持ちでしたか?

髙岡 「ああ、いよいよ順番なんだな、腹をくくる時期に来たんだな」という感じでしたね。実際は、社長が兄から私に移ったとしてもあまり変わらないんです。結局、同じことをずっと二人で一緒にやってきたので。現に今、二人とも代表取締役で社長と会長の違いだけですから、あんまり変わった感じはないですね。

コロナ禍で見えてきたビジネスの価値と可能性

――社長就任直前にコロナ禍という長く苦しい時期がありました。今ようやくそこを抜けて、会社として得た教訓や見えてきた課題は?

髙岡 コロナの最中は、飲食とケータリングサービスといった集いのビジネスはすべてダメになりましたが、精肉や総菜、通販など、家庭で食べるものに関するビジネスは非常に伸びました。

コロナ禍をきっかけにネットの通信販売部門は300%くらい成長しました。食文化は習慣化していくので、コロナ禍の終焉で一気にマイナス300%になるということはありません。

また、創業当時から我々の付加価値を最も作ってくれたのは法人顧客ですが、コロナ禍が終わると個人がトップになっていました。個人消費をけん引したのは、飲食店や総菜店を利用するインバウンドでした。

もしかすると今、日本の中に、そして世界の中に、今半のブランドが補える「お困りごと」があるのではないか。その「お困りごと」が何かを明確にしたら、今半のブランドの本当の価値が出てくるのではないか――いろんなビジネスが起きるし、お客様にとっての価値も高まっていくわけです。今後は、そこを見極めていこうと考えています。

独自の成果指標「顧客価値」とは

――社長に就任されてから新たに始めたことは?

髙岡 我々には「お客様第一主義」という経営理念がありますが、実際の現場では「お客様第一主義」よりも利益ベースで判断することが結構あります。ただ、今半の現場の「お客様第一主義」に惚れ込んできた社員にジレンマにもなっています。

そこで、「お客様第一主義」に関する理念教育について、もう一度巻き直しをしなければいけないと思っています。人形町今半のブランドと価値を、言語化・体系化する取り組みを3か年計画で浸透させる取り組みが、始まったばかりです。従業員20名程度を対象に講演してその後に対話をする「社長フォーラム」も、試みのひとつです。

――「言語化・体系化」で、具体的に進めていることはありますか?

髙岡 ひとつは「顧客価値」を成果指標にしようということです。「顧客価値」は「お客様第一主義」の事業をしている従業員にとって、最も大事な価値のはずです。

仮説として、付加価値から営業変動費を引いたものを「顧客価値」と呼びます。お客様が素晴らしい商品、つまり自分の困りごとを回避してくれるような価値と出合うためには、マーケティングと営業努力という「経費」が必要です。

我々の経費を差し引いたものが、「お客様が出会えたという満足度」と「我々がそれを提供すること」とイコールだと仮定していいでしょう。そこで、売り上げや客数や営業利益のほかに「顧客価値」を評価にしようということで、予算化しました。

社員みんなが「株主」になって経営参加

――持株会社制度を導入されたとのことですが、それはどのような仕組みになっていますか?

髙岡 持株会をつくり、役員、部門長、管理職、5年以上勤務している方々に、どんどん株を保有してもらっています。現在、50%以上の株は役員や社員たちで保有している状況です。

一人の株数に制限を設け、定年後は株を持株会に戻し、また欲しい人に買ってもらう。自分たちの業績によって、定年までの間ずっと利回りを得られる仕組みにしました。

すると、各自が経営に参加している意識になり、株主としてアナライズされた情報を持てます。「もっとこうしたらいいよね」と、みんなが意見を出し合える会も設けています。

――家族経営企業では珍しい持株会社制度を導入したのは、どんな理由からですか?

髙岡 今半が創業してから来年で130年、人形町今半になってから70年。今半は、我々の持ち物ではありません。歴史や伝統を紡ぐバトンと同じ。我々が「所有する」という考え方は間違いです。

とにかく次の世代に紡いでいって、紡いだときの仲間、要するに社員の方々を幸せにする手法に変えていくため、3年前から持株会社制度を実行しました。

――社員の方々との信頼関係があってこそできることですね。

髙岡 持株会のメンバーは、新卒からずっと関わっている方々や、中途で入って立派な要石のようになっている方々で、経営側と相互に信頼関係を築けています。やはり、信頼というのはこちら側から出さないとできないことです。今回の持株会も、信頼のひとつの象徴にしたいなと思っています。

兄と私で代表権を持ってから、「社員のみなさんともっとフェアでいたいね」とずっと話し合ってきました。私たちは「特権者」ではなく、常に同じ目標に向かっているチームであって、ただ役割が違うだけなのです。「全員が自分たちの人生を幸せにしていくことを使命として、お互い信頼し合ってやっていくような企業になりたいね」、と。青臭い話ですが(笑)。

事業の中心は「もてなし」の力

――今後、会社をどなたかに引き継ぐとすれば、どんな方に任せたいと考えていますか?

髙岡 まず、我々の事業の価値として「もてなし」を真ん中に据えようとしています。たとえば、「おいしかったので誰かのためにもう1回買いたい」と思うのは、もてなしの商品の力です。「もてなし」を事業承継の一番大事な柱にしてほしいです。

「誰かのために何かしたい」と思うようなきっかけをたくさん作るという、人形町今半のブランドの価値を十分納得しながら事業を行うことができ、かつ、やりがいにできる人に事業承継したいですね。

髙岡哲郎氏プロフィール

髙岡哲郎(たかおか・てつろう)

1961年3月東京都生まれ。1985年4月、株式会社人形町今半に入社。仕入れ、和食調理、精肉調理、販売を経て株式会社東観荘に出向、専務取締役支配人となる。1990年に米国コーネル大学PDPスクールに留学し、英国のホテルダイニングのオペレーションアドバイザーを務める。1991年10月帰国、人形町今半新宿ルミネ店取締役店長就任。1996年、人形町今半本店店長就任。2001年6月取締役副社長兼飲食部総支配人就任。2018年6月、代表取締役副社長兼営業本部長兼経営企画室長就任。2023年代表取締役社長に就任し、現在に至る。

文/黒羽真知子

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賢者の選択サクセッション編集部

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