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結婚して継いだ老舗旅館は、負債10億だった… 4代目女将、エンジニアを雇ってV字回復できた理由とは

神奈川県秦野市の鶴巻温泉にある旅館「元湯陣屋」。囲碁や将棋のタイトル戦にも使われる有名老舗旅館だ。しかし、4代目の宮﨑知子・代表取締役女将が夫の実家である陣屋を事業承継したとき、負債総額は10億円にも上っていた。そこで、宮﨑社長が最初に雇ったのはエンジニア。アナログだった業務管理を、自社で開発したIT管理システムで改革し、数年で経営を再建した。どのように業界の革命児となったのか聞いた。

旅館の跡取りと結婚、負債額は知らなかった

──元湯陣屋との関わりを教えてください。

宮﨑 2000年に大学を卒業後、メーカー系のリース会社で7年間勤め、寿退社しました。相手は、学生時代から付き合っていた同級生(夫・富夫氏)で、陣屋の跡取りだったのです。

結婚する時は、旅館は大変なので幕を引こうかなという話も出ており、継がせるつもりはないと聞いていました。

──負債額10億円という話はご存じでしたか?

宮﨑 大変そうだな、とは聞いていましたが、そこまでとは思っていなかったです。把握していませんでした。

──多額の負債を抱えた旅館を、なぜ継ぐことになったのでしょうか?

宮﨑 出産後、穏やかにすごし始めたところ、義父のガンが発覚し余命宣告を受けました。義父を見送った後、義母が体を壊しました。この頃、リーマンショックが起こり、資金ショートまであと何ヶ月というような窮状に陥りました。

「さあ、じゃあどうしよう」と主人と話をしたんです。当時主人はホンダに勤めていましたが、「僕がいなくても1000人いるからなんとかなるでしょう。でも、陣屋は僕しかいないのでしょうがないよね」と。それで、私も事業を継ぐことを決め、2009年に女将になりました。

20室にパート100人「多すぎるでしょ」

──富夫さんが陣屋の社長に、知子さんは女将という形で、夫婦での事業承継となりましたが、実際に旅館を承継して何が課題だったのでしょう。

宮﨑 まず、人が多いところです。社員が20名に対し、パートさんが100名以上いました。客室も当時20室でしたので、人数が多すぎる。しかも1人が単一の仕事しかしない、自分の仕事しかやらない、連携できないという課題がありました。

また、敷地面積が広いので、誰がどこで何をしているのか管理監督がすごく難しい。仕組みの中に落とし込むっていうことが必要だと感じました。

最初に雇ったのがエンジニアだった理由

宮﨑 余剰人員と、アナログな業務管理の仕組みの改革に着手した宮﨑氏は、独自にクラウド型旅館ホテル管理システム「陣屋コネクト」を開発します。そして、経営をわずか数年で再建し、利益率を大幅に改善しました。

陣屋コネクトの特徴は、予約の受付から顧客情報、料理の内容に至るまで様々なサービスを一元管理できることです。宿泊客の到着は全スタッフが共有し、情報はタブレット端末やインカムの音声を通じてリアルタイムで伝えられます。スタッフの勤怠管理や日常的な報告、在庫管理、さらには経営分析まで可能なシステムでした。

宿泊代以外の大きな売り上げの柱に

──いわゆるERP、経営や業務管理のシステムを外注せず、独自に旅館バージョンを作ったということですか。

宮﨑 はい、自社で開発しました。現在はライセンス販売をしており、全国450施設で利用してもらっています。

──陣屋コネクト開発後、業績はどうなりましたか。

宮﨑 2009年の売上が2億9000万円くらいで、2014年ぐらいからグーッと伸びました。その主軸になっているのが実は「陣屋コネクト」で、売り上げの半分近くが「陣屋コネクト」です。

事業承継した直後、全部が手書きの台帳でした。この台帳をデジタル化していきたい、というのはすぐに感じました。顧客管理や食材仕入れ、原価管理、こうした必要な情報を、ちゃんと数値化して管理していかなければいけない。食材ロスを減らしたいというのもありました。

2009年10月に陣屋に入り、その2カ月後にはエンジニアを採用し、そこからセールスフォースの導入を決めました。

──わずかな期間で導入を決定したのはなぜですか? 

宮﨑 今はクラウドという言葉は当たり前ですけど、当時はクラウド自体、一般にはほとんど知られていませんでした。私も最初は何だろうと思いました。ネット上で全部、サーバーを持たないでできるということで、じゃあそれだねって。

実際に導入したのは2010年の4月で、すぐに社内で使い始めました。2012年には、会社を設立し、外販も始めました。すぐに成果が目に見えるように出始め、2年半で赤字が解消しています。

外販に取り組んだのは、社内で改善要望があまり上がりにくくなっていたという事情もありました。「外販をして厳しい意見をたくさんもらい、もっと仕組みを進化させたい」と思ったのです。

宮﨑知子氏プロフィール

1977年、東京生まれ。2000年、昭和女子大学文学部卒業。卒業後、メーカー系リース会社にて営業職に7年間従事。結婚を機に退職し、サービス業未経験のまま2009年より夫の実家である老舗旅館「陣屋」の女将に就任。夫の実家が営む老舗旅館「元湯陣屋」の経営再建を図る。2010年にはクラウド型旅館・ホテル管理システム「陣屋コネクト」を独自開発し、2012年に黒字化を達成。ICTを活用したデータ分析とおもてなし向上を実現し、業績をV字回復させたことで注目を浴びる。2017年に代表取締役女将に就任。2児の母でもある。

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賢者の選択 サクセッション編集部

賢者の選択サクセッションでは、⽇本経済の課題解決と発展のためには、ベンチャー企業の育成と併せて、これまでの⽇本の成⻑を⽀えてきた成熟企業∕中堅‧中⼩企業における事業承継をフックとした経営資源の再構築が必要であると考えています。 ビジネスを創り継ぐ「事業創継」という新しいコンセプトを提唱し、社会課題である事業承継問題に真摯に向き合うことで、様々な事業承継のケースを発信しています。 絶対解の存在しない事業承継において、受け継いだ経営者が事業を伸ばす きっかけとなる知⾒を集約していきます。

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