COLUMNコラム
当主は戸籍も変え、代々「髙津伊兵衛」を名乗る 320年以上続く鰹節専門店は、どうやって受け継がれているのか
創業1699(元禄12)年の、鰹節専門店「にんべん」(東京都中央区)。代々の当主が「髙津伊兵衛」を襲名し、320年以上にわたって、伝統ののれんを継いできた。現在も「つゆの素」など、家庭でお馴染みの調味料を世に送り出している。現在の13代当主は、どのように会社を引き継いだのか。襲名への思いや、事業を引き継いでからのかじ取りについて、13代当主で第7代社長の髙津伊兵衛氏に聞いた。
目次
ビジネスネームではなく、本名も変える
――2009年に先代から経営を引き継ぎ、第7代社長に就任しました。13代当主髙津伊兵衛の襲名は2020年でした。
髙津 もっと早く襲名すればよかったのですが、先代が亡くなったのが急で、その後妻の父親も亡くなりタイミングを逸していました。襲名は何かと面倒なものです。その後も先延ばしにしていたら、日本橋の老舗和菓子店「榮太樓總本鋪」の相談役、細田安兵衛さん(当時)から、お手紙を頂戴しました。
そこには名前を受け継ぐ大切さと、「そろそろ襲名してはいかがですか」と促す文面が綴られていて、これは真剣に考えなければならない、と動きはじめたのです。
ちょうど、「にんべん」が創業320周年に当たる時期でしたので、周年事業が終了するタイミングに合わせて襲名しました。
――戸籍の名前も変えるんですね。
髙津 本名の克幸はそのままにして、ビジネスネームとして「髙津伊兵衛」を名乗ってもよかったのですが、先代も戸籍名を変えていました。銀行口座の名義から何から、すべての変更手続きが必要だったので大変でした。
デパートのギフトが下火に、どう転換
――2009年に社長に就任したとき、どのような課題を抱えていたのでしょうか。
髙津 先代のときはギフト商品が主流で、デパートなどで高級贈答用の商品がよく売れた時代でした。しかしギフト市場は次第に下火になり、日本の食卓も変わり、鰹節を贈る人も減っていきました。だから、ギフト主流から「普段使い」へと経営の舵を切るのが、私の役割でした。
一方、旧本社ビルがあった日本橋室町界隈の大規模再開発に重なりました。旧本社ビルがなくなるということで、経営環境が変わる転換点でもありました。事業方針の転換に加え、組織再編も課題でした。
事業承継は、株の移動が大変
――先代が亡くなられた2014年は、株式の承継などで大きな節目になりました。
髙津 事業承継における株の移動は、常に大きな課題です。私は大学生になるときに会社を継ぐことを決め、先代にもその意思を伝えたため、何段階かに分けて株式を移す準備を進めていました。だから、慌てることはありませんでしたが、実際に株式を承継するには様々な対策が必要でした。
――具体的にどのような準備をしていましたか。
髙津 先代は、一般社員と役員とで、それぞれ持株会を設立しました。役員持株会は、分散していた株式を引き受ける形で集めました。
また、議決権を確保するため、種類株を発行することで株価を固定して過半数を移すというスキームで、なんとか承継することができました。
商いは「飽きない」
――次代への承継はすでにお考えですか?
髙津 長男は大学生で、先のことにはなりますが、いずれ継いでもらいたいとは思っています。長男も気にかけている様子ですが、はっきりと意思確認をしたわけではありません。私が代を継いだのは38歳のとき。それを思えば、まだ時間はあります。
私は若い頃、デパート「高島屋」で働いていましたが、同様に外の会社で働いた後、にんべんに入ってもらうのが良いと思っています。
――320年を超える歴史から、商売が長く繁栄する教訓があれば教えてください。
髙津 先代からよく言われたのは、「商いは飽きない」だということです。これは重要なことで、時代が変わってもずっと続けることが重要です。
各当主が残した実績から学んだのは、従来からのやり方にこだわらず、変えるべきことは大胆に変える、よそとは違うやり方を考えることです。ただし「祖業から離れない」という方針は、これからも変わりません。
(文・構成/大島七々三)
株式会社にんべん
13代当主 代表取締役社長 髙津伊兵衛
1970年、東京生まれ。江戸時代より続く鰹節を商う長男として生まれる。93年、青山学院大学を卒業後、株式会社髙島屋に入社、横浜店勤務。96年、株式会社にんべん入社、2009年、同社代表取締役社長に就任、現在にいたる。2020年2月、13代髙津伊兵衛を襲名。07年から日本橋室町二丁目町会長を11年務め、現在は副会長。一般社団法人日本鰹節協会会長理事、NPO法人日本料理アカデミー正会員。
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