COLUMNコラム
「在庫セール」でブランド価値をどんどん下げていた… 売り上げ100億でも利益ほぼなし、会社の構造を変えた兄弟の経営手法とは
信州に本社を構え、自社製のジャムやワインなどを、全国166店の直営・FC店舗で販売するブランド食品企業「サンクゼール」。かつては、100億円を売り上げながら、利益がほとんど残らず「借金だらけ」という状態だったが、健康不安の父から経営を引き継いだ40代の兄弟が再建し、アメリカに進出するまでに成長させた。食品製造会社「サンクゼール」(長野県飯綱町)の再建について、久世良太社長(47)に聞いた。
目次
父の健康不安、「底」の会社を引き継ぐ
−−−−会社を継承したきっかけをお聞かせください。
父はペンションを経営しつつ、スキーのプレイヤーでもありました。でも、若いころの古傷の痛みが60代後半に強くなり、首に人工の骨を入れる手術をし、仕事に集中できる状況ではなくなってしまいました。肉体的にも精神的にもだいぶ辛かったと思います。
そんな中、専務や常務の立場で経営に携わっていた私と弟に事業を継承するなら、今のタイミングがベストではないかという話になりました。当時、弟は海外事業の責任者としてアメリカ、私が国内事業を分担してみていました。
父から呼び出され、私が代表として事業を継承し、ナンバー2は弟。相談しながら仲良くやっていってほしいと言われ、「私が必要であれば、社長として職責を果たそうと思います」と話しました。
当時、業績は徐々に回復していましたが、決して良い状態で引き継いだわけではありませんでした。
新商品のブランド価値がどんどん下がる悪循環
−−−社長に就任して、どのような課題に向き合いましたか。
大きな問題点が二つあり、直営店の立て直しが急務でした。当時、売り上げを高めため、新規店を年間20店舗くらい出していたのですが、一方で既存店の売り上げが15〜20%減となり、顧客が離れていました。
何とかしようと新商品を投入しても、店舗とのコミュニケーションが悪く、店舗スタッフはお客さんに新商品をどう説明していいか分からず売れ残る。残った新商品を在庫整理のためにセールすると、ますますブランド価値が落ち、売り上げが低迷してしまう悪循環に陥っていました。
このため、リピート率が落ちていた主力商品の商品力を高めるため、新規出店を凍結して既存店の回復に注力しました。
ジャムはおいしくないといけない
−−−−具体的にどのような取り組みをしたのでしょうか?
例えば、当時の主力商品のジャムは、口に入れても害のない界面活性剤を使っていました。しかし、実際に食べたらおいしくない。誰が食べてもおいしい味を追及しようとしたとき、思い出したのが母の手作りジャムでした。
生産効率から考えると界面活性剤を使うべきなのですが、添加物を極力減らして手間をかけたジャムのほうが格段においしい。製造現場では既存のやり方にこだわる意見もありましたが、二つのジャムの味を比べ、原材料の情報共有をしていくうちに従業員の目の色が変わりました。
たとえば、原料の新鮮さ、香味を味わえるように、保存料を極力控えました。滑らかな食感や口当たりのため、ゲル化剤のペクチンを極力控えました。
特に、フルーツスプレッド「オールフルーツ」シリーズは、砂糖を使わず果物だけのおいしさで作っています。「低温調理技術」「2段仕込み製法」で製造し、ブドウ果汁や白ワインで爽やかな酸みと甘みを実現しました。
チーム一丸になって商品力を高める方向に変わり、お店とのコミュニケーションも円滑にして、お客さんに新商品の魅力が伝わるようになりました。
おいしい商品を提供すればお客さんは自然と戻って来ます。既存店の売り上げは、低迷期の1.5倍になりました。
売り上げ100億でも、ほとんど利益ナシ
−−−−大きな問題点の二つ目は何だったのでしょうか?
構造的に抱えていた利益率の低さです。私の入社当時、利益率は損益分岐点がちょっと上回る1〜2%で低空飛行していました。赤字の店舗を閉店すると、固定資産が償却されて最終赤字になる不安定な状態でした。
また、店舗投資を先行していたため、借り入れの依存度が高くなり、自己資本比率は悪いときで1%ぐらいでした。売り上げ自体は100億円を超えてもほとんど利益が出ない。さらに成長率は3%くらい。
利益率、自己資本比率、成長率という3つの数字を改善させる必要がありました。
−−−−どのようにして3つの数字を回復したのでしょうか?
大まかに言うと、客観視できる事業展開と組織構造の改革です。私は現場を強くしていく姿勢はすごく大事だと思っているんですけれども、一方で会社を冷静に見る目も大事だと考えていました。
創業者である父は、バブル期のスキーブームのときにペンションを経営していましたが、スキーブームは長く続かないと考えて、ジャムの販売業にスイッチしました。そして、今のサンクゼールがあるわけです。常に危機感を持って事業を客観視することの大切さは、私と弟にも受け継がれていると思います。
また、何でも自社でやりすぎて逆に利益率を落とす部分があったので、物流や製造の一部をアウトソーシングするなど、任せられるところは任せる組織構造の見直しも効果的だったと思います。FC展開もその一環で、今後もFC展開を進める予定です。
また、社長が何でも決裁するとボトルネックになって、効率とスピード感が失われます。サンクゼールと久世福商店のそれぞれのブランドに決裁者を立て、各自で開発して製造して販売する自律的な組織づくりを進め、顧客の要望に素早くフィードバックできるように体質を変えていきました。
結果、23年3月期の営業利益率が9%、自己資本比率が46%、売り上げ高が178億円で年成長率が26%まで回復し、3つの課題を克服することができました。
株式はオーナー家以外も保有、そして国際化へ
−−−−IPO(新規公開株式)を選択した理由をお聞かせください。
会社にとって一番何がハッピーなのかを考えたとき、私達の時代だけではなくて、次の世代にも経営が引き継がれていくことが大事だと考えました。このため、2022年12月21日に東京証券取引所グロース市場に上場しました。
私は事業が継続して成長できる企業は、地域の宝だと思っているんです。地域に雇用を生み、人が増えるから生産量も増えるという好循環を作り出すことができるからです。今後もサンクゼールがそういった企業であり続けるためには、株主がオーナー家だけでは、非常にリスクがあります。
IPOによって株式が公開して経営の民主化をすることで、みんなで経営の責任を担って健全な企業運営をしたほうが良いのではないかと。そうすることで優秀な人材が集まり、さらなる成長が期待できると考えました。
ただ、オーナー家の父と私、弟で株式の30%超は保有しています。
−−−今後のビジョンについてお聞かせください。
社長に就任したとき、株主総会で従業員に社長交代のメッセージを送ったのですが、「偉大な創業者の先代から選ばれましたが、名実ともに従業員から認められる社長になります」と話をして、私の経営方針を伝えさせてもらいました。
退路を断って経営に専念する覚悟でした。この覚悟は従業員に伝わっていたようで、後に「あのメッセージはすごく心に残っています。宣言したことをやり遂げましたね」と言われて、すごく嬉しかったです。
今後も会社が成長していくためには、国際展開は避けて通れない道です。そのために新しい販路に、しっかり投資をしていかなくてはいけません。現状アメリカや台湾では、現地の小売店や問屋さんとも関係ができており、ほかの国への進出の話も進んでいます。将来的にはヨーロッパにも進出して、日本の素晴らしい食文化や食材を世界中の人に伝えていきたいです。
久世 良太氏プロフィール
株式会社 サンクゼール 代表取締役社長 久世 良太
1977年、長野県生まれ。電気通信大学大学院電子工学専攻修了後、2002年セイコーエプソン入社。研究開発部門で3年間勤務し、2005年にサンクゼール入社。2008年取締役に就任し、2009年信州大学経営大学院イノベーション・マネジメント専攻(MBA)修了。2012年サンクゼール代表取締役専務、2018年代表取締役社長就任。「サンクゼール」のほか、和食セレクトショップ「久世福商店」、「THE GROCERY&WINE」の3ブランドで店舗展開を行っている。
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